十八歳の殿下と私②
ユリオプスのその言葉にセレティーナが愕然とする。
「ど、どういう事ですかっ!?」
「そのままの意味だよ。リナリスは僕を脅迫するような行為をしたんだ」
「そんな……だってお二人はあんなにも親しそうに……」
そのセレティーナの言葉にユリオプスは苦笑する。
「ねぇ、セレ。僕が本気でリナリスみたいな浅ましくて頭の悪そうな男爵令嬢に入れあげてたと思っていたの? ああ……でも思っていたからフェンネルに相談して、こんなにも僕が苦しむ結果になったのか……」
またしても見た事のない意地の悪い表情を浮かべたユリオプス。
この四年間に一体、何がここまでユリオプスをひねくれさせたのか……。
そんな考えから思わずユリオプスに不憫な目を向けてしまったセレティーナ。
その視線の意図を読み取ったのか、ユリオプスがやや苦笑する。
そしてそれを払拭するかの様に小さく息を吐いた。
「リナリスは登城すると、僕以外にも爵位の高い令息達に色目を使っていたんだ。その件でかなり父の方に苦情が来ててね……。でもそれを決定づける証拠が掴めなくて野放しになっていた。すると、今度は大胆な事に王太子である僕に色目を使ってきたんだ」
「では殿下は、そのリナリス様の問題行動を調査する為にあえて騙されたふりをなされていたのですか?」
「いいや? それは、たまたま協力する形になっただけだね」
その返答にセレティーナが怪訝そうな表情で首を傾げる。
「ねぇ、セレ。君は僕が十一の頃、やたら反抗期についての本を読んでいたよね? あれはどうして?」
急にガラリと違う気まずい話題を振られ、セレティーナがビクリとする。
「代わりに答えてあげようか? あの時のセレは僕が反抗期に入ったのかと思って、どう対処しようか悩んでああいう本を読んでいた……。違う?」
「それは……その……」
「残念だけれど、僕の反抗期は十一の頃じゃない。十四の頃だ。僕はね、あの時リナリスを利用して、君にやきもちを焼かせたくて仕方なかったんだ……」
「やきもち……?」
「だって君は、いつまで経っても僕の事を大切な弟の様にしか見てくれなかった……。だから婚約破棄という状況をチラつかせれば、危機感から僕の事を弟ではなく一人の男性として見てくれるかもしれないと思ったんだ……」
するとユリオプスは急にセレティーナの手を両手で包み込んだ。
「でもその子供じみた計画で、まさか四年間もセレと会えなくなるなんて思ってもみなかった……。フェンネルがずっと僕と君の婚約を解消したがっている事は警戒してはいたのだけれど、まさかそこでセレが、すぐに父親に婚約解消の相談をするだなんて思ってもみなかった。その好機にフェンネルは、すかさず僕から君を遠ざけたんだ……」
「お、お父様は何故そのような事を……」
「フェンネルは、年の離れた僕の婚約者に選ばれてしまった君が、苦労している事を気にしていたからね……。しかも君はフェンネルにとって娘の中では一番のお気に入りだ。ずっと僕からセレを取り上げる機会を窺っていたんだよ」
そう語るユリオプスの目は、先程のシボレットに向けた時よりも深い凄み方をしていた。その様子に思わずセレティーナは背筋をゾクリとさせる。
「しかもまさか父上までこの件に加担していたなんて……。もう僕は二人にどう報復していいか分からないよ……」
悲しそうな笑みを浮かべているユリオプスだが……目が一切笑っていない。
その様子にセレティーナの背筋は更に凍り付く。
「あ、あの殿下……。父はそこまで悪気はなかったと……」
「分かっているよ? そもそもフェンネルは一応、僕の未来の義父だからね。そんな酷い報復はしないから安心して?」
そうにっこり告げるユリオプスだが、やはり目は全く笑っていないかった。
流石にもうユリオプスは、昔のような純粋無垢な天使のままではないという事をやっと認識したセレティーナが、大きくため息をつく。
恐らく国王陛下と父フェンネルは、近々ユリオプスから何らかの制裁を受けるだろうと。
「ところで……リナリス様はどのような不敬行為をなさったのですか?」
するとユリオプスは、バツが悪そうな表情を浮かべた。
「四年前、僕が彼女を自室に招き入れただろ?」
「はい……。えっ!? あ、あの……」
「ごめんね、セレ。実はあの時、彼女を自室に招き入れる状況を僕は、わざと君に見せつける様にタイミングを見計らっていたんだ……」
「なっ……!!」
