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八歳の殿下と私

 セレティーナがユリオプスの婚約者になってから三年の月日が流れた。


 そんな本日は、八歳となったユリオプス主催のお茶会が行われていた。

 周りが大人ばかりで、しかも婚約者が六歳も年上のセレティーナであるユリオプスでは、同世代との交流がなかなか得られないのではと心配した国王が、幅広い年齢層が参加出来るお茶会を開催するようユリオプスに提案した。その為、このお茶会には可愛らしい小さな紳士淑女が多く参加していた。


 すると、十四歳になったセレティーナの前にユリオプスと同じくらいの年齢の気の強そうな令嬢が、仁王立ちで立ちはだかる。


「ごきげんよう、セレティーナ様! 実は一つご提案なのですが、あなた様のように身長が高い女性をユリオプス殿下がエスコートされる事は、とても大変かと思われるのですが、どう思われますか? もしよろしければその御役目、わたくしが務めさせていただければと思うのですが?」


 自信満々でそう宣言してきた少女は、少し赤みがかったフワフワのブロンドをツインテールにし、大きなピンクのリボンを付けた何とも可愛らしい令嬢だ。幼いながらも淡いグリーンの大きな瞳に野心的な光を宿し、セレティーナに挑発するような視線を送ってきている。

 その令嬢の小生意気な仕草が何とも言えないくらい可愛すぎて、思わず笑みをこぼしてしまったセレティーナ。


「な、何がおかしいのですっ!? 折角、こちらがよかれと思ってお声がけして差し上げたのに……。失礼ではございませんかっ!?」


 ユリオプスの婚約者になってから、こういう状況が頻繁に遭遇するセレティーナにとっては、もうお馴染みの光景だ。


「申し訳ございません。そのお優しいお心遣いについ笑みがこぼれてしまいまして……。そのお気持ちは大変嬉しく思うのですが、その件に関しましては、わたくしの一存では決めかねます故、是非ユリオプス殿下に直接、ご進言して頂けないでしょうか?」


 少々困った様な笑みを浮かべて、セレティーナがやんわりと流す。

 するとそのブロンドの令嬢は、意地の悪い笑みを浮かべ更に言葉を続ける。


「セレティーナ様はユリオプス殿下のご婚約者なのでしょう? でしたらあなた様の方から、エスコートを辞退するお言葉を掛けて差し上げる事が、男性であるユリオプス殿下を立てる淑女の嗜みではなくて?」


 ツンとしながらもやや勝ち誇った笑みを浮かべ、そう告げてきた令嬢の可愛らしい小悪魔的仕草にまたしても笑みをこぼしそうになったセレティーナは、慌ててぐっと堪える。

 そしてあえて大袈裟に感嘆するような声を上げた。


「まぁ! なんて素晴らしい淑女のお考えなのかしら! 確かにおっしゃる通りでございますね! ではユリオプス殿下には、ある令嬢から大変素晴らしい助言をいただいたことをお伝えしつつ、エスコートの辞退を進言させて頂きますわ。ええと……確かストレリチア家のバーネット様でございますよね?」


 セレティーナは、ぱぁっと花開くように微笑みながらそう告げると、そのままユリオプスのもとへと歩き出そうとする。するとバーネットが、急に慌てだした。


「お、お待ちになって! わたくしからの助言とお伝えするのは、あまりよろしくないと思うわ!」

「まぁ……何故? これほどの淑女の鑑のような素晴らしいお考えをお持ちなのですから、ご謙遜されなくてもよろしいのに……」


 再びユリオプスのもとへ行こうとするセレティーナをバーネットが必死で止める。

 八歳程の少女に対して、少々大人げない対応だとは思いつつも先輩淑女としての制裁は、しっかり加えなければと何故か教育的指導に燃え出すセレティーナ。

 そんなセレティーナの行動にますます幼いバーネットが、焦り出す。


「そ、その! セレティーナ様のお考えとしてお伝えした方が、きっとユリオプス殿下もあなた様の事を素晴らしいご婚約者だと思われるかと……」

「セレは、そんな事をしなくても僕の素晴らしい婚約者だよ?」


 するといつの間にかセレティーナの後ろにいたユリオプスが、顔を覗かせた。


「バーネット嬢……。あなたは先程から何を訳の分からない事を言っているの? そもそも婚約者がいる身の僕が、セレ以外の女性をエスコート等したら僕の紳士としての品位が問われるのだけれど……。あなたは、その事には気づかなかったのかな?」

