『トライアングル』
私はトライアングルを指で弾いた。チンと高く澄んだ音色がする。もう1回弾いてみる。小さく震えているのがわかる。私みたい。
吹奏楽部所属の、私の楽器はトライアングル。もの凄く地味だし、私は今でもこれしか出来ない。だって、私は音楽とか元々好きじゃなかったから。
そんな私が吹奏楽部に入った理由は……。
吹奏楽部は女子の聖域、男子禁制で女子だけがする部活動と思われがち。でも、それは違う。ただ少し男子生徒が入りにくそうな雰囲気があって、入れば何故か馬鹿にされると思って誰も入らなかった。それだけのこと。
でも1年前の春、日焼けしたような浅黒の男子生徒が吹奏楽部に堂々と入部を宣言した。その時、他に男子部員が1人もいなかったから、はっきり言って奇異の目で見られていたと思う。だって、その彼は楽器よりもサッカーボールの方が断然似合っていたから……。それは幼馴染である私が一番よく知ってること。だけど、彼は気にしなかった。そんな周囲の目を、逆に不思議がってた。
「なんで変に思われるんだろ。俺は好きでやってんのに。なぁ?」
私は曖昧に「うん。そうだね」としか答えられなかった。
そうして入部した彼が選んだ楽器は、吹けもしない金ぴかのトランペット。でも、彼はとても嬉しそうだった。先生の指導を受け、早く1人前に吹けるようにと遅くまで頑張って練習した。そして、その後は指紋も何も残らないぐらいにぴかぴかに磨き上げた。とても大事にしてた。
私は傍にいて、ただ彼の練習する後姿を見守るだけ。
彼が初めて音を出した時、思いっ切り笑ってた。「なんかおならみてぇ」って。でも、目尻から涙が溢れてた。私も何だか泣けてきた。
私と彼の離れた距離を痛感したのは区の大会の時のこと。彼は舞台に私は観客席にいた時だった。彼は努力に努力を重ねて、1年の身で大舞台に共に立つことを許されたのだ。
そして、始まったその演奏は……私からすれば彼の演奏の持つ存在感だけが圧倒的だった。残念ながら金賞は逃したけれど、女子部員の中にたった1人混じって熱演した彼の姿は誰よりも輝いて見えた。
私は彼より1年も遅れて、吹奏楽部に入った。楽器も何も弾けなかったけれど、彼との距離がこれ以上離れていくのは嫌だったから。今年は例年より入部数が多く、その中には男子生徒も数人いた。彼は嬉しそうだった。
私の楽器はトライアングル。正直、馬鹿にしかされないような存在。だけど、彼は少しもそうは思わなかった。
「俺のトランペットじゃ、お前のトライアングルが出す音を表現するのは無理だ。違う楽器、違う皆がいて、初めて合奏になるんだぞ」
こんな楽器じゃ、上手くなれるのもたかがしれてる。だけど、彼と自然にいられる時間は長くなった。中学にあがる前は、こんなことしなくてもいつも一緒にいたのに。
2年の夏、予算や部員数も増えてくれたおかげで夏休み最後の一週間に泊りがけの合宿があった。しかも、最終日が8月の31日という暴挙だ。私は宿題をとうに終えていたけど、彼は「このままじゃ合宿に行けない」って泣きついてきたっけ。
その合宿最終日、私はこれ以上無い位に絶望した。ようやく、気づけたと言ってもいい。
彼が吹奏楽部に入った理由。……彼は、吹奏楽部の先生に恋していたのだ。私は、彼からそう告白された。
トランペットを選んだのも、最初は見栄だったのかもしれない。だけど、その懸ける情熱はどちらも本物だったんだ。
どうして気づけなかったのか。私は、本当に大間抜けだ……。
『不毛ね』
彼の告白の後、私はもう1人の幼馴染に電話をかけた。部活どころか通う学校まで違うその彼女に、堪えきれずにかけてしまった。
「もう仕方ないことなのかな」
『諦めるんだ?』
「うん。先生は美人だもの。私は彼が好きだけど、彼にその気は無いんだ」
『なら、なんで電話かけたの。結論、出てるんでしょ』
「ひどいよ。話ぐらい聞いてくれたっていいじゃない」
『ま、ね。あなたはいい子だし』
彼女の声が、私に優しく染み渡る。いい子なだけじゃ駄目なのに。
「元々、実らない恋だったんだよ。……ううん、これが恋だなんて気づいたのが遅すぎたのかも」
『ねぇ……』
「ごめん。話聞いてくれてありがとう」
私は一方的にかけて、一方的に電話を切った。これ以上、彼女に甘えちゃいけないと勝手に判断しちゃったから。
彼と先生、そして私。一見、三角関係に見えなくもない。けど、私はそこには立ってない。ただそう思いたいだけ。無理矢理、三角形を作りたがってるだけ。
「まるで、トライアングルだ」
トライアングル。意味は楽器、三角形、三角関係など。でも、楽器のは三角形じゃない。頂点が1つ欠けてる。私が欠けてる。
私はトライアングルを指で弾いた。チンと高く澄んだ音色がする。もう1回弾いてみる。小さく震えているのがわかる。私みたい。
「カオル、どこだー?」
彼の声が聞こえた。私は欠けた三角形を指で弾いて、応えてあげた。
さて、
あなたはカオルを男と女、
どちらとして読んでいましたか?