唖然としているセレティーナにいたずらを叱られた様な表情で上目使いで謝罪してくるユリオプス。幼少期からのこの謝罪方法は、ユリオプスの十八番だ。
「本当はあの後、すぐにセレが僕のところに誤解を解きに弁明に来るだろうと思って自室で待とうとしたのだけれど……帰りがけにリナリスに捕まってね……。その日の彼女は何故かしつこくて、僕の自室前まで付いてきたんだよ。そこからわざと会話を長引かせて一向に帰ろうとしないから、意地でも僕の自室に入れて貰おうと企んでいる事も読み取れた。だから君が来る前に追い返そうとしたんだけど……粘られてしまってその内、セレが来てしまった」
そう悔しそうに話すユリオプスだが……次の瞬間、忌々しそうに顔を歪める。
「その時、僕は咄嗟にバカな事を考えてしまった。君の目の前でリナリスを自室に招き入れたら、君はどう思うだろうか、と。そして彼女を自室に招き入れるところを君にわざと見せた……」
そう白状したユリオプスだが……後悔からなのか唇を強く噛んでいる。
だが続きを語る為に一度、気持ちを落ち着かせようと一呼吸ついた。
「そして入室後、甘えてきた彼女を突き放し、今までの彼女の問題行為を上げ、二度と登城しないように警告したんだ。すると彼女は、僕が自室に招き入れた事を僕と密会し寵愛を受けたと、周りに吹聴すると言い出したんだ。あまりの性悪さに流石の僕も呆れてしまったよ」
「そ、そんな事が……。よくその様な危機的状況を回避なされましたね」
「危機でもないよ? だってその時、僕の部屋には二人の男女がいたんだ」
「えっ?」
「僕の友人で側近でもあるクリナムと、まだ公には公表されていないその婚約者殿のフリージア嬢が」
「フリージア嬢……。って、ヒベリカム家のですかっ!?」
すると、ユリオプスはにっこりと元天使、現大天使の様な微笑みを浮かべる。
「リナリスの件に関しては、フリージア嬢がご友人の伯爵令嬢数名から悲痛な訴えを受け、それで何とかしようと対策を練っていたんだ。そして今度は僕に色目を使い出した彼女の行動から、クリナムを通して僕に証拠を押さえる為に協力をして欲しいと依頼が来た。そして僕は、その協力に応えると同時にセレのやきもちも煽ろうと、悪だくみをしてしまった……」
「ユリス殿下……」
「そんな目で見ないでくれ……。僕だって深く反省してるんだ。君を必死で探し廻ったこの四年間は、本当に地獄だったのだから……」
そう呟きながら苦痛の表情を浮かべたユリオプスが、セレティーナの肩口に顔を埋めてきた。そんなユリオプスを慰める様にセレティーナが背中をポンポン軽く叩くが、子供扱いされたと感じたユリオプスが、やや不服そうな顔をする。
「ですが……それで国外追放は、少々処罰が重くはないでしょうか?」
「重くはないよ? 彼女の罪状は、僕に対しての脅迫行為、フリージア嬢のご友人方、並びに君に関して嘘の悪評を吹聴した名誉棄損行為と、婚約者のいる令息に対して既成事実を作ろうと関係を迫った等、叩けばいくらでもある。しかも僕を脅迫した際は、部屋の奥に隠れてその一部始終を見聞きしていたクリナムとフリージア嬢という証人が二人もいるのだから、言い逃れは無理だ」
その女性としては、あまりにも酷いリナリスの行動に口をあんぐりさせるセレティーナ。同時にユリオプスの部屋で二人が待機していたのは、ある意味リナリスを罠に掛ける準備だったのでは……とも思ってしまった。
「中でも特に酷いのは僕の自室に入り込もうと、長々と僕に付きまとった事だ……。彼女がそんな行動を起こさなければ、僕は更にセレを煽る様な行為はしなかったし、四年間も君のいない地獄の様な時間を過ごす事もなかった……。ハッキリ言って国外追放なんて甘いよ! 極刑にしてやればよかった!」
過激な発言をするユリオプスにセレティーナが、何とも言えない視線を投げかける。そもそもユリオプスがセレティーナの気持ちを試すような行為をしなければ、父も婚約解消の好機とは捉えず、四年も娘を隔離するような事はしなかったのではないかと。
それを全てリナリスの所為にするのは、どうなのかと思ったセレティーナだが、にーっこり笑顔を向けてくるユリオプスに気付いて、慌ててその考えを止めた。
「でもやっとセレを見つけられた……。正直もう逃げられたら困るから、城に戻ったら早々に挙式の準備に入るから、覚悟しておいてね?」
「ですが、まだ殿下のご年齢が……」
そのセレティーナの言葉に片眉をピクリとさせたユリオプスが、目が一切笑っていない神々しいまでの大天使の微笑みを放つ。
