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照れ屋な彼女とかっこつけの僕

作者: くちなし

勢いで書いてしまったので内容が、主に主人公の頭の中が酷いです。ごめんなさい。


 僕の彼女はツンデレだ。


 「別にそんなことない!」


 と週一度は頬をリンゴのように、いや、どちらかというと薔薇のように、真っ赤に染める。

 それはそれで可愛いものではあるのだけれど、何せ、当たりが強い。物理的に。


 勉強中に発動したなら、文房具は当たり前のように飛んで来る。彼女がなぜか愛用している針に頼りないゴム製のカバーがついたコンパスが吹っ飛んできたときは流石にヒヤリとしたが、ボールペンやシャーペン、はさみくらいならもはや驚きもしない。華麗に避ける自信すらある。

 一番ヤバかったのはノートパソコンの充電コードを抜かれて投げられそうになったとき。僕の人生の中であれほどパソコンがバッテリー式でよかったと思った日はない。パソコンのデータが、課題が全部消えたかと一瞬ヒヤリとした。ノロウイルス同じくらい二度と経験したくない体験だ。


 それでも、彼女のことは、かわいくて、かわいくて、大好き……とは面と向かっては言わないけれど、まぁ、その、こんな彼女を馬鹿みたいに好いている自覚はある。


 でも、やっぱり、こう、いちゃいちゃーみたいなのに僕も憧れたりするわけで。

 彼女の手が僕の腕に回って、ちゅっなんてされた日には、瞬時に落ちる自信がある。

 ……えぇ、全く! そんな彼女は想像できないけれど!






 そんな彼女と、明後日で付き合って半年が経つ。世の多くの女性がそうである、と少なくとも世の男性たちにまことしやかにささやかれているように、ロマンチストな側面を持つ彼女も記念日好きなのかと思い、僕ができる最大限のデートプランを考え、脳内で模擬再生しまくった。ちょうど日曜日で助かった。


 のだが!


 『ごめんなさい。明後日、どうしても外せない用事ができた』


 うわああああ。まじかああああ。

 と叫びたくなりそうなメールが今しがた送られてきたのだ。

 一緒にいるとあんなに情熱的なのに、メールだと淡白! かわいい! ぼくのかのじょ、まじかわいい!


 どうしても外せない用事が気になってしかたがない心を押さえつつ、僕は携帯のキーボードに指を乗せる。


 『いいや、大丈夫。またお互い空いているときにしよう』


 送信ボタンを押しながら、僕はランチのレストランの予約を思い出した。現在時刻、夜の九時。流石にお店に電話するには遅すぎる時間帯だ。

 前日のキャンセルの電話は気まずいなぁ。

 僕は小さくため息を吐いた。


 レストランの連絡先のメモが部屋の中にあるはずだ。

 慌てて土砂崩れ現場のような机の上を探していると、再び携帯が鳴った。ディスプレイには彼女の名前。珍しく返信が早い。ちょっとだけバクバクと心臓が早打ちする。


 『本当にごめんなさい。今度ゆうやの言うことなんでも一つきくから許してください』


 「な、なんでもぉ?」


 僕は手の中の無機物に語りかけた。心臓の音が先程と違う意味でドキドキする。彼女の謝罪メールは何度か、というよりほぼ毎日くるものだけれど、このパターンははじめてだ。


 男というのはバカなもので、ゆうや、僕のことね、のことならなんでもって! なんでもって! ABCならCもオーケー?! 携帯を握りしめながら思ってしまう。彼女とベッドインなんてもう夢にまで見た、というか、毎日夢に見ているというか!


