夏休み
「へぇ~、レオン君が教えるんだ。そのヨゼスっていう子を」
面白そうにハロルドさんがいう。
目元がかすかに笑っている。
「そうですよ。何か変なところでも?」
「いや何も。でも似合わないなと思って」
「そう思いますか。しかし約束をしてしまったので」
「いい経験になるしいいんじゃない? わかってても教えるとなると途端に難しくなるよ」
そういいながら目にかかる髪の毛が気になるらしく、それを後ろに払いのけている。
「そういえばハロルドさんに、言葉で教えてもらったことはありませんよね」
「そういえばそうだね。教えるのが大変だから」
確かに今までずっと模擬戦をやっていて、技術的なことはあまり教えてもらえていなかったのだ。
「それにレオンに今更技術的なことで教えられることなんてないしさ」
「そうですか?」
あなたの言うことは信じないぞというばかりに見る。
だが見つめっかえしてくるハロルドの目に迷いはない。
気まずくなって、こちらから目をそらしてしまう。
「そういうわけで、夏休みの間の練習の免除を許可していただけますか?」
目をそらしたまま言う。
「いいよ。それにしてもケインの奴…ちゃんと教えているのか?」
その声には若干得意そうな響きが混じっている。
後はケインの授業に対する疑問を呈しているのだが、それについては俺は何とも言えない。
ハロルドさんから、夏休みの武術の練習を休む許可を無事にもらい教室に行く。
すでに見慣れてしまった重厚感のある扉を押し、中に入る。
「どうだった?」
「きちんと許可をとれましたよ」
教室に入ると入るとすぐさま中にいたケインに聞かれる。
「それはよかった。お前がいないと困ったからな」
最初は俺にすべてを任せようとしていたケインだが、エリーにそれをとがめられ、なるほどと思うところもあったのかもしれない。おとなしく手伝ってくれるようだ。
「ありがとう…」
ケインの横でおどおどとしていたヨゼスも言ってくる。
俺やケインの休みをつぶしてしまい、本当に申し訳ないと思っているようでずっと頭を下げ続けている。
それから夏休みまではあっという間で、すぐにやってくる。
この世界の分厚い布でできた服ではとても暑く、すぐに全身がびしょぬれになって気持ちが悪くなるのだ。
そのため今は、この前の王都の観光で買った薄い、今流行物のトーガをまとっている。
セーネも俺のと同じ布でできた女の人用のトーガをまとっているが、たまに透けることがあって最近はなかなかぶしつけに体を見ることもできない。
もっとも向こうは少しも気にしていないのだが…
薄い布というのは涼しいという利点はあるものの、ちょっとでも汗をかいてしまうとたちまち透けて、肌にぴったりとはりついてしまうため、かなり淫らに見えてしまうという欠点があるのだ。
そのため基本的には部屋の中でしか着られないものだ。
ただ今日は俺が指導する立場で汗をかくこともそんなにないだろうということで、これを着ていくことにする。
やっぱり涼しいほうがいいのだ。多少淫らに見えてしまっても気にしないことにする。
少し襟元をゆるく開け、全身に風が通るようにする。
真夏の大きい太陽が容赦なく俺を照り付けてくる。
少しの風があるというのがまだ救いだ。
夏の緑のにおいを封じ込めた風が全身をさわやかに洗ってくれ、汗ばむことも防いでくれる。
いつものように汗だくにはならずに学校へとたどり着く。
すぐに教室に荷物を置き、闘技場へと向かう。
教室の中や闘技場に行く途中にある図書館などでばったりとクラスの女の子たちと会うことがあるが、全員が一瞬止まったかと思うと顔を真っ赤にして反対方向へと走り去っていく。
そんなに真っ赤になるところがあるかと服装を確認してみるが、変なところはない。
違う点は服ぐらいのものだ。
いつもはほんのりと赤くなり、自分に少し気があるなと察することができるのだが、今日ほど赤くなることはあまりないため少し戸惑う。
周りに誰もいないことはわかっているものの少し恥ずかしくなって、小走りで闘技場まで行く。
闘技場に行くとすでにヨゼスはいたものの、ケインはいない。
あともう1人はここに来るとは思わなかったエリーだ。
なぜここに来るのか少し疑問には思うものの口には出さない。
だが成績はいいし、補習も免除されたのだろう。
今までの反応で少し予測できたことだが、2人とも俺を見るなり赤くなってしまう。
やっぱり気の置けない仲なので、その理由を尋ねる。
「どうしてそんなに赤くなるの? 何か変?」
2人はこそこそと話し合っていたものの、エリーがヨゼスの横腹を小突きおもむろにヨゼスが口を開く。
「いや、今日のレオンってなんか色っぽいなと思って」
「そう? そんなに? 意外ですね」
予想していたともいうべきか、していないともいうべきか、思わずクスリと笑ってしまう。
そこでまたエリーが真っ赤になってしまう。
思わずからかってみたい気持ちが生まれるが自制はする。
「なんていうか、年齢にそぐわない感じだね。妙に大人の色気っていうものがあるよ」
「そう?」
