16話 串カツに負ける幼女
「そのかわり俺の言う事は聞いてもらうぞ?」
「……っ!?」
その言葉に幼女の手が止まる。しかし、その手は俺の手越しに強く串カツを握ったままだ。
「……な……ぬ……」
俺と串カツを交互に見る魔王。悩んでいる表情がコロコロ変わって面白い。
「ん? どうする? 別に食べなくてもいいんだけど?」
「ぬ……!? い、いや……それは……」
まだ悩む幼女。でも串カツは離さない。
「そうか、じゃあこの串カツは俺のご飯にしよう」
そう言い俺は幼女の手を払い、
「ぬなっ!!!」
そのまま串カツに口をつけようと……。
「わ、わかった! わかったのじゃ! 言う事は聞く! 聞くから妾に食べさせるのじゃ!」
「言ったな……?」
「言った、言ったのじゃ! だから早く!!」
「わかった、わかった。渡すからそんなにがっつくなって」
食べ物で元魔王が釣れてしまった。
俺は手に持っていた串カツを幼女に渡す。俺から受け取った幼女は嬉しそうに串カツを見る。そして、それを食べようと口に運んで、
「待て!」
「っ!!!」
俺の言葉に幼女が口に入れようとした串カツを止める。
「……な……ぬ……」
俺を見て固まる幼女。それはお預けを食らった子犬の様に。
その仕草に俺は吹き出しそうになるが、我慢する。
「すまん、すまん。ちゃんと俺の言う事を聞くかどうか試したかっただけだ」
「だ、大丈夫なのじゃ。妾は約束は守るぞ? だからもう食べるぞ!」
「おう、おう。食べていいぞ」
「いただきますなのじゃ! あむっ! んんんんっ!! 美味いのじゃ!」
そのまま数本あった串カツを一気に頬張り食べ切る。幼女が串カツを一心不乱に食べる光景は違和感しかないのだけどな。
「美味かったのじゃ! これで少しは動ける様になったのじゃ!」
そう言って魔王は伸びをする。何というか小動物ぽくて愛らしい。
「其方も中々の美味な食べ物を持っておるの。他にもあれば嬉しいのじゃが」
おい、これ以上たかる気かこいつ。
「ないぞ?」
「そうか……残念じゃ。では、ちなみに其方は「看破」の魔法は使えるのか?」
「ん? いや使えないけど?」
何故そんな質問をするのかわからないが一応答える。
口約束だが俺の言うことを聞くって言ったからしばらくは大丈夫だろうと、少し緊張の糸が切れていた。
「ふっ! なら、逆に妾の言うことを聞いてもらうのじゃ!」
「……は?」
そんな急な言葉に反応が遅れる。
「馳走になった事は感謝する。美味かったぞ! 妾の舌をうならせる一品! 一生食べたい味じゃ! つまり其方は妾にこれを一生作る為に生まれて来たのじゃ!」
「……はぁ? 何言ってるんだお前……?」
反撃される可能性はあると思ったがこんな理由だとは思いもしなかった。
「ふははははっ! ではいくぞ! 常闇の影隠!」
そして幼女は魔法を口にした。
「ふははっ! これで妾の事は見えん、時間はたっぷりできる。生半可な攻撃では其方を倒すことはできぬとわかっておるからの。極大魔法で屈服させてやるわ!」
「……」
「ふっふっふっ! さあ妾を探している時間で魔法が完成する……ぞっ……!?」
「何してるんだ、お前?」
「ぬあっ……!?!?」
1人で楽しそうにしている幼女の頭を俺は片手で鷲掴みにする。
「な、なぜ妾の場所がわかるのじゃっ!?」
「いや、だって消えてなかったし?」
さっきから何をしたかったのか知らないが、全く消えてなかった。幼女だから微笑ましい光景だったけど。
「な、な、なっ……! 何故じゃ……! むっ!? 魔力が全く回復しておらん……!?」
「そりゃ飯食っただけでは魔力は回復しないだろ」
「なっ……!?」
驚いているが、そんな事にも気づかないとは、長年リッチーをしていたら感覚もおかしくなるんだな。
「で、俺の串カツが美味いと言ってくれたのは嬉しいが、流石に俺を手なずけようとするのはなー。ないよなー」
「い、いや……そんな事は、言っておらん、ぞ……?」
キリキリと音を立てるようにゆっくりと俺の方を向こうとする幼女だが。
「お仕置きは必要かな?」
「ぬあぁぁぁ! 痛い、痛いのじゃぁぁぁ!」
俺はそのまま右手に力を入れる。もしこんな所を誰かに見られたらエグいが、俺のフラストレーションも溜まっているわけだ。少しは発散させてもらおう。元魔王になら大丈夫だろ。
「大人しくしていたらまた食わせてやろうと思ったが」
「痛い、痛いのじゃ! 離すのじゃぁぁぁぁ!」
「おいおい、そんな睨むなよ。俺も心は痛いんだぞ。中身がババアでも見た目が幼女にこんなことするなんてなー」
「ば、ババアではないわぁ!」
「しかし、これからの為に躾は必要だと思う。それが大人の役目だからな。安心しろ、俺が立派にして……」
「な、なにしているんですか!?」
「……っ!!」
後ろから声が聞こえた。
それも良く知っている、女性の声が。
「さ、流石にそれは引きますよ、お兄さん……」
この声も良く知ってる。
やばい、この状況はマジでやばい。幼女を片手で鷲掴みにして持ち上げているとか、俺だってこんな状況見たら引く。即警察に通報する。
なぜだ……こんな時にフラグを回収しなくてもいいだろ!