 とはいうものの、非常に愛らしい照れ顔で様々な物を飛ばしてくるバイオレンス照れ屋な彼女にそこまで無理させられないと思う紳士的な僕もいる。まずは、Aから。むしろ手を繋ぎ、頭を撫でるところから。そう。何事にも段階というものは大切なのだ。


 『何をお願いするか考えておきます』


 僕はそれだけ返信をして、携帯と自分の身体をベッドに放った。






 彼女に会う日は、すぐに来た。それもそのはず。僕たちは同じ学校に通う高校生であるのだから。絶望メールが来たのが金曜日の夜。今は月曜日の朝ってことだ。


 僕と彼女は恋人らしく、毎日一緒に登校するのが日課だ。これも僕が真っ赤になった彼女からの平手打ちを覚悟して懸命に頼み込んだ結果である。ちなみに、そのときの彼女はというと。


 「別に、いいけど」


 と小さな声で、でもしっかりと言ってくれた。

 えっ今なんて? って聞き返したら殴られたけれど!


 ドキドキと高鳴る胸を押さえつつ、学校から一番近い駅前で彼女を待つ。僕たちが住んでいるところは絶妙に田舎であるから、駅までは電車で、そこからはバスに乗り継がなければならない。しかも、駅から家は逆方向と来た。

 なんてこったい。幼馴染みイベントでお馴染みの、もう。まだパジャマ着てるの? 早く着替えなさいよ。からの今から着替えるけどでてかないの? ができないではないか! 絶対彼女は真っ赤になるのに! くっ! 想像するだけでかわいい!


 「なに一人で百面相してるの」


 妄想を吹き飛ばすほど超プリティな声に振り向くと、ダッフルコートにマフラーという冬装備の彼女がいた。今日もさいっこうにかわいいです。ありがとうございます。


 「なんでもない」

 「そう」


 会話が途切れる。ふむ。この間は、お願い考えてきたんだけどって言えるタイミングか? 否、その前にしなければならないというか、忘れていた。……挨拶してない。


 「おはよう」

 「おはよ」


 いつも通りの挨拶に、彼女の気持ち強ばっていた顔が緩んだ、気がする。彼女は赤くなる以外はなかなか分かりづらい。もしかしたら、僕が思っている以上にデートのことを気にしているのかもしれない。


 僕がどうしたものかと考えていると、彼女が僕の袖を引っ張った。

 どうした? と彼女を見ると、おろおろしたあと顔をうつむかせた。


 「ね、今日の放課後って暇?」


 それは小さな声だった。バスが来る放送が流れていたら聞き取れないどころか、聞こえなかったかもしれない。そのくらい小さかった。


 別に暇じゃないならいいけど。という声を聞きながら今日の予定を思い出す。

 今日。月曜日。部活はなし。委員会もない、はずだ。というか、あってもさぼる。僕はあるとは知らなかった。


 「暇だよ。どうした?」


 彼女は恥ずかしそうに僕のブレザーの袖を握りしめた。無意識なのかなぁ、これ。むしろ僕はそこに神経一直線になりそうなんだけれども。

 右袖から視線をはずし、彼女の顔を見る。思った以上に彼女の頭は茹で蛸だった。いや、色的には茹でられた海老か。……海老だなんてばれたらさすがに怒られそうだ。

 僕は視線で彼女に続きを促した。


 「あのね、駅の南側にあるカフェの新作、見た?」


 彼女の言葉に、ネットで見た新作を思い出す。新作はたしか、アップルシナモン? シナモンアップル? そんな味だった気がする。うわ、甘そうだなぁ。と思ったことは確かだ。絶対飲めないとも思った、はずだ。


 「私、あれ飲んでみたいんだけど、お店おしゃれで人一杯だし、一人だと入りづらくて。ゆうや、一緒に来てくれない?」


 もちろん。と即答しそうになって僕の足りない脳は気づいた。

 んん? これって、もしかして、もしかして! 放課後制服デートのお誘いか! と。

 甘そうって言わなくてよかったー! グッジョブ、僕。偉いぞ、僕。感極まって、思わず拳を作る。


 いいタイミングでバスが来る案内放送が流れた。放送の声はいつも無駄に大きい。だから、放送中はしゃべらないに限る。地元民の常識だった。どうせ聞こえないからね。……なんでこのバスターミナルは無駄に広いのだろう。


 放送の合間に僕は心のシャッターを切った。瞳に照れた彼女を焼き付ける。タイトルは『はじめてデートに誘われた瞬間』だ。うわっ。今日の僕、いつにまして気持ちが悪い。にやついている自覚ある。教室でもこのままだったら友人たちに盛大にからかわれるだろう。でも、今の僕は無敵! そんな意地悪なな友人も寛大な心で許しちゃう!


