舞踏会(2)
「王太子殿下のご入場です!」
その言葉に、ジェイコブは手を止め生徒たちは一斉にザワザワとざわめき出す。
オルティス王国の王太子であるジョルジュ・シア・オルティス殿下は国立学園の卒業生でもあり現在在学中のマリアンヌの婚約者であることから、このような催しで挨拶に現れることはそれほど不自然な事ではない。しかし現在カイルス陛下の執務を肩代わりしており非常に多忙なため、ほとんど国の主要な行事にしか顔を出す事はなかった。
このような学園の催しにも今まで足を運ぶ事は皆無だったため、生徒たちの騒めきも無理のない事だろう。
皆が注目する中、マリアンヌを連れた王太子が入場してくる。舞台につくと皆に振り返り、礼をしようとしている生徒たちに片手を上げた。
「このような場で正式な礼は必要ない。学生同士交流を深める催しでは身分は不問であろう。いきなり私が来てしまい驚かせてしまったかも知れないが、気にせず楽しんでくれ」
穏やかに笑ってぐるりと広間を見回してから、ジョルジュは人々の中心にいるリリティアに目を向けた。
「今日は、我が婚約者を救ってくれたカスティオン家のご令嬢にお礼を伝えたくてね」
突然の指名に、リリティアは驚いて目を見張った。チラリとウルティオを見上げると、ウルティオは安心させるように頷いてリリティアの背を押した。
その手に力をもらい、リリティアはしずしずとジョルジュの前へと進み出た。
「お初にお目にかかります。カスティオン侯爵家のリリティアと申します」
淑やかな所作で挨拶をしてみせたリリティアに、何故かジョルジュは観察するようにじっと目を向けてきた。数秒の出来事だろうか?ジョルジュはすぐに明るく笑みをみせた。
「はじめまして、リリティア嬢。先日は私の婚約者を助けてくれてありがとう。一言お礼を伝えたかったんだ」
「いいえ、マリアンヌ様がご無事で何よりでございました」
すべてウルティオがしてくれた事なのでお礼をいただくのは心苦しかったが、ここでバラしてしまえばせっかくのウルティオの好意を無にしてしまうため、リリティアは従順に頭を下げた。
王太子からの感謝を受けたリリティアに、広間から拍手が送られる。
「君について少し先生方に話を聞いてみたのだが、君はとても優秀なようだね。どの教科でも他の追随を許さないほどのトップの成績を入学時から維持しているとは驚いたよ。
せっかくマリアンヌも君と同じ学年なんだ。是非仲良くしてやって欲しい」
予想もしていなかったジョルジュからの言葉に、リリティアは目を見開いた。一瞬固まってしまうが、王太子の隣にいるマリアンヌが頷いているのを目にして、すぐに返事を返した。
「!……は、はい!」
貴族派の力が大きいとはいえ、形式上は貴族は王を君主としている。だから一介の学生であるリリティアがそれを断ることなどもちろん出来ない。
つまり、この言葉でリリティアはマリアンヌと話しをする大義名分が与えられたのだ。
リリティアの優秀さを初めて知った生徒達がどよめく中、リリティアはとんとん拍子で進んだ出来事に、まるで夢の中にいるように現実の実感が持てないままに礼をして後ろへ下がった。
――今日この舞踏会で誰が主役だったかと尋ねられたなら、恐らく皆が口を揃えてリリティア嬢だと答えただろう。
誰よりも優秀であることが知れ渡り、王太子からの言葉も賜ったリリティアが輝くほど、その分周りからの視線の温度が下がってゆくジェイコブとビアンカは歯軋りしながらリリティアを睨みつけ、会場を去って行った。
舞台から下がったリリティアを迎えたウルティオに、リリティアは興奮からか微かに頬を赤くしながら小声で尋ねた。
「あの、もしかして怪盗さんは、王太子殿下がマリアンヌ様についてお声がけくださる事を知っていたのですか?」
「まさか!ただの怪盗である俺がそんな事出来ないさ」
ウルティオの返答に、リリティアは自分が興奮している事を悟り恥ずかしげに頬を染めた。
「そ、そう……ですよね」
「お嬢さんの今までの努力が認められたんだよ。その優秀さを認められたからこそ、マリアンヌ嬢と仲良くして欲しいと頼まれたのさ」
