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とあるドラゴンスレイヤーの話

作者: 田鰻

双魂竜ジェミニ・ソラス。

”双子”の名の通り、常にペアで行動する飛竜。

ただしペアといっても姿に統一性はなく、雌雄であるのか親子であるのか兄弟であるのかは不明。

種が有する最大の神秘性として、二頭でひとつの生命を構成している点が挙げられる。

故に、たとえ片方を殺したとしても、もう片方が生きている限り、じきに再生・復活してしまう。

この特性の為、討伐は極めて困難である。

人に匹敵する秩序立った高い知能、一日で大陸を横断する機動力とスタミナ、正規軍数国相当の戦闘力を持つ特級脅威指定生物。






断末魔の咆哮を轟かせ、竜が地に落ちる。

落下の衝撃で広場中央の噴水は粉微塵に押し潰され、ばたつく四肢が石畳を砂糖菓子のように削り、もがく太い尾は街路樹を、広場を囲む商店を雑草同然に根こそぎ砕き、刈り尽くした。

だが、それもやがて止む。びくり、びくりと数度痙攣するのを最後に、血に塗れた巨竜は長い舌を垂らしたまま動かなくなった。

胸に食い込んだ杭の如き弾丸が、降り注ぐ陽光を反射して光っている。


「――対象、完全沈黙。竜核の停止を確認。討伐完了だ」


目深にフードを被った男はそう呟くと、腰から短銃を外し、右腕を高々と上に掲げて引き金を引いた。

ポシュ、と空気の抜ける音と共に発煙弾が尾を引きながら昇っていき、大きく弾けて煙を撒き散らす。

白は発見。赤は警告。緑は逃走。金は勝利。青は救援要請。スレイヤーと呼ばれる、彼ら討伐屋の間での共通したサインだ。

男が打ち上げたのは、金色の煙であった。

特徴的な炸裂音が空気を震わせ、それは壁や床を通り越して町の隅々にまで届く。

待つ事暫し。男一人だけだった広場に、続々と人が集まり始めた。

誰もが一様に恐怖を滲ませ、そして倒れ伏す竜の骸を見るや、おお、と驚嘆する。


やがて群衆の中から、腰の曲がった老人が歩み出てきた。

今回の討伐を依頼してきた、この町の長である。

皺だらけの顔に友好的な笑みを浮かべているが、どこか白々しさがあった。


「よくやってくれた、よくやってくれたのう!

いやはや、スレイヤーとはたいしたものじゃ。まさかあんな恐ろしい竜を本当に倒してしまうとは……」

「仕事をしただけだ、過度な称賛はいらない。約束通り、討伐成功分の報酬をもらおう」

「……ああ、その事なんじゃがのう。

避難中にワシらも少し話し合う時間があってな……切羽詰まっておったからあの条件で契約するしかなかったが、実のところ全額というのはちと厳しくてのう。見ての通り、この町は目立った産業もなく貧しいのじゃよ」


