第一話『白き手のブラングェイン』
私、ブランことブラングウェインの前世は日本という島国の人間だった。
春に咲く花の名前だった日本人である前世の「わたし」はそこそこオタクなところはあるが。平凡を絵に描いたフツーの人間だった。少なくとも頭脳明晰だったり。不思議な力はなかったし。
感性が人とズレていることもなかった。そんな私はなんの因果か。異世界転生なるものをした。ちなみに死んだ記憶はないけれども。まー、労働環境が控えめにいって世紀末並みに荒廃してた職場の人間だったので。ポックリ過労死したのだろう。
さて、小説であればきっと私は世界三大美女かくやな容姿になったり。なにか自分にしかない特別な使命があったりして心踊る冒険譚が始まるのかもしれないけれど。
残念ながらそうはならなかった。今世の父であるエレックさん譲りの鴉の濡れ羽根色の髪と母のエニードさん譲りの白い肌は自慢だけど。前世も今世も私はTHE平凡顔だったし。
なにか特別な使命のようなものも私には与えられてはいないことを七歳の時には悟っていた。
というのもこの異世界“ログレス”では七歳になると神殿でその人間の潜在的に秘めた才能を鑑定し。相応しい職種を神託という形で告げる。
同じ時期に産まれ。御隣の少年が千年に一度の逸材な勇者であると告げられてその場に居合わせた人たちがざわつくなか。
私が受けた神託は人や物に呪いを施すことから世間でなんか陰険。どことなく根暗そう。なんだか悪いことしていそうなイメージでなりたくない職業堂々ワースト一位に輝く巫術師。シャーマンが相応しいと将来なるべき職を決められ。
後継者探しにお忍びで来ていた後の師匠に。鮪の一本釣りの如く見えない縄でぐるぐる巻きにされて釣り上げられて誘拐。もとい青田買いされたのだ。
それが七歳の時。月日は流れに流れて十年。十七歳になった私は今日も元気に異世界ログレスの“猪の国”コーンウォールの端の片田舎で巫術師。シャーマンとしてせっせと呪いを解いたり。反対に呪いを掛けたりしている。
そんな私を癒し手のイゾルデと呼ばれている師匠にあやかり。“白き手のブラングウェイン”と周囲の人は呼ぶ。
十年もあれば人は成長する。汝は巫術師と神託されたことにガックリと肩を落として落ち込んだのも今や昔の話。巫術師にしか適正がないというのならば極めて見せよう巫術師スキル。
なにを隠そう。前世、私は誰もが通る厨二ロードをまあまあな勢いで爆走した中学生時代を秘めし者。お呪いにはそこそこ詳しかったりする。ということでいまこそ目覚めたまえ、我が厨二魂という訳で私は巫術師らしさを磨くことにした。
例えば辻占いをしてみたり(人生相談が主だ)。雨乞いしてみたり(何故か私が雨乞いすると必ず晴天になる)。
予言をしてみたり(適当に言ったことほど不思議とよく当たる)したが村のみんなからは生暖かい目で見守られている。
いや、基本巫術師は怖がられるか鼻摘みもの扱いというのが世間一般の扱いだから。この反応には驚いたけれど。たぶん生まれたときからの付き合いな村のみんなからしたら。ごっこ遊びの延長に見えてるらしく。
巫術師らしくすればするほどなんだか微笑ましげにされる。解せぬ。我、師匠に一年足らずで一人前認定され。国が決めた巫術師資格SSSランクの千年に一度の逸材ぞ。
この資格、持ってるの。世界では私と師匠を入れて五人だけなのにな。いや、今さら村のみんなに怖がられたら凹むし。哀しいけれども。
そんなすごーい巫術師の私だけど。残念ながら巫術師の仕事ってそんなになかったりする。だから平時は村の案内人の仕事をしている。
なにせこの村、勇者を出した村だってんで観光地化してたりするのだ。
十年前、勇者だと神託されてコーンウォールの王に仕える騎士団長のエクター卿の養子になった御隣の少年アーサー君は。
大陸の果てに居るという五百年前に七つの国を滅ぼし。大陸を割り。数多の種族を絶滅させたという無貌の魔王を倒すために各地で仲間を集めて旅をしている。
無貌の魔王。それはログレスに生きる子供なら親になにか悪さをするとそんなわりいことしてっと無貌の魔王に喰われちまうぞーと語られる伝説上の王。