「あ、あの……それは……」


 あどけない表情で不思議そうに小首を傾げ、疑問を投げかけてきたユリオプスにバーネットが、ますます慌てだす。


「そんな事よりもセレ、向こうで君と話したいという人達がたくさんいてね? 僕、君を呼びに来たんだ」

「まぁ……それは気づけずに申し訳ございません……」

「ううん。大丈夫。でもかなり待たせてしまっているから、早く行こう?」

「はい」


 そして身長差のある状態でセレティーナのエスコートをし出すユリオプス。

 しかし、何かを思い出したように足を止めた。


「そうだ、バーネット嬢。よく分からないけれど、あなたが僕の事を気遣ってくれた事は凄く感じたよ? どうもありがとう」


 そう言って、ユリオプスはふわりと眩しいくらいの笑みを浮かべた。

 そのユリオプスの言葉にさっきまで慌てていたバーネットが安堵し、同時のその眩いばかりの天使の微笑みにうっとりしながら返答する。


「いえ、その……」

「今日のお茶会、是非最後まで楽しんで行ってね!」


 子供らしいレベルの嫌がらせで、婚約者であるセレティーナに接触して来たバーネットにユリオプスがとった寛大で優しいその対応に周りの大人達が感嘆の声を洩らす。もちろん、セレティーナもその一人だ。


「殿下、流石でございますね! 見事な紳士的ご対応でございます」


 セレティーナを庇いつつもバーネットが恥を掻かない様にしたその采配に思わず、称賛の言葉を投げかけてしまったセレティーナ。

 しかし当のユリオプスは、キョトンとした表情を浮かべる。


「えっと、何故セレは僕を褒めてくれるの? 僕、今何か凄い事をしたかな?」


 どうやら無意識でバーネットを気遣った行動が咄嗟に出たらしい。

 もうユリオプスは見た目だけではなく、中身も天使なのかもしれない……。

 そう思ったセレティーナは、何だか嬉しくてたまらない気持ちになる。

 例えるなら『うちの子、本当に良い子なの!』と触れ回る親バカな心境だ。


「殿下は大人になられたら、大変素晴らしい紳士になられますね!」

「え~!? 今の僕は~? 大人にならないとダメなの?」

「ま、まぁ! 申し訳ございません。そのようなつもりで申した訳では……」

「でもセレに褒められたのは嬉しいな! 僕、そうなれる様に頑張るね!」


 そう言ってニッコリするユリオプスの天使の様な愛らしさは、未だに健在だ。

 ただ……やはり二年前と比べると、無条件で振りまくような無邪気さ全開の笑顔は流石に見られる機会が減ってしまった……。


 そんなユリオプスは、物心ついた頃から優秀だった。

 現在でも僅か八歳にして三か国語も話せる上に最近は公務に関しても父である国王から、少しずつ任されている。


 セレティーナ自身もそうだが、幼い頃から大人の中に混じって過ごすと、自然と社交辞令的な振る舞いが無意識の内に板についてしまう。そうなると本心を隠し、笑顔を貼り付ける癖が当たり前の様になってしまうのだ。

 ましてや王族であるユリオプスは尚更、成長する過程でそういう機会が多い……。


 今後はあの天使の様な無邪気な笑顔を見られる機会が、どんどん減ってしまう事は嘆かわしいが、それだけユリオプスは物凄い速度で成長していると思うと、それはそれで喜ばしい。

 ユリオプスはこれから更に素晴らしい男性になっていくのだろうと思うと、何だかセレティーナは誇らしい気分になる。同時にあっという間にセレティーナの手が届かない所に行ってしまいそうで、淋しい気持ちにもなる……。


 そんな将来有望な幼い婚約者は今、自分の隣で大人達と対等に会話をしている。

 今はまだ幼少期の延長で自分を姉の様に深く慕ってくれているユリオプスだが、年頃になればきっと自分の運命の人を見つけてしまうだろう。その時が来たら、全力でこの愛くるしい王太子を祝福しようと心に決めているセレティーナ。


 今日の様な振る舞いをするユリオプスを見るとそれも近い将来だと思い、セレティーナは嬉しさと同時に湧き起こる淋しさも噛みしめていた。

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