確かに中身は高校生だったわけだから、大人っぽく見えることはあるかもしれないな。
少ししてケインも遅れてやってきたが、こちらを見るなり少しぎょっとした表情をする。
「レオンか? 初めてだな、そんな恰好は。男の俺でも若干背中にゾワッとした感覚がしたぞ」
「私が選んだのよ。先生」
そういえばこのトーガはエリーがひと押ししたものだったな。
「ずいぶんとセンスいいな」
「元がいいからよ」
ずいぶんと手放しでほめてくれる。
それからヨゼスの武術の訓練が始まるのには、それなりの時間が経った。
ヨゼスは顔も固くなり、緊張しているようだ。
「それじゃ、レオン相手をしてやってくれ」
「はい」
アイテムボックスからバルディッシュを取り出すが…
「おい、それは酷というものだぞ」
思いっきり使用禁止をされてしまう。
向かいにいるヨゼスもすっかりと震えてしまっている。
それほどまでに巨大なバルディッシュが怖かったらしい。
仕方なく普通の中型の剣を手に取る。
ほとんど使ったことがないので不安だが、そうひどい動きにはならないだろう。
冷たい鉄の持ち手を手になじませながら、軽く剣の重さを確かめるために振る。
いつもよりはるかに軽いため、心もとない感じがするのは気のせいではないだろう。
「いいですよ」
見るとヨゼスも剣を両手で持って、こっちを見て来ている。
「それでは…お願いします…」
そういうと切りかかってk…
「駄目だ」
横からダメ出しが入る。
ケインがどうやら言ったらしい。
どうやら何か直さないといけないところがあるらしい。
「殺気が足りん。相手を殺すイメージを持て」
「でも殺してしまったら…」
「大丈夫だ。あいつは絶対に死なないから」
「はい…」
うなづくとヨゼスはまた剣を握り直して、試合は仕切り直しとなる。
そして、気合を込めながら切りかかってくる。
さっきの殺気が全くない状態よりは多少は威圧感が増す。が、まだ足りないな。
俺の頭めがけて降ってくる剣を防ぐためにこちらも剣を振る。
ガキンという音がするかと思いきや、思いっきり前につんのめってしまう。
どうやら俺と剣を打ち合わせた時にその衝撃で剣を手放してしまったらしい。
俺も来るはずの衝撃に備えて前に体重をかけていたが、それを透かされてしまい少しバランスを崩す。
こういうものに苦手なのかと若干苦い思いをしながらヨゼスを見る。
「戦っているときに目をつむるのは悪手ですよ」
目を固くつむり、体を俺から背けていたためそう注意をする。
そう言われてヨゼスはおずおずと目を少し開け、自分の体を触り身の安全を確かめてから完全に目を開ける。
「何回授業で目をつむるなと言ったか? きちんとやってくれ」
「ごめんなさい」
そのあとも何回にもわたって試合を続けるが、同じところを何回も間違えたり、途中でこけたり、様々な問題点があとからあとから噴出するなどして、状況は一向に改善する様子を見せない。
「先生、武器を変えたほうがいいのでは?」
「だが、剣が基本の動きだぞ。それを覚えずして他のができるか?」
「そういわれると返事に困りますね」
「だろ? それで問題はどうすればいいかなんだけどな…」
「弓はどうでしょうか? あれならば剣の動きはそこまで必要ないですよね」
「弓か!! そういう武器があったな。すっかり忘れていた」
ケインがたった今思いついたとばかりに言う。
「弓はそれなりにメジャーな武器かと思いますけど」
「うちでは遠距離と言えば魔法で、基本的に武器は近接のものが多いからな」
「なるほど」
確かにそういわれれば、遠距離は魔法のほうが強力だしな。
わざわざ魔法が使える人が使うわけはないしな。
「それじゃ、ヨゼス。弓でやってみよう」
「弓っ!? わかった」
そう言って、武器が保管されているところまで行き弓を探す。
弓を探し出すには相当の時間がかかった。
4人で汗だくになりながらボロボロの薄汚れた弓が部屋の端にあるのを探し出すのにおよそ小一時間もかかった。
全員が体のどこかしらかに汚れをつけている。
「ふぅ、だいぶ手間取ったな。それじゃレオン教えてやれ」
「えっ!? 弓なんて一度も使ったことありませんよ」
「そうなのか?レオンが発案したから当然使えるものだと思っていたぞ。しかしまいったな~、俺も使えないし」
「ほかの先生はどうなんですか・」
「使えるやつはいないんじゃないかな」
どうやら弓という武器はマイナーでほとんどの人がその存在忘れてしまうほどらしい。
もちろんそんなものに専門の教師などつくはずがなく、学園では使えるものも少ないらしい。
もちろん学園以外では魔法を教えてくれるところもないため、一般の人は弓などを使うこともそれなりに多いらしい。
ボロボロになった弓と数本の矢をもって闘技場まで戻る。
そして端まで移動して、弓の弦の強さを確認する。
若干手に吸い付く感じがするところからすると、長い間手入れはされていないようだ。
もっとも見た目からすぐわかることなのだが…
矢を弦につがえて、体を半身にして弓を斜め上に向ける。
ぎりぎりという音がして弓全体がきしむ。
限界まで引き絞り、そして矢を持っていた手を放す!!