 放送が終わった後、僕はもちろん行くよと答えた。






 時は足早に過ぎ、あっという間に放課後になった。ぶっちゃけ授業なんて聞いていない。僕の脳は史上最高にお花畑だった。あまりのお花畑具合に、友人どころか先生にまで彼女といいことでもあったのか? と聞かれてしまう始末。僕はいえと一言だけ返した。後ろから消ゴムが飛んできた。


 僕は今、お目当てのフラペチーノを買えてほくほく顔の彼女とカフェの超ちっちゃい机を挟んで対峙している。周りの席も満席で、ここまで混んでいると逆に他の人が気にならなくて彼女だけを見てしまう。


 よくこんなに寒いのに冷たいもの飲むなぁと思うけれど、だからこそ格別らしい。僕には女子のそういう趣向が理解できない。僕は彼女におすすめされた期間限定メニューを断ってブレンドを頼んだ。


 しゃかしゃかとストローを弄る彼女を見る。お願いするなら、今かな? 機嫌いいし。何でも許してくれそうな雰囲気がある。実際は一線越えると怒られるのだけれど。

 気合いを入れるために、ちょっとだけ苦いコーヒーで口を湿らせた。


 「あのさ、メールでいったお願いなんだけど」


 僕は口火を切った。驚くほど、下手くそだった。


 「お願いって絶対一つだけ?」

 「たぶん、ひとつだけ」


 彼女はなんとかフラペチーノに夢中になっている。

 たぶんってどういうことだろう。まぁいいか。僕が考えたとこ言えば。


 

 「じゃあ、名前を呼んでもいいかな?」



 これが僕が一晩考えて出した答えだった。実は付き合って半年、まだ呼んでも名字呼びなのだ。そろそろ名前で呼びたいと思っても、許されていい気がする。


 「それだけ?」


 ドキドキとした僕とは裏腹に、彼女は驚いたような、不満そうな顔をしていた。膨れっ面でストローをくわえている。目だけが僕を捉えていて、その表情もかわいい。


 「えっ。もっといいの?」


 かわいい彼女がこくりと頷く。えー。


 「じゃあ、手を繋いで、抱き締めて」


 僕は彼女の様子を見た。

 彼女はストローを離し、じっと僕を見ていた。顔も赤くない。どっちかっていうと、真剣。戦いに挑む王女的なキリッとした目付きに、きゅっと占められた桜の唇。再びぷるんとした唇が動く。


 「それだけ?」


 彼女は真剣だ。眼差しも、態度も。なにかと戦っているようだ。


 これはAまでいっていいということなのだろうか。ダメということなのだろうか。鎌かけられてる、とか? そんな恋の駆け引き高等テクニック? まじで? 名前を呼ばれるだけで照れて暴れちゃう彼女が? ……ここでキスしたいと伝えて無理と殴られたら流石に心が割れる。折れるじゃない。割れる。でも、男は勇者にならなければならない瞬間があるという。それは今なのではないのか? 違うのか? 教えて、先輩!


 僕は悩んで、勇者になると決めた。



 「キスもしたい」



 僕の声は震えていた。さらに小さかった。いや、公共の場なのだから、小さくて正解なのか。たぶんだけれど、隣の席に座る女の人にはすべて聞かれているのかも。綺麗な人なのに携帯に釘付けなところがものすごく怖い。

 どちらにせよ、僕は勇者の名折れであった。全くもって情けない。


 「いいよ」 


 そんな情けない僕に、彼女はきれいに、微笑みはしなかった。言葉とは裏腹に強ばっていた。なぜ?

