第十二話『騎士の名はトリスタン④』
「ええ、そもそも友達の友達も自分の友達とはなりません。トラムトリス殿。私は確かにパラメデス殿の親友です。」
その私と仮に友人になったとしても。私の友人というだけでトラムトリス殿はパラメデス殿とは友人ではありません。パラメデス殿からすれば私の友人であり自分の友人ではないからです。
「言わば顔だけ知っている他人。下手すれば知人以下の人間。それが友達の友達です。」
「ダチのダチなのにそーいうモンなのか。」
「興味関心の有無。そして個人の性質もありますが。友人の友人という存在は時に疎ましいモノです。Aという人間が居るとして。AにはBという友人が居ます。」
しかしBにはCという友人が最近出来た上に親友だと言って憚りません。では問題です。
「このときAはCに対してどのような感情を抱くでしょうか?」
「え、えーっと。親友って言うぐらいだから仲が良いんだよな。俺、親友とか居ないから羨ましいな。あ、そういうことなのか。もしかして。」
「正解です。もっと具体的に言うならば。Bは俺の親友だったのに。最近になって現れたCに取られた。ああ、堪らなく妬ましいと。Aのようにパラメデス殿も考えたとしたら。もう友達になるどころの話ではありませんね。下手すれば刃傷沙汰になりかねないかと。」
「え、ダチのダチっていうだけで刃傷沙汰になるのか···!?」
「おっと。もしやトラムトリス殿はややこしい人間関係の一切合切を知らずにお育ちになられたタイプでしたか。ああ、それで時に人間関係を粉々にしかねない言動を無自覚になされましたか。」
「俺は十四歳まで森で世捨て人に育てられた。育て親の人たちは上下関係とか横の繋がりとか。そういうものが煩わしいって感じの人たちだったから。森のみんなは全員対等だったんだ。」
老いてようと病だろうと。男だろうと女だろうと全員が俺の家族で師匠だった。でも同年代の人間なんて周りに居なかったし。共通の悩みと考えを持った人間も居なかった。
「ダチと呼べる人間も。だからパラメデスに会ってどーしてもダチになりたいって思ったんだ。だとしてもブラングウェイン殿を利用しようとするのは卑怯だった。すまない!!」
「···その素直さにイゾルデ様は惹かれたのでしょうね。私も少し意地悪な言い方をし過ぎました。親友を取られはなしないかと焦って。貴方に酷い態度を見せたことを謝ります。」
いざトラムトリス殿がパラメデス殿と友人になったとき。私はトラムトリス殿を妬むでしょう。
「この地で唯一心許せる友を奪われたことを許せやしないと。」
トラムトリス殿。私は人間ではありません。半妖精。混ざりものです。そう事も無げに告げたブラングウェイン殿に思わず目を見開いた。その反応は予期したものだったのだろう。
チェンジリングは知っているかと問うブラングウェイン殿にどうにか頷く。妖精が人間の子と己の子を入れ替えることがある。それがチェンジリング。
妖精の悪戯や気紛れで起きるそれ。人は妖精に取り替えられた人間を混ざりものと呼び。
妖精に愛された人間だと崇める者もいれば酷く恐れ忌み嫌う者が居る。
ブラングウェイン殿は語る。自分は人間でありながら妖精に育てられ。見た目こそ十八かそこらだが。実際はうんと年嵩なのだと。
足下からするりと現れた猫にあわせ膝を屈めるとその首筋を掻き。腕に猫を招いた。
そのときにゆらりと月明かりに揺らめいたブラングウェイン殿の影は猫の形をしていた。
「妖精の乳を分け与えられたせいか。或いはこの世ならざる妖精の世界で育てられたからか。彼方では五歳の時に成長が止まって。此方に戻ってきたときに成長がまた始まり。ようやく大人の姿になれました。」
なぜ、此方に戻ってこれたのか私は分かりませんが。気づくと朧気に懐かしさのある村に居て。ほんの僅かな記憶を頼りにして本当の両親に会いに行けばまさに息を引き取る間際でした。
「両親の傍らには猫が一匹。私と己の子を取り替えたのは猫妖精。ケットシーで。両親は己の子ではないと知りながらもこの仔を大事に育てていたようです。それこそ我が子のように。」
実の両親を看取った直後。妖精の取り替えられた子供を扱いあぐねた村の人々はアングイッシュ王に処遇を委ね。身寄りもなく。行き場のない私を憐れまれた王妃さまが。