極限までエネルギーの貯められてた矢は耳にすごい風切り音を残しながら飛んでいく。
ゆるい弦でつがえたにもかかわらず、相当な勢いをもって飛んでいく。
そして矢は徐々に先を地面に向けていき、ついに闘技場の地面に突き刺さる。
およそ闘技場の大きさは50mほどだ。
俺は闘技場の端から撃って、端まで届いたということは飛距離およそ50mほどか。
弓が悪いのにしてはなかなかの出来だと思う。
「すごいわね!?」
エリーが思わずといったようでつぶやく。
「初めてだったけど何とかなったかな。もう少し精度を上げられたらよかったんだけど。
弓の落ちた地点は俺の狙った地点からおよそ1mほどずれてしまっている。
矢がぼろいのもあるだろうが、あんまり矢のせいにはしたくない。
「精度って… どれだけずれたのよ?」
「1m」
「初めてでそれってもう化け物よ。使ったことがないからよくわからないけど」
「そうかな?」
「そうよ。それじゃヨゼスやってみて」
「うん!?」
そう元気いっぱいに行って俺から弓を受け取る。
おそらくこれだったらできるだろうと思っているのか、顔つきはとても明るい。
残り数本になってしまった矢のうちから一本取り出し弦につがえる。
思いっきり胸を張り引き絞ろうとするが、ヨゼスには固いらしくうんうんと唸っている。
十分に狙いも定めずに手を放してしまう、のだが…焦って手を放したのがいけなかったのか、矢は弦にしっかりと引っかかっていなかったようで、矢は動かずに弦だけが元の位置に戻る。
「あいたっ!?」
親指をひどく打ち付けてしまったようで思いっきりうめいている。
「おいおい、大丈夫か?」
ケインさんが駆け寄って心配そうに聞く。
「大丈夫です。これでも今までで一番希望がありそうです」
痛いだろうに懸命に我慢して、新しい矢を再び弦につがえる。
全員が心配そうに見ているものの、そんなことはお構いなしに愚直に努力を続ける。
何回も弦が鳴る音がして、矢が宙を飛ぶ。
ヨゼスは矢をとったりするために闘技場を行ったり来たりしている。
この一時間でヨゼスの動きもよくなってきていて、初めのころは打てなかった弓も次第に打てるようになり、どんどん飛距離も伸びていく。
「こりゃすごいな。あのヨゼスが」
そうケインが言うほどにヨゼスの上達ぶりはすごいらしい。
「あなたが何を考えているかわかるような気がするから言うけど、あなたが異常なだけよ。もっと弱い人の気持ちも考えないさいよ?」
意外にもわがままお嬢様がこんないいことを言うなんてと思わずまじまじと見つめる。
「何よ!?」
「意外にもいいこと言いますね」
「意外にって何よ」
答えずに笑みで返す。
その間にも弓のはじかれる音は闘技場に響き渡る。
「どう? 弓は?」
「よさそう!! 僕にあっているよ。レオンには全然敵わないけど」
「そうだね。はたから見ていてもそれが一番よさそうだね」
「うん!! 頑張る!!」
そういい手固く握りしめ、ガッツポーズをとっている。
夏休みは3日に一回はヨゼスの弓を教えるなどして、徐々に終わりに近づく。
昼間は蒸し暑くても、夜は涼しい風が吹くようになり、だいぶ涼しい風が吹くようになっている。
ヨゼスの弓の腕も格段に上昇し、すでに最初に俺が打ったのと同じレベルにまで達している。
この分だと俺ももうすぐ抜かれるかもしれない。
最も練習をしていないので当然の帰結かもしれないが…
今日もヨゼスの弓の指導をしている。
すでに終わりまで一週間もない。
夏休みの宿題は最初の1日ですべてを終わらせているため全く問題ない。
ほかの生徒も夏休みは強制的に勉強をさせられているためほとんどの人が宿題を終わらせている。
「もっと脇を締めたほうがいいよ」
ヨゼスの足りないところを注意していく。
ふと気が付くと闘技場の入り口にケインが立っている。
顔がかなりひきつっていて、汗をだらだら流している。
どうやら大変なことがあったようだ。
「どうしたんです?」
「君の家が襲撃された!! 全員致命傷はないものの一人だけさらわれた」
「その一人は?」
その答えを聞きたくないが話が進みそうにないので聞いてみる。
嫌な予感がする。大体想像はできているが…
「セーネさんだ」
「!!」
やはりか…
来たな!!
暗黒魔道王朝!!




