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セレンディップの化学者たち  作者: 配線トルーパー
4/7

梅津研究室

 「中田と佐藤はどうした?」

 「二人ともまだ来てません」

 この日、コアタイムが始まると珍しく杉原が居室に顔を出した。いつもはほとんど教授室に籠って出てこないため、ミーティングで能動的に出向かなければ話す機会はない。毎朝の出欠確認などもなく、今日遅れた学生は不運だった。

 「北山、二人が来たらひとこと言っておけ」

 「雨で遅れてるだけじゃないですか?僕もこんな有様ですし」

 北山はずぶ濡れの頭をタオルで拭きながらそんな可能性を伝える。六月の台風は直接的な被害をもたらさないものの、梅雨前線を刺激して大雨を降らせる。傘もほとんど意味がない荒天が窓の外には広がっていた。

 「まあいい。今日は梅津先生のお別れ会についての情報共有です。うちの研究室が主体となって実施することになったので、色々と皆さんにも協力してもらいます」

 本題に入った杉原は手元の紙に視線を落とす。話を聞いた途端、各々が驚きの声を上げ、私も態度にこそ出さなかったが面食らう。梅津と杉原が旧知の仲という事実を踏まえれば不思議なことではなかったが、あまりにも唐突な話だった。

 「日時は一週間後の金曜日。ここのキャンパスのホールを貸切ってやります。具体的なことについてはまだ吉野先生と調整中ですけど、今のところは親しかった先生に来ていただいて梅津先生との思い出を交えつつ講演をして頂こうかなと。その後、晩さん会という流れで考えてます」

 「それなりの人数が集まる予定ですか?」

 「まだ何とも。分野の先生方にメールで連絡を回して、回答を待ってる段階です。講演者は決まってます」

 「具体的にどんな仕事を?」

 北山が立て続けに質問する。他のメンバーもそこが一番気になっているらしい。石花や北山は協力的に見えたが、下の学年ほど面倒そうな顔をしていた。

 「学会の会場係と同じような感じで。マイク係とかクロークとか。うちだけでは足りないので梅津研の学生にもお願いしてます。晩さん会の料理は生協で準備してもらいますが、その時の運搬もお願いするかもしれません。詳細はまた決まってから」

 「高橋さんはどうしてもらいます?」

 「実験は基本的にできないと思ってください。多分全員出払っているので。なので休んでもらって構いません。もちろん、来て講演を聞いてもらうことはできます」

 「せっかくの機会ですからそうしようと思います」

 ここで休むという選択肢はない。このような催し事が行われることは想定外だったが、梅津に関係する人間が集まるため捜査の進展が期待できる。また、この機会に乗じてヘルメスが動くという可能性もあり、ライナス財団として放置することはできなかった。

 その後もちょっとした情報伝達があり、それが終わると杉原は自室に戻っていった。解散すると居室はいつもの雰囲気を取り戻す。今日も実験を始める前に北山とミーティングがある。その時に気になったことを聞いてみることにした。

 「梅津研ってどういう研究室なんですか?仲が良いってことは聞いてるんですけど、やってる内容も近かったりします?」

 「同じ笹山門下だからね。でもやってることが近いとかはないかな。お互い自分の研究室を持って長いからオリジナリティがあるし。うちは二核錯体で、向こうは金属触媒と助触媒の組み合わせで面白いことしてるって感じで」

 「つまり金属錯体を使うのが共通点と」

 「まあ笹山先生の十八番だったから。でも、そこまで広げたら他にも似たことしてる研究室は山ほどある。だから共通点とまでは言えないような」

 「けれど合同ミーティングされるんですよね。研究が近いからするんじゃないですか?」

 私は研究の世界に梅津と石花の関係性が潜んでいると確信している。物的な証拠があったわけではなく、ヘルメスと共鳴するような考え方や思想を石花が持っていないと判断したからだ。そうなると必然的に天才と称される石花自身、もしくは彼女の研究が狙われていると考えるほかない。

 とはいえ私はこの分野の専門家ではないため、自力で真実に辿り着くことは難しい。そういうわけでさらに一歩踏み込んだ質問をしたわけだったが、逆に疑念を抱かれる結果となった。

 「やけに聞いてくるね」

 「いえ、不思議に思っただけで」

 「急がずともお別れ会で吉野先生の講演を聞けば分かるよ。梅津研に助教として着任されてまだ二年くらいだけど、優秀で尊敬できる先生だって向こうの友達が言ってた」

 北山はそう言って納得させようとする。ただ、その日まで待てないからこそ私は聞いていた。梅津の死の裏で起きた事件は世間に隠されているが、警察は今も捜査を続けている。ヘルメスもそれを分かっているはずで、捜査の手が伸びてくるまでに成果を求めるはずだった。

 「何の話してるの?」

 そんな時、実験室から石花が戻ってきた。北山が梅津研究室の話をしていたと伝えると、私は意味ありげな視線を向けられる。

 「梅津先生か。色々と話したいことあったんだけどな」

 「そういえば梅津先生、紅葉さんと会えば必ず長話してましたもんね」

 「梅津先生からも一目置かれていたんですか?」

 興味を持った私はこの話題に食らいつく。北山はなぜか自分事のように自慢げに頷いた。

 「梅津先生くらいの人になるとなかなか学生からは声掛けづらいんだけど、紅葉さんには梅津先生の方から話しかけることが多かったですよね」

 「それは私がやってる研究のことで色々と助言貰ってたから」

 「あの破壊的なんとかってやつですか?色んな所と共同研究してるんでしたっけ」

 「そうそう。仮に上手くいったらうちで講演してほしいとか冗談よく言ってらっしゃった」

 石花が懐かしそうに呟く。やはり研究という繋がりで間違いない。ヘルメスは違法薬物に関する技術を収集することもある。過去には原料となる植物を増産させるべく遺伝子操作を研究者に要求し、断られたため惨殺したという事件も海外で起こしている。

 「石花さんはどんな話がしたかったんですか?」

 「そうだなあ。あの研究のことは聞いてみたかったな」

 「あれですか?」

 北山はすぐに理解を示して顎に手を当てる。私が首を傾げると簡単に教えてくれた。

 「成果をなかなか学会で発表させてくれないって文句言ってた学生が梅津研にいたの。内容聞いた限りは普通の研究って感じで、なんでだったのかなって」

 「特許の関係でしょうか」

 「どうだろう。やっぱり向こうの合成戦略に致命的な問題があったのかもしれないね」

 これは北山に対しての言葉だ。北山は頭を掻いて苦笑いした。

 「やっぱりまずいんじゃないですか?」

 「大丈夫だって」

 内輪の話をされて私は置いてきぼりとなる。梅津が関係しているため何のことか知りたかったが、これについては気にしないでと石花に言われてしまった。

 研究内容が標的だとすると対応は難しくなる。犯罪組織に狙われているので研究を止めてくださいと要求しても、そう簡単に聞き入れてくれるはずがないからだ。それに研究を止めたからといってヘルメスが諦めるとは限らない。より過激な行動に移る可能性もあった。

 ライナス財団はヘルメスファミリアと対をなす存在であり、その目標は凶悪な犯罪集団を壊滅させることにある。しかし、その道のりはあまりにも長いため、当面はヘルメスの組織活動を妨害することに努めている。我々は決して正義の集団ではない。理念のためならば人命が軽視されることもある。従って、石花に身の危険を伝えることはできなかった。

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