「セレ……。僕、来月で十八になるから成人するよ?」
「あっ……」
「酷いなぁ。たった四年でセレは僕の誕生日を忘れてしまったの?」
「そ、そういう訳ではないのですが……その、あまりにも色々な情報が一気に入って来てしまって……」
「そうだよね……。四年の歳月は、あまりにも長過ぎだよね。そんな長い期間を僕は一日も欠かさず、君を探し続けていたのだけれど……セレ、君はどうだったのかな?」
相変わらず目だけ笑っていない優しい笑顔でそう尋ねてきたユリオプスにセレティーナは、ビクリと体を強張らせた。
正直、この四年間はシボレットの淑女教育に夢中になり過ぎて、ユリオプスの事をあまり考えていなかった。いや、むしろ考えない様にしていた節がある。
父フェンネルや王弟セルノプス、そしてシボレットがユリオプスの情報を何も教えてくれなかった事には、むしろ感謝していたくらいだ。
それだけセレティーナの中では、リナリスと婚約したかもしれないと思い込んでいたユリオプスの事を考えたくなかったのだ。
「申し訳ございません……。わたくしはこの四年間、なるべくユリス殿下の事を考えない様に過ごしておりました」
その言葉にユリオプスが目を見開く。
「僕は……そこまで君を傷つけてしまったの?」
「そうではないのです……。考えないようにしていたのは、ユリス殿下がリナリス様とご婚約されたという話を聞きたくなかったからだと思います」
「でもそれは……やきもちとかでは無かったよね?」
「はい。どちらかというと保護者的な感情です……。リナリス様の様な女性を婚約者に迎えてしまえば、今後のユリス殿下の評価は悪くなるのは目に見えておりましたから。ですが、ユリス殿下がリナリス様に好意をお持ちと思っていたので、そのお気持ちを考えると、どうしていいか分からなくて……」
そう言ってセレティーナは、俯いた。
「でも冷静に考えれば、ユリス殿下がそのような女性を選ばれる事など無いはずだと、すぐに気づけたはずなのですが……。あの時のわたくしは、ユリス殿下をリナリス様に穢されるという事で頭がいっぱいで、状況が良く見えていなかったのだと思います」
「穢されるって……」
セレティーナの言葉にユリオプスが苦笑する。
「わたくしの中で殿下は、ずっとお小さい頃の天使で愛らしい大切な存在のままなのです。今のように立派な成人男性になられてもそれは変わりません」
「セレ……」
その言葉にユリオプスが、やや悲しそうな顔をする。
するとセレティーナは、それを和らげるようにユリオプスの頬に手を添える。
「殿下はわたくしが注ぐ愛情が、男女間の愛情でないとお嫌ですか? わたくしには殿下にそれのみの愛情だけを注ぐ事は出来ません。わたくしが殿下に注ぐ愛情は、男女間の愛情という枠組みの中には納まらないほど、大きな物になってしまっております。それでは……ご満足頂けませんか?」
セレティーナが優しく微笑みながらそう告げると、ユリオプスが頬に添えられていたセレティーナの手に自分の手を重ねる。
「その広範囲の愛情には……『夫への愛情』も含まれているの?」
懇願するようにそう問うと、セレティーナが更に優しい笑みを深める。
「ええ。もちろん。殿下はわたくしにとって、生涯かけて全力で全ての愛情と呼ばれる感情を捧げたい唯一のお方なのですから……」
するとユリオプスが慈しむ様な優しい笑みを浮かべて、今度はセレティーナの頬に片手を添える。
「なら今ここで、その愛情が本当にセレの中にあるか……確認させて?」
そう呟くとユリオプスは、添えていた手の親指でゆっくりセレティーナの唇をなぞり、顔を近づけてくる。
それに合わせるようにセレティーナもゆっくり瞳を閉じた。
幼い頃、セレティーナの頬に祝福を授ける様な優しい口付けをしてくれた柔らかい唇の持ち主には、今はもうその天使の様な面影はない。
天使でなくなった彼は、今は一人の男性として甘く求める様な力強い口付けを深い愛情と共にセレティーナの頬にでなく、何度も唇に落としてくれる。
その満たされるような幸福感を授けてくれる口付けを元天使の彼が納得するまで、セレティーナは何度も何度も受け続けた。
以上で本編は終了いたします。
読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
引き続き、下記番外編がございますので、よろしければどうぞ!
・本編の流れを殿下視点で書いた話(3話)
・その後の殿下の話(3話)