己の子の側仕えにと望んでくだされて。衣食住を得ることが出来ました。お仕えすることになったイゾルデ様は無邪気でお優しく私を姉のように思ってくだされる。
「けれどもやはり異端はどこまでも異端なのでしょう。」
どれだけの月日が経とうとも妖精の取り替え子。半妖精の混ざりものと言う覆せない事実を理由に蔑まれて心許せる人間は居なかったのです。
親しく言葉を交わす友など出来ないと諦めていた。パラメデス殿が現れるまでは。
「同じ目をしていたんです。私たちは。帰るべき場所を失い。頼るべきものもいないなかで。それでも生きられる限りは生きてやると決めた人間の目を自分以外で見たのはパラメデス殿が初めてでした。」
仲良くなるのに時間は要らなかった。トラムトリス殿。一人きりで生きていかねばならないと思っていた私に出来た唯一の拠り所。それがパラメデス殿なのです。
それに恋と忠義という違いはありますが。パラメデス殿は共にイゾルデ様をお慕いする仲間。親しみを覚えて友と呼ぶようになり私は思ったのです。
「もっとこの国の方々はパラメデス殿を認めて。もっとすごいと讃えるべきだと!」
パラメデス殿以上に強くて優しくて騎士の中の騎士は居ません!!異国人だから。異教徒だから。
「そんな理由でパラメデス殿を蔑ろにしたり厭う方の気持ちが私には理解できません!分からず屋の石頭の馬鹿者なのです!」
「あー、ブラングウェインの姐さんって。」
「はい、パラメデス殿贔屓です!!私の親友は世界一の騎士ですから!」
「うん、姐さん。その辺にしてやってくれ!姐さんの後ろでパラメデスが死にかけてるからァ!」
「あらまあ。でも止めません。ずっとパラメデス殿がどんなにすごい騎士なのか。ずーっと誰かに聞いて頂きたかったのです!!私の!親友は!円卓の騎士にだって負けない!世界一格好良い騎士だと自慢したかった!」
「姐さん、姐さん。手加減してやって!!パラメデスが踞ったまま微動だにしなくなったから!褒められ慣れてない人間に姐さんのそれはもうただの劇薬だからさぁ!?」
「この際です。パラメデス殿の自己肯定感を爆上げするまで褒めます!」
「姐さん、目が笑ってないって自覚あるか!?」
「うふふ。パラメデス殿と来たら自分はたいした騎士じゃないって卑下するんですよねぇ。剣術の技量については客観的に見て優れているご自覚はあっても!!」
あることないこと言う方々のせいでべっこべこに自尊心が凹んでるせいでパラメデス殿はとるに足らない人間だと嘆くのです!!
「貴方は!貴方であるだけで価値があるというのに!」
「ブラングウェインの姐さん!本当にもう勘弁してやって!!」
そろそろパラメデスが褒め言葉の過剰摂取で死にそうになってるから!!それ以上はパラメデスの心臓が多分持たないって!!
「良いのか、姐さん!!世界一の騎士の死因が褒められ過ぎての心臓発作で!!」
「大丈夫です!!心臓は止まってもより強い衝撃を与えればまた動きだすそうです!何度でも甦生させます。任せてー!」
「そこまでにしてくれブラン···!!」
まだまだ喋り足りなさそうなブラングウェイン殿の口を。傍目から見ても檜皮色の肌を赤らめたパラメデスがぺふりと手で覆う。むーむー唸り。不服と目で訴えるブラングウェイン殿。
いや、ブラングウェインの姐さんにパラメデスは。心配せずとも。貴女のお陰で自己肯定感は満たされていると。口から手を離し。これ以上なくなと笑った。
ああ、これは間に入れるモノじゃないと。俺は素直に諦めようかと思ったが。やっぱり諦められないと思い直した。だって俺はこの二人だからダチになりたいんだってハッキリしたからだ。なら誠意をみせなきゃだろう。
「二人に改めて名乗りたい。俺はコーンウォール王マルクの甥。トリスタン。偽りない本心から俺は二人と友になりたいと思ってる!!俺とダチになってくれないか!!」
「「声が大きい!!」」
ブラングウェインの姐さんとパラメデスの二人に口を覆われ。悄気るなかで。ブラングウェインの姐さんとパラメデスは辺りを見渡し。微かに聴こえる宴の喧騒が変わらないことに揃って安堵をみせ。
