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カスティオン侯爵家の庶子(1)


公爵家と政略結婚で縁を繋ぐこと。それだけが、カスティオン侯爵の駒である私の存在理由だった――。



王族の権力は地に落ち、力ある貴族が私利私欲の為に圧政を敷くオルティス王国。世間では悪徳貴族から宝を奪う義賊が持て囃されるほどに国民の貴族への鬱憤は溜まっていた。

そんな国の下町で、お母さんと支え合いながら生活していたただのリリィという町娘だった私は、病気がちだったお母さんを支える為に幼い頃から近所のお店の雑用などの仕事を貰って働いてきた。刺繍の腕の良いお母さんは内職で家計を支えてくれており、私たち親子は貧しいながらも幸せに暮らしていた。



父親のことを一度だけ聞いたことはあったけれど、お母さんが昔仕えていたお屋敷のご子息だということだけ教えてくれた。辛そうなお母さんの様子にそれ以上聞く事はなかったけれど、美しい容姿のお母さんはその貴族に無理やり関係を迫られたであろう事は容易に想像がついた。貴族に手篭めにされ、子供ができれば屋敷から追い出されるなんて、この国ではよく聞く話だったから。その場合、普通は子供を堕ろされるのだが、私が生き残ったのは運が良かったのか、お母さんが妊娠に気づかれる前に逃げ出してくれたからなのか……。


それでも、望まぬ子供だった私をお母さんは愛情深く育ててくれた。私を養うために仕事が大変で疲れている時も、いつも笑顔で私の頭を撫でてくれた。だから、将来は良い仕事に就いて大好きなお母さんに楽をさせてあげたいと思っていた。それが、私の夢だった。




……九歳の時、そんな小さな夢は崩れ去った。

お母さんの病状が悪化したのだ。



「お母さん、だいじょうぶ?」

「だいじょっ、ゴホゴホッ」


いつもは多少体調を崩しても数日で回復していたのだが、その冬、お母さんの体調は戻らずずっと苦しそうな咳を繰り返していた。

私は必死で出来る限りの看病をして、ご近所に頭を下げて沢山のお手伝いの仕事を貰ってはそのお金で栄養のある食べ物を買ってきてお母さんに食べてもらおうとした。幼い身では、それが限界だった。それでも、お母さんはいつもそれはあなたが食べなさいと言っては私に与えようとする。


「これはリリィが食べなさい。あなたはこれからうんと大きくなるんだから」

「お願いだから、お母さんが食べて。お母さんの病気が良くなるなら、わたし、大きくなんてならなくていいもの。だから、おねがい……」


段々と痩せていくお母さんの姿に、このまま居なくなってしまうのではと怖くて、いつもお母さんに抱きついて眠っていた。


「お母さん、はやく、元気になってね。ずっと、いっしょだよ…」

「大丈夫、大丈夫よ……」


頭を撫でてくれる手の暖かさにホッとして、私はやっと眠りにつけた。



しかし冬の終わり、ついにはお母さんがベッドから起き上がれなくなったところで、私は家にあるなけなしのお金をかき集めて治療院へと走った。


街の中央に位置する治療院は、貴族やお金のある者しか相手をしないのは分かっていたけれど、お母さんが死んでしまうのではないかと恐怖に駆られて何かしなければ気が狂いそうだったのだ。



「お願いします!私に出来ることなら何でもしますから、どうかお母さんを診てもらえませんか?」

「困るんだよね、ここに居座られても。なんでもって言うのなら、今ここに金貨を持ってきて貰わないと」

「今は手持ちのお金はこれしかないけど、でも、これから精一杯働いてお返しします!何でもします!だから、お願いです……」


地に頭を擦り付けるように何度頭を下げても、治療院の職員が取り合ってくれる事はなかった。しまいには警備の人に放り出され、私は涙を拭きながらトボトボとお母さんのいる家への帰路についた。

何も出来ない自分が惨めで悔しくて、溢れる涙がなかなか止まらなかったけれど、こんな顔を見せたらまたお母さんに心配をかけてしまうとゴシゴシと必死で目を擦った。


しかし家が見えてきた所で、思ってもみなかった光景に目を見開く。

家の前に、見た事もないほど立派な馬車が止まっていたのだ。


急いで家の中に入れば、そこには立派なコートを着た貴族家の使用人の格好をした男性が立っていた。

その男性は入ってきた私とベッドで眠るお母さんを観察するように見つめると、おもむろに口を開いた。


「カスティオン侯爵がオリアという名の元使用人の子であるあなたにお会いするとおっしゃっています。すぐに支度をするように」

「カスティオン侯爵…?もしかして、私の、お父さんですか…?」

「……そうです」


その時、私は目の前の希望に縋って状況をよく理解できていなかった。

冷静でいれば、その使者の蔑むような視線に気がついただろうに、私は父親がお母さんを助けるために迎えをよこしてくれたのだと、どこまでも甘い考えに縋りついた。これでお母さんは助かるのだと、安堵が胸を満たしていた。



しかしその考えは、侯爵との初対面の際に木っ端微塵に崩れ去ることとなる。


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