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授業後


リリティアはウルティオの授業後、図書館で下水道整備についての資料を借りてきて裏庭のベンチに腰掛けた。

学園は研究施設としての側面も持っており、最新の資料も収められているのだ。


パラリとページをめぐり出せば、リリティアは高い集中力で思考に沈んでいく。


(怪盗さんが言っていたのは、この最新の論文の建築技法ね。この方法なら確かに劇的に費用が削れる。疫病の減少率への比較論文などもあるのかしら)


木漏れ日の中で黙々と本にのめり込んでいたリリティアは、目の前の紙面に影がかかった事でハッと顔を上げた。


「こんにちは、お嬢さん」


そこには、爽やかに笑うウルティオが漆黒の髪を靡かせながらリリティアの目の前に立っていた。その片手には、小さなお菓子の箱を携えている。


「!こ、こんにちは、怪盗さ……あ、ウォーレン先生」

「はは、怪盗さんで構わないよ。そっちも偽名だからね」


リリティアは本を抱えて立ち上がると、ウルティオに向き直る。


「あの、今日の授業、とても面白かったです。貴族たちを、あんな風に納得させるなんて…」

「楽しんでもらえたなら良かった。これで貴族たちが名前を刻む為だけに金を出して下水道の整備をしてくれたら、とてもお得だと思わないか?」

「とても素晴らしい案だと思いました。工事のために民が仕事も得られます」

「その通り!」


ウルティオはよく出来ましたと褒めるように頷く。


愉快そうにニヤリと笑うウルティオは、講義で生徒たちを魅了した教師とは別人のようだ。茶髪のウィッグをしていないからだけではない。その表情、雰囲気すべてが変わっているのだ。小道具に頼らずとも、この人はきっと別人になり変われるのではないかと思えてしまう。


「さて、これは最近新しく売り出されたマカロンというお菓子だよ。お嬢さんも気に入ると思ってね」


笑顔でお菓子を手渡され、リリティアは遠慮がちに受け取った。


「…あの、お礼でしたら、先日のクッキーで十分だったんです。これ以上いただいてしまうのは……」


申し訳なさそうに言葉を紡ぐリリティアに、ウルティオはしょうがないなという表情で苦笑をこぼした。


「君の笑顔が見たいから……なんて言っても、きっと君は納得しないんだろうな……。

困った顔をさせたかった訳じゃないんだけどね」


ウルティオはそっと腰を屈めてリリティアに目を合わせた。

 

「これはさ、賄賂とでも思ってくれたらいいよ」

「賄賂?」

「そ、この秘密の隠れ家を間借りさせてもらう賄賂。お嬢さんと話すのは楽しいからね。出禁にはしないでほしいから、是非受け取ってほしいんだ」

「私なんかと話して、楽しい…ですか…?」


思い出すのは、婚約者の罵り声。

婚約者の義務として出席したお茶会で政治の話を振られて意見を述べれば、女がでしゃばるなと散々罵倒された。

無表情で気味の悪い私と笑顔で話してくれる人なんて、いないと思っていた。


「ああ、楽しいよ。君はまだ学生とは思えないほど知識が豊富だし、読書の趣味も合いそうだ」


当然のようにそう言って笑うウルティオに、リリティアはなぜか胸が温かくなるような心地がした。


「それにほら、この裏庭は人が来ないからいい場所だ。ここなら気兼ねなくウィッグを取れるだろ?ウィッグをずっと付けてると蒸れて禿げるぞって知り合いに脅されててね。天下の大怪盗が禿げたら格好つかないだろう?」


ウルティオはどこかから取り出した茶髪のウィッグを片手にくるりと回す。それに対して、リリティアは不思議そうに首をかしげた。


「あれ、笑うところだったんだけどなぁ?」

「そ、そうなのですか?

……でも、髪型や姿が変わっても、怪盗さんは怪盗さんでしょう?」


澄んだラベンダー色の瞳でそう言われて、ウルティオは目を見開いた。そして眩しそうに目を細めると幸せそうに緩んだ口元を拳で覆った。

 

「はは、君には敵わないなぁ」


ポツリとつぶやいたウルティオは、何かを振り切るように顔を上げると、晴れ渡った青空のような笑顔をリリティアに向けた。そして魔法のようにどこかから取り出したブルーデージーの花を差し出した。


「で、結局何が言いたいかというと、俺は君と楽しく昼休みを過ごしたくてお土産を持ってきている訳だ。だからさ、君が美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいってことさ」


ウルティオの言葉に、リリティアは差し出された花をおずおずと受け取ると、その淡い青色の花を宝物のようにキュっと抱きしめ、微かに目を細めた。


「……ありがとうございます、怪盗さん」


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