9話 エミリとユリア①
「良かったですね、無事にギルドカードが作れて……あははっ」
「そうだねー。色々あったけど。無事に作れて……ふふふっ」
「……あー、こんなに空って青かったんだなー。曇ってあんなに白いんだなー」
笑い合う陽気な2人に対して、覇気が無くなった俺はギルドを出た所にあったベンチに座って空を見上げている。
青い空に白い雲。俺の目の前はその雲の様に真っ白に染まっていた。
「そんな落ち込まないでくださいよ。職業が「冒険者」しかなれなかったって、あははっ。お兄さんスライムにも負けるくらいですから、仕方ないですよ。あはははっ」
笑いが止まらないユリア。
「ちょっとユリアそんな笑ったらダメだって。おにーさんも傷ついてるんだから。ふふっ」
俺を庇おうとしながらも笑いは隠せてないエミリ。
「だって、あれだけ「俺は最強なんだぞ! 見てろよ!」とか言ってたお兄さんの適性職業が「冒険者」しか無かったって。ふふっ! 思い出しただけでも面白すぎですよ! あはははっ!」
「いや、その時の顔はすごく面白かったよ……じゃなくて! 仕方ないよユリア、適性は人の才能なんだから。「冒険者」になれただけでも良かったんだよ!」
エミリ、それはフォローになっていないぞ? 俺に才能が無いと言ってるみたいなものだから。
「でもエミリ。その「冒険者」は誰でもなれる職業で、お兄さんはそれしか適性がなかったんだよ。受付のお姉さんもすごく慌ててたし。「冒険者」しかなれないって私初めて見たよ」
「いや、私も初めて見たけど。ユリアー、そんなに笑わないであげようよ」
「いやこれは……ふふふふふっ! 我慢できない!」
「……ここまで笑ってるユリア久しぶりに見たよ」
笑い続けるユリアと庇ってくれるが庇えていないエミリ。
しかし笑われるのは仕方ない。
実はその「冒険者」にも俺には適性がなくて、名前だけ借りてるみたいなものになっている。
俺には適性がある職業が全くなく、受付のお姉さんは見て驚いていた。最終的には冒険者登録する際に誰でも着くことができる「冒険者」の職業に着くことになったが、お姉さんは念押しして「今回はユリアさんが言う通りに身分証だけの使用の為にカードを作りに来られてますので作りますが……絶対に、絶対に! 冒険はしたらだめですよ!」とまで言われた。
能力は持っているのに適性がないって、本当に意味が分からん。
それより、やっぱり笑いすぎだユリア。くそっ、ユリア達は命の恩人だから許せるが、あのギルドで一緒に笑っていた奴らはいつか絶対に絞めてやる!
「で、いつまでそこで黄昏てるんですか? お兄さんが落ち込んでいるうちに、服も買ってきてあげたんですよ。着替えずそのままだったら私たちも迷惑ですから」
「そうだよおにーさん。落ち込んでいるだけじゃ何もならないんだし動かないと。服着て服」
そう言って隣に置いてある袋を指さす。
そうだったな。いつの間にか服を買って来てくれてたんだったな。
色々としてくれて……はあ、俺ってあれこれここに何時間いるんだろうか。スライムに食べられていた時がまだ明るかったけど、今はもう日が暮れそうだ。
なんか全部この2人におんぶに抱っこ状態で情けない。今思うと高校生ぐらいの女の子にお金を貸してもらってる時点で大人としては終わってる。
よし、仕方ない。俺の強さは変わらないんだ。目に見える強さが数字や文字で表せられないだけなんだ。
なんだかそう思ったら元気が出てきた。
そう思いながら置いてある袋を掴む。
「おっ、おにーさん元気出てきた?」
「まあ、ここまで来たら仕方ないからな、諦めるよ。でもさ、なんでエミリとユリアはここまで俺に付き合ってくれるんだ?」
普通に思った疑問を問いかける。
自分で言うのもなんだが、こんな得体のしれない、発言も意味不明な奴についていてくれるなんて冷静に考えるとおかしい。
「えーっと、私はおにーさんは放っておけない感じがするのと、今は一緒にいた方がいいと勘が言っている、からかな?」
エミリの勘がどうかはわからないが、放っておけないっていうのは、俺は保護される立場にいると言う事なのだろうか。そうだとしたら男的には悲しすぎるけど。
「私はエミリがこう言うからですけど。お兄さんはもう疑う理由がないぐらい弱い人だとわかったので、頼らなくても大丈夫です。弱いものを助けるのは強い者の宿命ですからね」