 





 僕は、公共の場で、しかもカフェという場所で、照れ屋な彼女とキスをするほどオープンな人間ではない。 


 僕と彼女は、なんとなくそのままカラオケルームに入った。彼女とカラオケに来るのは初めてではない。回数は多くはないけれど、何度か来たことがあるのだ。デートとして! 

 因みにそのときは、二人で歌って、話して、ハニートーストをあーんしようとして怒られて、あとは、なにもなかった。


 受付を済ませて、電気の消えた部屋に二人で入る。な、なんか変な気分になりそう。僕はいつもは半分くらいまでしか明るくしない電気のスイッチをマックスまで回しきった。暖房は少しだけ弱めに設定した。


 「コート、掛けるよ」


 奥に座った彼女から、コートとマフラーを受け取った。それらを家では考えられないほど丁寧にハンガーにかける。ついでに僕のは適当に掛ける。


 「ありがと」


 いつもならマイクを取り出しているはずの彼女が僕を見て言った。マイクを持たない。そんなことに僕の心臓がドキッとする。僕って本当にバカだ。


 「理加」


 僕は彼女の名前を呼んだ。いつもならこの時点で、スクール鞄が投げられている。男性に名前を呼ばれることは大層恥ずかしいのだと前に聞いたことがある。

 というのに、彼女は黙って、極めておとなしく、僕の隣に座った。

 彼女は真っ赤で、僕の心臓は壊れたように走っている。


 「理加」


 もう一度、彼女を呼んだ。

 なに? と顔を上げられる。

 その顔は薔薇のようで、触るのが躊躇われた。


 「なによ」


 黙った僕に、彼女が言った。

 照れている、ツンデレの、彼女。

 棘の多い、多すぎる薔薇、だけれど、なぜか、僕の隣にいる、そんな、綺麗な、僕だけの。


 「こっち来て」


 僕は自分の膝を指した。彼女は少しだけ躊躇して、膝の上にちょこんと乗った。

 彼女の背に手を回すと、すっぽりと彼女が腕の中に入った気がして充実感が涌き出てくる。彼女は少し震えていて、緊張しているのかもしれない。もしかしたら、殴るのを耐えているのかもしれない。……悲しかな、後半の方が信憑性がある。


