いつもどおりのやりとりをして
初連載作品です。よろしくお願い致します。
この話から何話か、いわゆる地下アイドルやそれをとりまく環境についての説明がところどころ入っております。
プロローグかつ用語解説みたいな話です。
「おっと、そろそろかな?」
コンビニのフードコートでお茶を飲みながらスマホを見ていた俺は目の前にあるライブハウスへと向かう。
「いらっしゃいませ~。お目当ての出演者はいらっしゃいますか?」
「ロスヴァイセで、名前はさきがけ太郎になります」
「…あ、はい。さきがけ太郎さんで1枚ですね。ドリンク代込で3000円になります」
何度やったかわからないくらいやったおかげで慣れたこのやりとり。
このライブハウスで行われるイベントに入場するために、この人を見に来たっていう目当ての出演者を告げる。その出演者サイドに行きます、と伝えるとライブハウス側にチケットの取置、という形で自分の名前が記載された取り置き表なんてものが渡される。そこに名前があればだいたい平均で500円くらい安くイベントに参加できるのだ。安くなるならしない理由なんてない。
ちなみに本名である必要はないので、俺もオタクとしての名前を告げている。
「すいません、5000円で」
財布から5000円札を取り出し受付の人に渡すと慣れた様子で小さい金庫にしまい込み、お釣りとラミネート加工された小さい紙を俺に手渡す。
「では、お釣りの1,2…2000円とドリンクチケットになります。再入場用のスタンプを押しますのでどちらかの手のひらを出してもらっていいですか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。それでは中、混雑しておりますので注意してお進みください」
ライブハウスというのは基本的に飲食店、という形で運営されている。
いわゆる興行場、として営業するには色々な規制があるためにそこまで規制が厳しくない飲食店で営業許可を取る場合がほとんどだ。
毎日のようにバンドや歌手が来て歌っていても、興行場、遊び場ではない。ステージのある飲食店なのだ。
なので、経営者は飲食店という建前があるために来場者からドリンク代、を取る。
こうすることによって飲み物代、という飲食店として正しい売り上げを確保して興行場の無許可営業、なんてことを回避しているのである。
再入場用のスタンプは再入場、会場から出てももう1回会場に入れるシステムによって、1度ATMなどに出かけたお客さんと、これから入場するお客さんを区別できるように店側が押したりする。お金の2重徴収などを避けるためだ。これはチケットの半券を見せればOKの場合もあるのでライブハウスによって様々だけど。
「どうせもらっても使わねぇんだけどな…」
渡されたドリンクチケットを財布にしまいながらそう独り言。
さっき言ったようにライブハウスは飲食店。でも無理矢理飲み物を飲ませるわけにはいかない。
だからこうしてライブハウスはドリンクチケットを渡す。喫茶店チェーンにあるコーヒーチケットみたいなもので、飲み物代を先に払っているだけでいつ使うか、どう使うかはお客さんの自由というわけだ。
ちなみに基本的に有効期限はその日限りである。なので、ひとしきり音楽を楽しんだ後に乾いたのどを潤すためカウンターで引き換えるパターンが多い。
「おう、太郎!今前の演者ラストだからすぐ始まるぞ!」
客席へ向かう俺に誰かが声を掛ける。声のする方を向くとそこにはいつものメンバーがいた。
「うっす。スピカさんたちも来てたんすね!」
「学生はいいよな~夕方でも問題なく動けて。病院行くって言って早退してきたわ」
「スピカさん行けるか微妙って言ってたから俺も会場きてびっくりした」
「やべぇ、俺暇すぎて開凸したんだけど2番目の逢沢美優ちゃんくそかわいかった。始まるわ」
笑いながらそういうスピカさん(年齢不詳、男性)とバルさん(22歳、男性)、たまもさん(20歳、男性)。
ちなみに俺、さきがけ太郎こと清水魁人は17歳の男子高校生だ。
オタクを始めてから何かと面倒を見てくれるスピカさんと、いつの間にか仲良くなってたバルさん、たまもさん。なんだかんだこの4人で固まってることが多いからなんだろ…誰かいると安心する。
「ちょっとたまもさん始まりすぎだわ」
「いや、マジで美優ちゃんやべぇから。物販行くしか」
ちなみに演者というのはイベントの出演者、という意味だったり地下、での活動者全般を指したりする。
開凸、というのは開場から会場でライブを見てるという意味で、始まる、というのはこれから推す、という意味だ。
そんないつものやりとりを少ししていると、どうやらもうすぐ出番のようで音楽が止まり、客席から人がどんどん出てくる。その流れに逆らうように俺達は中へと入っていく。
「すいません、失礼しまーす」
オールスタンディング、キャパ200くらいの客席。その最前を目指そうとするけど人が多くて思うように進めない。急がないと始まる。少し強引に進んでいくと、ちょうど客席の真ん中あたりで音楽が流れ始めた。
「今日はここらへんで沸くか」
「そうっすね」
スピカさんの呼びかけにそう答えた俺は静かにその時を待つ。
暗転したステージに1人、また1人と女の子が立っていく。5人目の女の子がステージの真ん中に立つと音楽が止まり、少しの静寂の後マイク越しに声が聞こえる。
「まずはこの曲。Break Through The Maze!」
その声と同時に眩い光がステージを照らし、音楽が流れだす。
ヤバい、アガる。いや、違う。高まる!!横を見るとスピカさんたちも同じようで首を上下に動かしカウントを取り始めた。
3…2…1…0 !!
「ぅっうぉい!ぅっうぉい!ぅっうぉい!ぅっうぉい!あーっ…しゃー、いくぞぉー!」
俺達の濃い20分間が始まった。