その比類なき強さと恐ろしさだけが今に伝わる無貌の魔王が何故七つの国を滅ぼし。虐殺を繰り返したのか知るものはいない。
無貌の魔王と敵対した七つの国はたった一夜で跡形もなく滅び去り。無貌の魔王が何者だったのかということを含めてあらゆる記録が残っておらず。ただその名と悪行だけが今に伝わっている。
そんな無貌の魔王が今も生きているという神託があったらしい。それもうんと昔から。
だがあまりにも情報が少なすぎて無貌の魔王を過小評価していたのだろう。
倒すべきという声はありながらも長い間無貌の魔王は放置され続けていたのだけれども。
アーサー君という勇者が現れたことで風向きは変わる。
無の魔王がいる大陸の果て。そこには魔晶鉱石という魔術に用いる特殊な石の鉱脈があることが国の研究所の学者たちによって判明したことも大きい。
無貌の魔王を倒し。鉱脈を手に入れる為にアーサー君は十二歳のときに大陸の果てを目指し旅立ったという経緯がある。
そんなアーサー君から定期的に隣近所の仲だったからか手紙が届くのだけれども。あれはアーサー君が旅に出て間もない頃。順調に仲間が増え。旅にも随分と慣れてきて各地で様々な珍しいものを口にする機会があるけれど。
村でよく食べていたブランの芋しか入っていないシチューと焼きすぎて硬いパンが恋しい時があると手紙には書かれていた。
親同士が仲が良い関係で昔はよくどちらかの家でご飯を食べたりもした私とアーサー君。
うろ覚えで作る私の日本式シチューをことのほか気に入り。よくリクエストされて作っていたなと思い出し。
ふと前世日本人な私に天啓が下りてきた。固形のシチューの素を作って勇者の愛した味だと売り出せば必ず売れるよ。お金がそれはもうガッポガッポでウハウハだよと。
村の大人を集めて。予言という名のプレゼンをして固形シチューの素の開発に乗り出して。市場に出せるモノを作り上げた結果。村はとっても潤った。
天啓の通り。ガッポガッポでウハウハだ。
アーサー君のお陰で新たな村の財源が確保出来たよ。ありがとうアーサー君と勇者も夢中になる味と刻印された固形シチューの素をアーサー君に送ったところ。
『違う、そうじゃないんだ、ブラン。いや、君のシチューを食べられるのはすごく嬉しいしありがたいぞ!!でもそうじゃない。そうじゃないんだよブラングウェイン!』
と、何故かわからないがとても困惑が滲む手紙が返ってきた。
それはともかく村が観光地化するに当たって宿屋が足りないという話になり。私の父と母は宿屋を営むことした。
一階は酒場。二階が宿泊施設。三階が自宅という構成だ。なお三階には泥棒対策にお呪いを施してあるが。今のところそれが発動した様子はない。
私は昼間は村の案内人をして。夜間は酒場の店員として両親の手伝いをしながら。酒場の端で巫術師の仕事をしている。
ちなみに忙しいときは厨房も担当している私目当て。というより。異世界ナイズドされた日本の料理を目的に酒場に来てくれる馴染みの客も居るもので。
それが何時も真っ黒い服を着ている流れ人のパラメデスさんだ。流れ人というのは此方の世界独自の言い回しで。決まった定住地を持たずに街や村を行き来する。ようは旅人のことを言う。
パラメデスさん曰く負傷を理由に腰を落ち着かせられる場所を求めて村に辿り着き。村長に金貨百枚(これは村の土地全部を買えるだけの金額)で村に接する森のなかに長らく放置されていた小屋を買取り、住み始め。
うちが宿屋をするようになってからは森に仕掛けた罠に掛かった鹿や兎。猪などをよく宿に卸しに来てくれる良い人なんだけど。
コーンウォールでは見掛けることがない檜皮色の肌。口から上を面布で覆い目深に被る外套のフード。そして身長がとても高く。
本人曰く元騎士とあって鍛えられた体躯が威圧感を醸し出し村の一部の人たちはパラメデスさんを怖がる。
でも私はパラメデスさんのことを怖いとは思わない。五年前、巫術師として才覚があると師匠から太鼓判を捺されながらも私はまだ心から自分に下された神託に納得出来ずにいて。