 僕は、緊張がほぐれるようにと、そんな彼女の頭をぽんぽんと撫でた。彼女の短い髪がさらりと揺れる。僕の緊張ははね上がった。

 僕はしばらくそのさらさらの髪を撫で続けた。男の僕と比べるのはどうかと思うけど、彼女の髪は柔らかくて艶やかだ。


 「綺麗なのに伸ばさないの?」

 「ロングヘアの方がすき?」


 質問を質問で返され、僕はんーと悩んだ。僕は好きな女優さんとかも見た目の共通点が少ないタイプだ。特別な髪が長い方がとか、短い方がという拘りは持っていない。


 「今のままがかわいい」


 口から滑りでた答えに、じゃあ何で聞いたんだよと僕は僕に思ったのだけれど、彼女は違うようだった。


 「なんか、恥ずかしい」


 限界を越えたように倒れた彼女の頭が僕の肩に乗る。それと同時に僕のブレザーに皺が寄った。

 彼女は、小悪魔かも。

 ブレザーを握ることで密着度がさらに上がったなんて。気づいてもいないのかも。


 「かわいい」


 僕は言った。漏らしたと言ってもいい。

 本当にかわいくて、僕も倒れそうだ。


 「好きだよ、理加」


 言ってから気付いた。

 もしかしたら、こんなにストレートに好意を伝えたのは告白以来かもしれない。だって、彼女が恥ずかしがり屋で、僕はかっこつけだから。


 「私だって」


 彼女のこの反応も、告白以来だった。


 「こっち向いて言って」


 続きの言葉を知る僕は、彼女の顔に手を当てて促した。上げられた顔はやっぱり真っ赤で、目元に涙が溜まっている。


 「すき」


 舌足らずな二文字が僕の耳に響いた。むしろ、全身に響いた。腕の中の彼女にいとおしさが込み上げる。


 「キスしても、いい?」

 「聞くな、ばかゆうや」


 唇と、唇が合わさった。ぷるんという感触がもう未知というか、甘い女の子の味がする。女の子の味なんて初めてだけれど。


 出来心で片目をうっすら開けると、ぎゅっと閉じた目を見てしまう。あまりに懸命な様子に、僕はどうしても悪戯したくなった。


 一度唇を離して、彼女を見た。一応彼女が平気そうか見ないと、と紳士的な僕は思う。本能に従順な僕は止まりそうにないけれど。


 ぷしゅうううと音が聞こえそうな大丈夫ではなさそうな彼女の唇をペロリと舐める。再び唇を重ね、つんと切れ目に舌を入れると、彼女はおずおずと口を開けた。正直、従順な様子がたまんない。あんまりいじめるの、ダメ。主に僕のか細い理性が限界を迎えている。僕は彼女のシナモン味の舌を堪能したあと、唇をゆっくりと離した。


 「かわいー」


 膝の上で放心している彼女は、燃え尽きていた。僕の心臓も燃え尽きそうだ。心が痛いほど三歳並みの語彙力で叫んでいる。

 ほんとりかすき!!! かわいい!!!

 恋の炎も燃え尽きたなんて言われたら悲しいので、僕はもうしないという意思を込めて彼女の頭を撫でた。撫で続けた。




 それからしばらく、ゆうに十五分くらいかけて復活を果たした彼女に、僕は平手打ちを食らった。まぁ、予定と比べて、やりすぎたよね。普通に。でも、もうやらないとは言っていない。彼女も僕も、早くこの距離感に慣れればいい。そう思うのは僕だけなのだろうか。


 それにしても、耳まで真っ赤にしてずるいなんて怒られても、ねぇ。僕は喜びますよ。むしろ、マゾヒストのつもりはないのに癖になりそう。僕は近いうちにまた仕掛けようと心に決めた。反省はしているけれど、後悔はしていない。そんな文句が頭をよぎった。



 それからそれから、カラオケの退出時間まで時間があったので残りの時間は二人で歌った。僕はグラスを空にした彼女のためにドリンクバーに何度か行き、そういえばこういう好みもいつの間にか覚えたんだよなぁとほっこりした。思ったより、恋人っぽいことしていたんだなぁ。超プラトニックだけれど。

   


 そしてそして、退出時間も近づき、延長の電話を断ったとき。それは起きた。



 電話を切り、二人で荷物をまとめる。机の上は彼女が綺麗に片付けてくれた。

 僕はハンガーにかけたコートを彼女に渡し、自分のものを羽織った。三角のボタンを全文しめ終わった彼女に、ハンガーに残ったマフラーを渡す。


 最後に伝票をとり、忘れ物ないよなーとなんとなく部屋を見渡した。隣で彼女は待っていて、見終わった僕はじゃあいくかと彼女に向き合った。マフラーを巻いていない彼女が、やわっと口を開く。僕はなぜかその口に釘付けとなった。