いやだ、後ろを見たくない。後ろを……。
「お、おにーさんが走って行ってから私達も追いかけたのですが、こんな状況になっているとは……」
その声が徐々に低くなっていく。
「ちょっと待ってくれ! 誤解だ!!」
やばいと思い、俺は幼女から手を離し後ろを振り向く。
ああ、やはりこの2人だった……。
「誤解って……。お兄さんが強いことですか? それともこの子を掴み上げていたことですか?」
ユリアリアが元魔王である幼女を抱き上げながら言う。
なっ! あの幼女、いつの間に行きやがった!?
「こんな幼い子の頭を掴んで持ち上げるなんて……お兄さんが……考えたくないですけど……」
「いやだから、それは……」
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「痛かったのじゃ……。こやつが妾に手を上げて来たのじゃ」
「なっ! おまっ!?」
こいつ何言ってやがる!
「やはり、そうなんですね……おにーさん! 実はあれからおにーさんは強いと私達の中では確定したんだけど……」
「ほ、ほんとか!?」
この2人に強いとわかってもらえたのか! その言葉に一瞬思考が持っていかれるが、エミルアリスが王女の口調で語り始めた。
「私は貴方がとても良い人だと、強い人だと思っていたのですが、間違いだったのかもしれません。ここは王女として……いいえ、一人の女性として言います。こんな女の子に手を上げるなんて、最低です!」
「なっ……!?」
その一撃は今までのどの魔王からの一撃よりも、重く避け切れない一撃だった。
「見損ないました! 出会いはあれでしたが……今まで真摯に仕事をし、新しい食を作り、そして魔王をも吹き飛ばす力。あなたはもしかすると新しい勇者なのかと思いました。しかし、このような事件を起こすなんて、勇者として……いえ、人間として最低の行動です!」
「ぐはっ……!」
なぜか俺の心の奥底に深く突き刺さるエミルアリスの言葉。
それと同時に漏れだす不満の気持ち。
しかし、エミルアリスにここまで言われる事に、不満よりも何故かとてつもない罪悪感が生まれてしまう。
でも、どうにかしてこの状況から打開したい。何か、何か言い訳を……。そうだ!
「ほ、ほら。見てくれ。その子と俺って似ているだろ? 黒髪、黒目で、ほら……な? 初めて会った時に言ってただろ? 理由があるって。実は俺はこの子を探していたんだよ……」
見苦しい言い訳をしてみる。そう、こいつとは親族に見えなくもない……はずだ。大丈夫だろ……。
「……えっ!? そ、そうなのですか……? それなら、見えなくも無いですけど……」
「こんな草原で?」
「うっ……」
俺と幼女を交互に見て考えるエミルアリスに対して、即答で答えるユリアリア。
「まあ、お兄さんがそんな事をするなんて無いと思いたいですけど、現行犯でしたからね……。言い訳はちょっと見苦しいですよ」
「いや、言い訳じゃ……言い訳だけど……」
「言い訳なんですね!」
キッと睨まれて言葉に詰まる。
「はぁ……これはエミリでも庇いきれない事件です。今いるのは私達2人だけですが、この子が証言してしまうともう、無理ですね」
「うむ。証言するのじゃ」
こ、こいつ何言ってっ! わ、笑っていやがる!
くそっ、もう我慢しないぞ! この幼女の事はもうどうでもいい! 言ってやる!
「わかった! もう言ってやる。聞いてくれ! 実は魔王なんだが……」
「あっ! そうです! 魔王です! この子に気を取られていたので忘れていましたが、魔王はどうなったのですか!?」
俺が言うより先にユリアリアに被せられた。しかし、好都合だ。
「お兄さんが吹き飛ばして、追いかけて来たんですよね? ここにいないということは倒したのですか? それとも逃げたのですか?」
「実はそれは……」
「逃げるわけなかろう?」
俺が魔王はこいつだと言おうとした時、幼女が口を開いた。
「偉大なる妾が逃げるわけなかろう! 意味がわからんぞ、勇者ごとき一瞬で倒せるのじゃ!」
その言葉を話す幼女に俺は唖然としてしまう。
……こいつってもしかしてアホなのか?
「えーっと、ちょっと何を言ってるのかなー? 大丈夫だよ? しっかりお嬢さんは保護しま……」
ユリアリアがあやす様に言うが、幼女はユリアリアの手から地面に降りる。
「さっきから我慢しておったが、妾はお嬢さんじゃないぞ! 最強の魔法使いであるエルダーリッチーじゃ!」
「ちょっ、ちょっと何言っているのか意味がわからないよ……?」
そうだ、何を言ってるんだ。お前はエルダーリッチーではない、もう人間なんだ。
そんな事よりもこいつもしかして自分で……。
「意味がわからないわけなかろう! 「不死の魔王」である妾が勇者なぞに負けるわけがないと言っておる! 現に妾は今生きておるのじゃ!」
「えっ、えっ? お嬢……」
「待ってユリア」
幼女の暴走に戸惑うユリアリアに対してエミルアリスが冷静な声で、いつもより低く冷たい声で話す。
「あなたのお名前は?」
「妾はアルデミス! 「不死の魔王」アルデミスじゃ!」
その言葉で、その場が凍り付いた。