鬱々としていたのを見かねた師匠に一度村に戻ってこれから先の進路を決めなさいと促されて。
師匠が暮らしている“竜”の国。ウェールズからコーンウォールの片田舎の生まれ故郷の村に戻り。
あれこれと悩んでいた頃に私はパラメデスさんに助けられた。
その日は恋人を経て夫婦になることになった村の男女から結婚式は何時するのが良いか占って欲しいと言われ森に入り。占いに使う薬草を摘んでいたところ。私は町から流れてきたならず者に襲われそうになった。
私は巫術師になる際に身を守る必要があるときを除き。呪いを使い人を死に至らしめないと言う誓約を設けた。
巫術師は大抵巫術の威力を高める為に誓約を立てるもので。
とある巫術師は一生独身で居ると誓い。またある巫術師は日に三度の火行を誓ったり。なかには生涯、清らかな身でいるという誓いを。ようは代償を払うことで巫術の威力を高めている。
私の場合は。身を守るときを除いて他人に危害を与える巫術。呪いはしないという誓約を立てていた。その誓約で言うなら。私はならず者を呪うことは出来た。
でも、国一番。いやこの世界で指折りの巫術師に学んだ呪いはきっと容易く命を摘み取る。その気になれば私はならず者の身体を破裂させることすら出来る。それだけの力は確かにある。
でも、私は人を殺す覚悟を持てなかった。師匠は言っていた。一度でも手を汚してしまえば。人は更に道を踏み外していくもの。
そこからどうにか踏み留まったり。あるべき道に引き返してこれるのはほんの一握りだけだと。昔、煙草を吸いながら私の頭を撫でながら師匠は言っていた。
『アタシはブランのちっちゃな手は血で汚れて欲しくないねぇ。この手は真っ白だ。汚れを知らない綺麗な手だよ。』
そんなブランの手を嗤うヤツもいれば反対に救われるヤツも居る。このアタシみたいなヤツがね。
『だからブラン。白き手のブラングウェイン。お前さんはこれから先なにがあってもその手を汚しちゃあいけないよ。お師さまとの大事な大事な約束だ。』
変人で冷徹で。ずぼらでだらしなくて横暴。男性遍歴がすごく。異なる名前と顔が沢山あって。その時々でそれらを使い分けては浮き名を流す恋多き人。
けれども誰よりも弟子である私を大事にしてくれたイゾルデ師匠と交わした大事な約束が過り。
躊躇いが生まれたことで隙を突かれて地面に倒されて。ならず者に首を絞められた。
「私には理解できないな。か弱いものをいたぶるその性根が。」
もしもパラメデスさんが偶々森のなかに仕掛けた罠を回収しに来てくれなければ今頃はとっくに死んでいた筈だ。
パラメデスさんはそれはもう強かった。師匠が竜の国お抱えの巫術師なこともあって。騎士という職種にある人たちと接する機会があったが。
これまで見てきた騎士の誰よりもパラメデスさんの奮う剣術は武骨でありながらも洗練されたモノだった。
「···恐ろしい目に遭ったな。よく頑張った。」
あっという間にならず者たちを倒して振り返ったパラメデスさんは緊張が途切れた拍子にわんわんと泣き出した私に大袈裟なぐらいおろおろと手をさ迷わせ。
無理矢理地面に引き倒されたときに手足を擦りむいた私にまたおろおろとしたあと。
手当てを施して帰ってこない娘を案じて村で心配しながら待っていた父と母の許まで背負って送り届けてくれた。
その道中でパラメデスさんは私を泣き止ませる為に随分と色々な話をしてくれた。
例えばならず者を倒したパラメデスさんの剣術は誰かに教わったものではなく。彼が戦場で磨いたモノなのだと教えてくれた。
戦場で見聞きした敵味方の剣術を模倣し。無駄を削ぎ落とし。自分に合うものになるように試行錯誤して研磨していった、パラメデスさんだけの剣術だと語っていた。
数日後、お礼と布教を兼ねて固形シチューの素を持って森に入って。パラメデスさんの仕掛けた兎とり用の罠に掛かってしまい。パラメデスさんに二度も助けられることになる。
段々と暗くなってくる森に半泣きになり。罠に掛かっていることを伝える為に闇雲に叫ぶよりはと二十四時間戦える企業戦士の唄を歌っているところをパラメデスさんに保護され。
それ以来頻繁にパラメデスさんの暮らす森に通うようになった。