 「今日はありがとう」


 そう言葉を発した口が、僕の唇に当たった。ちゅっというリップ音が微かに鳴る。


 僕は崩れ落ちた。全く情けないことに。

 予想していなかった出来事に、ななな、と言葉にならない音が口から漏れる。


 彼女はそんな僕の手から伝票を掠めとり、扉を開けて部屋から出ていった。






 正気に戻り、彼女を追いかけると、彼女はすでにレジで清算を終わらせていた。僕が慌てて財布から野口さんを出そうとさると、彼女の手に止められる。


 「昨日のお詫び」


 と彼女が言った。そのまま歩き始めたので、僕もそれに付き従う。出した財布をしまうべきかは判断がつかなかった。

 僕が彼女の隣に追い付くと、彼女が再び話始めた。


 「あのね、昨日の用事ってね」


 生理、だったの。いつの間にか息が聞こえるほど近くにいる彼女が僕に耳打ちした。

 再三動揺する僕とは逆に、彼女は何事もなかったかのように僕から離れる。

 僕は回転数のさらに下がった頭で適切な言葉を見つけ出そうと努力した。


 「た、体調は平気? 無理してない?」

 「大丈夫。辛いのは二日目までで、三日目からは急に楽になるの」


 うおー。女兄弟のいない僕には刺激の強い女子の事実ー。

 そんなもうなにがなんだかさらにわかっていない僕に、彼女は顔は赤いまま困ったように笑った。


 「前もって言えばよかったんだけど」


 大体周期は分かるし。

 彼女は言う。なんか恥ずかしかったの、と。

 そういいながらマフラーを巻いた。大きなマフラーに彼女の顔の半分が隠れてしまう。


 僕はというと、驚きの単細胞なので、"用事"の内容を話してくれた嬉しさと、キスの余韻と、もうなんかいろいろで、彼女が好きだと思った。バカだな、僕は。

 ついでに、僕の昨日の秘密を暴露しちゃおうと思うくらいには。


 「実はさ、昨日ランチ予約していたんだよね」


 高いところじゃないし、ちょっとかわいらしい女の子向けって感じの普通のレストランだけど。

 と何でもないように付け足す。実際、ファミレスにちょっとプラスしたくらいの値段のレストランだった。


 だんだん暗くなる彼女の顔が闇に落ちる前に、僕は話の切り替え方間違えた! と思いながら、さらに言葉を付け足した。


 「そのレストランさ、美味しいって有名なんだよ。僕自身、本当は一回行ってみたかったんだ。だけど、お客さんは女の子ばっかりって言うから一人では行きづらいっていうか。だから、また今度体調がいい日に一緒にいってくれないかな? 予約するし」


 僕の言葉に、彼女の表情はみるみる明るくなった。


 「い、行く!」


 気合いの入った返事に、僕の表情筋が壊れたように弛む。


 「約束」


 僕が小指を立てると彼女の指が絡まった。彼女が微笑んでいる。激レア表情だ。

 携帯ゲームのガチャ一発でウルトラレアが当たっちゃったーみたいな、そんなテンションが沸き上がる。アドレナリンってやつなのだろうか。


 「約束」


 指を切り、僕はその彼女の手を離した指とは反対の手で握った。今の僕なら、全部出来る。何せ無敵の運勢だ。そうだろ?


 「駅までダメかな?」


 僕は指で指を絡めとった手を見た。彼女はなにも言わなかった。物も飛んで来なかった。ただ繋いだ手にぎゅっと力が込められた。

 今の僕は間違いなく無敵だ!





 付き合って、半年。

 ようやく一歩踏み出せた照れ屋の彼女とかっこつけの僕は、日々の物理的な攻撃をし避けながらも、こういう甘いイベントをこなして、恋を? 愛を育めたらなと思っている。

 ……たぶん、彼女、理加も思ってくれているはず。僕は信じてる。次の目標は、胸、かな? なんてね。

 ばかと照れた彼女を妄想しつつ、僕は彼女の物理的に痛すぎる愛を受け取った。いつの間にか無敵時間も終了していた。


 「むむむむ、胸だなんて」


 口に出してしまって、しかも隣にいた彼女に聞こえてしまったらしい。……どこからだろう。


 「別に小さくないし!」


 彼女が怒る。僕は大きさには言及していないのだけれど、彼女のコンプレックスなのだろうか。

 僕は口を開けて、閉じた。何言ってもさらに怒られそうだ。


 「なによ!」


 彼女が言う。


 「なんでもないよ」


 僕は言った。

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