ユリアはそう言いにこっと笑うが、その笑顔が優しく子供を見るような目にしか見えない。大きい子供とでも思われているなら、成人男性としてはとても辛いんだけど。
しかし、見返してやろうと思ってもギルドカードという手段は使えなくなってしまった。
実際に能力を見せようと思っても、俺の持っている「超炎熱砲」や「死の斬撃」などは、もれなく地形が破壊される。もしそんなものを何も無い所でいきなり放つと、危険人物として認定される可能性がある。
エミリとユリアに解ってもらえても、周りにそう見られるなら下手に動きにくい。
「まあ、私達にも事情があるんだけどね、おにーさんは面白いから一緒にいるって感じかな?」
「ってことは、俺は君らの暇つぶしにでもなれたのか?」
「まっ、そういう事ですね、お兄さん」
ちょっと男としてのプライドを攻撃されるが、暇つぶしでも俺を助けてくれた事には感謝をしよう。おかげで俺の命は繋ぎ止められたわけだし。
「それで、おにーさんこれからはどうするの? 泊まるところは?」
「ありません。だからお金を貸してください」
「あはは、潔いですね。まあ、そうなることまで考えてましたから。笑わせてくれたお礼に数日分の衣食住は確保してあげています」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
ここまで来たら潔いところは潔く、プライドは捨てます。暖かい布団には寝たいです。情けないと思いながらも頼らないと生きていけないんで。
「その代わり、明日からはクエストを受けてください」
「受けます! 何でもします! ……って、クエスト? 俺って受けられないんじゃ?」
「いえ、受付のお姉さんが言っていたのは冒険って事です。つまり、この街の外に出る事がいけません。逆に言えばこの街の中での仕事なら大丈夫です。この街の中でならモンスターに襲われることもないですし、安全なクエストは沢山あります。物探しとか掃除とか、雑用……言うと、何でも屋さんですね」
「ふーん、とにかくお金は少しでも稼げるわけだ」
「そういうことです。そして、私たちにお金を返してくださいね」
そう言ってユリアが両手を前に出す。
「それはもちろん。お金とこの恩の事は忘れないよ」
「そう言う所は素直ですよね。まあ、頑張ってください」
「おにーさん、さぼったらダメだよ? 頑張ってお仕事してねー」
「おう、頑張ってみる」
俺は信用されていない。当たり前だ。何もわからない弱い人間だと認識されている今の状態ならそう判断される。でもそれは仕方ない。ここから挽回していけばいい。
「では、あの宿に泊まってください。お金は払ってありますので」
なんと、素晴らしい手際である。至れり尽くせりだ。
「2人とも何もかもありがとうございます」
2人に頭を下げる。
「仕方ないですし、今回だけですからね」
「頑張ってねー」
それで話が終わり2人とその場で解散した。
2人は町の中心部に向かって歩いて行く。泊まる所は当たり前に違う。門から近い宿は安い様だ。
俺にとっては最低限の衣食住を提供してくれているだけで幸せだ。
「でも、本当に異世界に来たんだな」
そう呟きながら周りを見渡す。
ここは異世界なんだと今日見た景色だけで再確認させられる。よくある異世界を題材とする漫画やラノベと同じで、中世ヨーロッパがモデルなんじゃないかと思う街並みに、街を囲む壁に大きい門。それだけでここは前世の世界とは違うとわかる。
ちなみにこの門は西と東にあるようで、東側が俺が入ってきた門なのだが、実は魔王城側の門らしい。なんとこの街はこの国で最も魔王城に近い街なのだ。
近いと言っても魔王城までは徒歩で5日ほどかかるに加えて、魔王軍が攻めてくることは今までには無いとの事なので日々警戒はされているが平和そのものらしい。
それで、俺がいたのが東門側の草原だったわけで、スライム以外のかなり強いモンスターに襲われても仕方なかったらしい。でも、襲われていたのがスライムで幸いだと言われた。
俺にとってはスライムの方が最悪だったわけだけど。
「さて、ここから異世界生活が始まるんだよな!」
これからの異世界生活に思いを募らせながら、とても濃密な異世界生活1日目が終わった。