男の表情は動かなかった。

老人の、垂れ下がった瞼の奥の目は、男を素通りして背後にある竜の骸を見ている。

透き通るような翡翠色の甲殻、頑丈で柔軟性に富む飛膜。爪に牙に骨に血液。

竜の全身は宝の山だ。売却によって得られる利益は、軽く見積もっても向こう数年間は町を潤わせるだろう。

まだいる男の手前、露骨ではなかったが、一瞬の粘つく視線を男は見逃さなかった。


「それに、なるべく建物を壊さないようにという契約じゃった。

見てみい。広場は使い物にならぬし、店を壊された者は当分商いができぬ。

お前が辺り構わず撃ちまくった弾丸で屋根や壁を壊されたり、庭を焼かれた家も多数ある。彼らを救済するにも金がかかるしのう。全額など、とても、とても」

「あのまま竜が暴れていれば、家どころか町も命もなくなっていたかもしれないんだが?」

「無論、感謝はしておるとも。誤解せんでくれよ。

じゃが成功報酬は当初の約束から割り引いて渡さねばならんという、こちらの事情も理解してほしいのじゃ」


この有様では、と老人は嫌味たらしく広場を見回す。

遠巻きにしている住民の中には何か言いたそうな者や、申し訳無さそうに顔を伏せている者もいるが、表立って抗議したり男の側に立とうとする者は誰もいなかった。

それは、単純に雰囲気に押されているというだけではあるまい。

大小の差こそあれ、誰も彼もの瞳の奥に、老人のそれと共通する昏い欲望が見て取れる。


何を言っても無駄と判断した男は黙って肩を竦め、竜の死骸に近付いて、胸に食い込んだ弾丸を引き抜いた。

肉の裂ける鈍い音が、静まり返った広場にやけに大きく響く。数名がびくりと肩を縮めた。

とどめとなった弾丸を布で拭うと、槍のようなそれを背負い、男は歩き出す。


「待つのじゃ、報酬を用意させるでな」

「いらんさ。受け取る気も失せた」

「いやいや、それでは我らが契約を破ったようではないか。

被害が大きかった分を差し引くと言っているだけで、渡さぬとは一言も言っとらんじゃろ」

「いらんと言ってる。討伐屋にもプライドってのはあるんだ、汚い端金の為には捨てられないプライドがな」

「……フン、いっぱしに誇りを語るか。賞金稼ぎ風情が……」


その時だった。

老人が零した本音に、誰かのあげた悲鳴が被る。


「う、上! おい上を見ろ!」

「あ……あれって……」


竜だ、と壮年の男が絶叫した。

それを皮切りに、広場のあちらこちらから叫び声が聞こえ始める。竜だ、竜よ、と。

新たな竜が、町の上空に飛来したのである。

竜はどの種も縄張り意識が強く、立て続けに二頭が同じ地域に出現するなど、滅多にない事であった。

眼下の混乱を嘲笑うかのように、竜は大空よりも尚濃い青に染まった翼を広げて悠々と町の上を飛んでいる。


男はちらと上空を仰いだだけで、大混乱に陥った広場を後にして歩き始めた。

去っていく後ろ姿を、老人が慌てて呼び止める。


「ま、待て! 待つのじゃ!

どこへ行くスレイヤー、竜が来ておるのじゃぞ!?」

「契約に無い。俺が倒すと言ったのはこの竜だけだ」

「なっ!?」


うろたえる老人の傍らでは、新たな脅威が目覚めつつあった。

竜の死骸が、動き始めていたのである。

両の翼が持ち上がる。尾の先端が石畳を掻く。

胸に空いた無残な大穴が塞がっていった。剥き出しの肉が盛り上がり、その上を鎧のような皮膚が覆っていく。


冷静でいた男の声色が、初めて変わった。


「これは……ジェミニだったのか!!」

「ジェ、ジェミニ?」

「二頭で一組の竜だ。片方を殺しても、片方が生きていれば復活する。

外見からでは判別できない。どこかに潜んでいたのが、相方の死を確認して出てきたんだろう。まともに相手のできる竜じゃない、じゃあな」

「そ、そんな! 待て! おまえが逃げたら町はどうなるのじゃ!」

「知らんな。繰り返すが、町を襲う竜を倒すという契約は果たした。

ジェミニは強く賢く、そしてしぶとい。あらゆる竜の中でも特に危険な種だ。

ジェミニ相手と分かっていれば、そもそも契約するスレイヤーさえいない。

ましてや、命の値段を割り引くような連中をサービスで守る理由はないな」

「待てっ、待ってくれ!!

ワシらが悪かった。すまなかった! あんなのに暴れられたらこの町は壊滅してしまう!

契約通りの成功報酬を――いや、二倍、三倍を払うっ!!

