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夏祭り  作者: 隆聖
1/2

前編

一部改変しました7/14


「暑いねー」

「もう夏だからな。」



「そうだけどさー」

「だけど?」



「何でもないけど」



二人の男女が並んで歩いている。



蝉が泣けば夏を感じる。

縁側で食べるスイカで夏を感じる。

夏休みになると駆り出される畑仕事で汗を流す。

たまに友達と遊ぶけど、都会みたいに遊ぶ場所なんてない。

泥だらけになりながら、汗流して走り回る。



今日は夏祭りだ。年に一度町のみんなが集まる。屋台もでるし、盆踊りも踊る。



約束なんかしなくても誰かがいる。そんな日。



「ねーさっきから何黙ってるのよ」

「考え事」



「考え事?分かった。当ててあげようか?」

「いい。」



当てられそうだから聞くのはやめた。



だって彼女は知ってる。

俺にとっては一番カッコ悪くて知られたくない話だ。



「聞かせてよ。あんたがどうやってたどり着いたのか」



でも、彼女が知りたいなら話そう。

あまりにも幼稚で、あまりにも無謀でそれでいて甘酸っぱい思い出。



始まりはそう。

小学生の夏。あの時も蝉がうるさいくらい鳴いていた。



だけど今よりうるさく聞こえない。

やんちゃに駆け回って、大声出して、夏には蝉が鳴いてるのが当たり前で、自然だった。



夏祭りの日。特に誰と約束した訳でもないけど、クラスの仲間ほとんどがもう集まっていた。



なにやってんだよ。おそいおそーいなんて言ったりして、全員集まったところで屋台を回り始めた。



初めは屋台に並ぶ、ソース焼きそばやチョコバナナ、あんず飴などをお小遣いで買って食べた。



子供の頃のお小遣いなんて千円二千円なのですぐになくなってしまう。



なかには全てくじ引きに使ってしまって食べ物を買えないのもいた。



程なくすると、誰からともなく「タッチ!」と叫び隣のやつにタッチした。



鬼ごっこの始まりだ。小学生の感覚とは凄いもので、そこがどんな場所でも状況でも遊びを見つけてしまう。



人混みの中。坊主ども危ないぞーなんて言われながら夢中で駆け回った。



走って。走って。祭りの喧騒から離れた森の中に来てしまっていた。



道に迷い、少し不安な気持ちと、探検する好奇心が入り混じり、恐る恐る進んでいった。



「あっ」と思った時には既に遅かった。ぼくは少し高めの段差から落ちてしまっていた。



痛い。どうやら右足を擦りむいて軽く捻ってしまったようだ。



半べそかきそうになりながら顔を上げると、小さな泉が目の前にあった。



泉といっても、池というか、沼というか。月明かりに照らされて、とても幻想的にその時は見えたんだ。



しばらく見入ってしまったと思う。蛍が飛んでいて、辺りの空気が澄んでいることが分かった。



「あら、先客がいるなんて珍しいわね。」



急に後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと、腰に手を当てて段差の上から偉そうな態度で、こちらをみおろしていた。



しかし、降りて来て僕が怪我をしている方に気がつくと…



「あなた怪我してるじゃない!」彼女が言った。彼女からしたらとても大事のようだ。



必至に手当てをしてくれている最中、彼女の事が気になってしまっていた。



それも無理はない。彼女の髪の毛は美しいナチュラルなブロンド。お人形のようなこの町からは浮いたような可愛らしい顔。それでいて、着ている夏の和を感じる浴衣が似合ってしまうハーフの女の子であったから。




この町にずっといたぼくにとって、ハーフというのはとても珍しいものだった。



それと同時に、可愛いこだな。とっても良い匂いもする…



なんて、邪な事を考え始めると、「はい!おしまい!」と、彼女が顔を上げた。



近すぎて、胸がドキドキするのがわかる。ニコッと笑ってから彼女は少し離れた。



彼女が離れた後、自分の足を見ると、可愛らしいハンカチが巻かれていた。



「手当て。上手でしょ?」彼女がいうと、僕は無言で頷くしか無かった。



それからは、僕たちは泉のほとりに腰掛けて、話をした。



彼女の話に必死で耳を傾けた。自分の話をする時は大袈裟に楽しそうに話した。




気づいたら恋してた。分からないけど胸がずっとドキドキしていた。



こんな時間がずっと続いたら良いのにと思った。




だけど、そんな時間の終わりも彼女から唐突に切り出された。「そろそろ祭りも終わりね。私、帰るわ。あなたも大丈夫そうね。また、会いましょう」



いつ、どこで、連絡先もわからないのに。なんてその時は考えもしなかった。



だって、こんな小さな町。あんなブロンドでハーフの女の子なんてすぐまた会えると思ったから。



翌日。学校に行くと、祭りの最中に俺がいなくなった事が話題になっていた。



教室に着いた瞬間に、ぼくの方を見てガッカリしたような驚いたような顔をして沢山の視線を浴びて、やがて興味を失ったように日常が帰ってきた。



祭りの生贄になったとか、森の奥の沼に落ちたとか好き勝手言われていたようである。



それから、あの夜のことをクラスメイトに話して、夏祭りのあの子のことについて聞いたが、誰も心当たりがないらしく、たぬきに化かされただの、幽霊だの好き勝手言われてしまった。



あれだけ目立つ風貌で誰も知らないと言うのはおかしな話だと思った。本当にたぬきに化かされたのか。幽霊に出会ってしまったのかと不安な夜を過ごした。



そして、その答えは唐突に知ることとなった。



小学校も卒業しようかと言う時、帰り道。聞こえてきた商店街に集まる主婦たちの井戸端会議。



「そう言えば帰ってきたらしいわよ。」

「らしいわね。夏祭りの日だって。」



夏祭りという単語を聞いたからだろうか、普段なら気にも留めないことを、自然と耳が聞いてしまっていた。



「子供ができてたらしいわよ。」

「もう小学生ですってね。」

「あらあら。」



「今更帰ってきてなんかつもりかしら。」

「案の定、家の敷居も上がらせてもらえなかったらしいわよ」



「そりゃそーよ。許婚との婚約を破棄してどこぞの国の男と駆け落ちしちゃったんだもの」



はっとした。この人たちが話しているのはきっと夏祭りのあの子に関係のあることだと脳が結びつけた。



そのまんま、立たずさるようにして電柱に隠れて話を盗み聞きした。



「娘もブロンドだったわ。」

「可愛い子だったわねー。むすっとして可愛げはなかったけど」



あの子だ。夏祭りのあの子の情報だ。待ち望んでいたはずの、知りたかったはずのあの子のことをこの人達は知ってる。



だけど、話を割って入って質問できる勇気もなければ、好きなことがバレてからかわれるのも恥ずかしかった。



この人たちにバレたら一瞬にして噂が伝染するのは母ちゃんの長電話から知っていた。



しばらく話を聞いていたが、あの子は、以前、婚約を破棄して駆け落ちしたはずの、この町の地主さんの娘の子供ということが分かった。



そして、たまたま帰ってきて、追い返されたということは、もうあの子には会えないということも分かってしまった。



やっとわかったあの子のことも、決して嬉しい内容ではなかった。



それからまた、僕はあの夏祭りの子に会えないまま日々を過ごした。



失恋は時間が忘れさせてくれるなんていう言葉もあるけれど、時間はどんどん僕の思いを膨らませていった。



次の年の夏祭りも、その次の年の夏祭りも、ぼくは彼女に会うことは出来なかった。

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