仮にも敵国に居る自覚を持てと怖い顔をして俺を兄や姉のように叱ったあと。その裏表の無さは称賛に値すると苦笑を溢し。傷が癒えればお前はコーンウォールに帰らねばならない。
両国の亀裂は深い。しかし何時か歩み寄る時が来る。その時はお前を友として受け入れよう。そうパラメデスは語った。それがアングイッシュ王に仕える騎士である私が出来る譲歩だと。
俯いていた顔を上げればブラングウェイン殿は眉を下げ。マロース殿を討ち果たした事実は変わらない以上。両国が歩み寄るには時間が掛かる。
叔父のマロース殿を慕っていたイゾルデ様の心の傷もなかなか癒えはしないでしょう。貴方がコーンウォール王の甥でありマロース殿と一騎討ちをなした騎士だと知ればイゾルデ様はより傷つき。苦悩し。嘆き悲しむことは目に見えている。
それでも。貴方がまたこの国に来たとき。身分を偽ることなくイゾルデ様の前に現れたなら。私はイゾルデ様の側仕え。侍女として。そして私自身の意志で貴方を心から歓迎しますと柔かに笑ってくれた。
それで十分だった。必ずまたこの国に来ようと決意するには。
今度はなにも偽ることなく二人と。そしてイゾルデ様に会うために。俺にはなにが出来るだろうかと。
傷が癒えて。コーンウォールに戻った俺は英雄として出迎えられ。叔父マルクは俺を後継者として指名したとき。俺は王となって。アイルランドと和平を結ぶことを思い付いた。
だがどうやって和平を結ぶか。良い考えはなかなかどうして浮かばない。そんなときに叔父の側近たちはアイルランドの王女との結婚を叔父に持ち掛けた。その王女はイゾルデ様だ。
叔父はずっと独り身だった。そろそろ妻帯しても良い頃だと叔父の側近は言葉巧みに叔父をその気にさせた。アイルランドと和平を結ぶ。
その為にイゾルデ様を妻に迎えることはなにも可笑しくはない。むしろ利にかなっている。ただ俺はそれを心から賛同出来ずにいた。俺はイゾルデ様に恋をしている。
しかしイゾルデ様が叔父に嫁ぐとなれば。その恋は成就しないモノとなる。それでも叔父とコーンウォールの為に。俺はその恋心を胸の奥底に沈めるつもりでいた。
問題があるとすればイゾルデ様を嫁にくれと言ったところでアングイッシュ王は了承しないことだ。アングイッシュ王はイゾルデ様を溺愛していた。敵国に嫁になど出したがらないだろう。
そこでアイルランドに凶暴な竜が居たこと。アングイッシュ王がそのことに頭を悩ませていることを思い出した俺は再び吟遊詩人トラムトリスとしてアイルランドに渡り竜を退治することにした。
叔父マルクの代理として竜を退治して。その褒美にイゾルデ様を叔父の妻に迎えたいと交渉すればアングイッシュ王も聞き入れてくれるんじゃないかってな。
竜は噂に違わず凶暴だった。嵐の化身かのように荒れ狂い。生半可な攻撃は通じない。だが竜も生き物だ。心臓を穿たれたならば死ぬ。必死に竜の吐く炎を掻い潜り。
手にした槍を心臓に突き刺して。血が流れきり。竜が動かなくなるときを待って。猛攻を耐え続け。ようやく地に倒れたところでその首を斬ることが出来た。
後は竜を倒したことをアングイッシュ王に伝えるだけだ。竜の死骸を引き摺っていく訳にはいかない。考えて竜の舌を切り取り。俺はアングイッシュ王に竜を退治したことを告げた。
このとき、先に竜を倒したと竜の首を持ってアングイッシュ王から褒美を得ようとした男が居たんだが。その竜に舌はあるかと指摘し。アングイッシュ王が確かめれば竜に舌はなく。
竜を倒したのが俺であることが裏付けられた。褒美になにを望むのか問われ。俺は自分がコーンウォール王マルクの甥であり。叔父の代理として竜を退治したこと。
両国の和解の証としてイゾルデ様を叔父マルクの妻に迎えるたいと願い出た。イゾルデ様への未練をひた隠しにして。
アングイッシュ王は俺の願いを聞き。イゾルデ様をコーンウォールに送ることを承諾し。その護衛に俺を指名した。
無事に俺は叔父の代理を務めきったが。竜の舌には毒があってさ。その竜の舌を抱えて運んできたせいで俺は謁見の直ぐあとに意識を失い。イゾルデ様にまたしても看病されることになった。
その時に。イゾルデ様は偶然俺の剣を見て。その刃こぼれが。叔父のマロースの身体に残る傷跡と一致することに気づき。叔父を殺した騎士が俺であると知ってしまったんだ。