リリティアは自分のことのように喜んでくれるウルティオをじっと見つめると、ふわりと微笑みを浮かべた。
「……怪盗さんは、本当に、絵本に出てくる魔法使いみたいです」
「ふふふ、そうさ!さっきも言っただろう?俺は君だけの魔法使いだよ。何でも望みを言ってごらん」
ウルティオは愉快そうに笑って手を広げてみせた。
「いいえ、私はもう、怪盗さんからたくさんの物をもらっています。怪盗さんに出会ってから、私は魔法をかけられたみたいに、良い事ばかり起こっているんですから」
「うーん、欲がないなぁ。それじゃあ今日は、君にお腹いっぱいになるほどのお菓子をあげよう。ほら、向こうのテーブルにおいしそうなケーキがある。せっかくだから楽しもう」
そうして完璧なエスコートのウルティオはスマートにリリティアの手を引いてデザートの乗ったテーブルに移動すると、皿に一口大のケーキをいくつか取り分けた。
「どうぞ、リリティア嬢」
「あ、ありがとうございます、ウォーレン先生」
リリティアが好きなデザートばかりを乗せたお皿に、リリティアは自然と幸せそうな笑みを浮かべた。自分の好みを知っていてくれる人がいることは、まるで奇跡のように幸せな事なのだと、よく分かっていた。
その笑顔を見た生徒たちが驚いたように目を見張り、顔を赤らめていることに気づくことなく、リリティアは幸せを噛みしめるようにケーキを口にした。
やがて曲が流れ出し、ダンスをする生徒たちが広間の中央に移動を始めた。
色とりどりのドレスがクルクルと回る会場を眩しげに見つめるリリティアに、ウルティオから声がかかる。
「お嬢さん、ダンスは好き?」
「え?ど、どうでしょう。社交に必須ですからもちろん習っておりますが、このような場で踊ったこともありませんし……」
「じゃあ、お嬢さんのファーストダンスを俺が貰ってもいいだろうか?」
「え?」
驚くリリティアの前に跪き、ウルティオが手を差し出す。
「リリティア嬢、一曲お相手願えますか?」
瞳を瞬かせたリリティアは、やがて溢れるような笑みを浮かべてその手をとった。
「はい、……喜んで」
リリティアとウルティオのダンスは、広間中の視線を集めた。
背も高く容姿の整った紳士的で穏やかなウォーレン講師とミルクティーブラウンの長い髪をなびかせるビスクドールのような美しい容姿の少女。容姿の整った二人が誰よりも完璧なステップで優美なダンスを披露しているのだ。注目を集めるのは当然だった。
リリティアは今までジェイコブに放置され、公の場でダンスをする機会はなかったため、誰もその実力を知る者はいなかった。しかし誰よりも完璧を求められ、虐待まがいの教育を受けてきたリリティアにとってはダンスも必ず完璧にこなさねばならない科目であった。そのため、幼い頃からダンスに慣れている生徒たちの中でも抜きん出た技術を身につけているのだ。
「お嬢さん、上手いね。流石だ」
「怪盗さんも、とても踊りやすいです」
ダンスの講師と練習した時よりも、何倍も踊りやすいウルティオのリードにリリティアは顔を綻ばせた。
「楽しい?」
「はい、すごく、楽しいです」
楽しそうなウルティオの問いに、リリティアが答える。
ダンスが楽しいと感じたのは、初めてだった。
怪盗さんとのダンスは、まるで雲の上で舞うかのように体が軽くて、心まで弾むようだった。
「怪盗さん、ありがとうございます。今日は私にとって、人生で一番楽しい舞踏会になりました」
「はは、何言ってるんだ。お嬢さんはこれから、もっとたくさん、楽しい舞踏会に出席することになるさ」
(……いいえ、これが一番なんです。私にとっては、きっと最初で最後の……)
心の声を悟らせることなく、リリティアはウルティオに微笑んだ。それはとても、幸せそうな笑顔だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ストックが切れてしまったので、ここからやや不定期更新になってしまいますが、なるべく間を空けないように頑張りますので是非最後までお付き合い下さいませ(*^^*)