頼む、頼む、どうか見捨てないでくれ!!」

「………………」


恥も外聞もなく、老人が男に縋り付く。

そうしている間にも、人々は逃げ惑い、次々と広場から消えていった。

骸――だった筈の竜はとうとう首を伸ばし、あたかも夕暮れを告げる鐘の如く、町全域に響き渡る咆哮をあげる。

ひい、と老人が情けない声をあげた。逃げ出そうとして、崩れた石畳に蹴躓いて尻餅をつく。

無様に腰を抜かした老人を見下ろし、男は静かに言った。


「あの竜は、一度殺された事で俺を憎んでいる。

狙うのなら町よりも、まずは俺の筈だ。だから俺が注意を引きながら逃げれば、追ってくるかもしれん。

運良く撒ければ町も俺も、あんたも助かるだろう」

「やってくれるのか。いや、やってくれ、頼む!」

「……虫のいい話だな。だが引き受けた、このまま見殺しにするのも寝覚めが悪い。

――おい、こっちだ!! お前を殺した奴はここにいるぞ!!」


見上げんばかりの巨躯を起こしつつある竜に数発の弾丸を撃ち込むと、男は硝煙を棚引かせて広場から駆け出していった。






「だっはっはっはっはっ!!」

「わっはっはっはっはっ!!」

「あっはっはっはっはっ!!」


人里離れた険しい岩山の窪みに、異なる三つの笑い声が響いていた。

周囲は爪を掛ける場所すらない、垂直に近い切り立った崖。

そこを猛烈な突風が駆け上がり、地上の生物はもちろん風と共に生きる鳥すらも吹き散らしていく。

いかに窪みの一帯だけがテーブル上に広く削れているとはいえ、ここまで登ってくる事がまず不可能に思えるのだが――。


「見たかよ、あいつらの顔!

うまいこと利用してやったぜ、みたいなのがみるみる青ざめていく滑稽さったらもう!」

「ありゃあケッサクだった。薄目で見てたけど笑い出さないようにするのに苦労したわ。で、またその後がよー」

「そうそう。お、お待ちくださいスレイヤーさまっ!ってなぁ!

なーにがお待ちくださいだよお前らで追い出そうとしたくせに!」


また、三つの笑い声。


「まあいいや、飲もうぜ飲もうぜ。

樽で買ってきたから全部開けちまっていいぞ。酔っ払って崖から転げ落ちんなよ」

「人間の酒ってのもいいもんだねえ。ちょっと弱いけど、そのぶんいくらでも入っていくよ」

「そういや竜にも酒ってあるのか? そんだけ頭と口が回るなら誰かしらが作ってそうだが」

「あるにはあるけど祭事用だからねえ、こんなガブガブ日常的に楽しみの為に飲んだりしないんだよ」

「むしろ竜に祭事があったって事の方が驚きだよ。山で鹿とか狩ってそうなのに」

「あー、それ偏見」


翡翠色の竜が男に抗議し、それを紺碧の竜が宥める。


「それにしても恐れ入ったよ。真実味を出すのに死んでみようなんて命張りすぎ」

「迫真の演技だったわ。死に際のあの苦しみっぷりったら、どうせ生き返ると分かっててもハラハラした」

「あれ演技じゃなかったんだけどね割と。次はヨゴレ役交代だから覚悟しときなよー」

「ん、んー……次は平和的なのがいいんじゃないか? こういう路線もそろそろ飽きてきたし」

「逃げるなコラ」

「だっはっはっはっはっ!!」

「わっはっはっはっはっ!!」

「あっはっはっはっはっ!!」






双魂竜ジェミニ・ソラス。

”双子”の名の通り、常にペアで行動する飛竜。

ただしペアといっても姿に統一性はなく、雌雄であるのか親子であるのか兄弟であるのかは不明。

種が有する最大の神秘性として、二頭でひとつの生命を構成している点が挙げられる。

故に、たとえ片方を殺したとしても、もう片方が生きている限り、じきに再生・復活してしまう。

この特性の為、討伐は極めて困難である。

人に匹敵する秩序立った高い知能、一日で大陸を横断する機動力とスタミナ、正規軍数国相当の戦闘力を持つ特級脅威指定生物。


そして、二頭揃って類稀なる悪戯好きである。

もしも友情を結ぶ事が出来れば、あなたの残りの生は数多のトラブルと眩い輝きに満ちたものになるだろう。



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