エリーの母親
家の扉が丁寧にたたかれる。
おそらく王都に向かったエリーが親と話をつけて、その結論を伝えに来たのだろう。
随分と仕事が早い。もう一日ぐらいかかると踏んでいたのだが。
扉の所へと向かい、そのまま開ける。
「お邪魔します。レオンハルト・レンフィールドさんのご自宅ですか?」
「はい。それで王城から来たのですか?」
「その通りです。随分と話が早くてやりやすいです」
感心したかのように、その王都から俺を迎えに来た使者はうなづく。
「迎えの馬車を用意しておりますので、どうぞ王城までお越しください。何か必要なものはございませんか?」
「既に荷物はすべてアイテムボックスに入れておりますので」
そう言いながら、腰にあるアイテムボックスを見せる。
「うらやましいです…」
思わずといったようにその使者がつぶやく。
「私には一生縁のないものです」
残念そうにつぶやいている。
「王様とかはアイテムボックスの貸し出しとか行わないのです?」
「そんなことしたらみんな渡した途端に雲隠れしてしまいますよ。死ぬリスクを冒してでも手に入れたいほど価値があるのです」
苦笑交じりの声で言われる。
高級なのは理解していたが、何となく貴族生活に慣れ切り感覚が崩壊していたようだ。
庶民の生涯年収、およそ3億ぐらいの値打ちのものが安いと感じるなんて…
「それでは行きましょう」
使者に付けてくれた馬車に乗り、王城へと向かう。
俺もセーネも事前にすべての準備を終えていたため、すぐに馬車に乗ることができた。
馬車につながれている馬もすべて一級品の様で一時も休まずに王城までたどり着く。
とんでもない早さだ。おそらく今までで一番早く王都と学園都市の間を通りすぎただろう。
使者の人とも城の裏口のところで別れ、そこからは小姓らしきものに案内されて城を歩く。
相変わらず城の中は豪華で悪趣味だ。
俺だけ感性が違うということはないと思う。いや思いたい。
何回も階段を上がり下りして、とある部屋の前まで案内される。
「こちらがエリザベス様の自室です。くれぐれも失礼のないように」
小姓はそういうと頭を下げて、去っていく。
部屋の前に立ち尽くしているのも何なので、さっさとノックをする。
トントン!!
「どうぞ」
ノックするとともにすぐに応えが返ってくる。
中に入るとエリーが窓際に座り、外を眺めながら紅茶を飲んでいた。
「久しぶりだね、エリー」
「そうだね、レオン。ずっと待っていたよ。…それでそちらの人がレオンの彼女?」
「レオンの彼女のセーネです。よろしくお願いします」
エリーの声がいつもより幾分か低い。
「そう、レオンの未来の彼女のエリザベスです。よろしくお願いします」
まるで2人の間で火花が飛び散っているかのようだ。
「2人とも喧嘩は控えてくれません?」
このままにしておくとまずそうなので、いったん止めておく。
やっぱりこの2人を引き合わせたのは失敗だったかと、今更ながら後悔をする。
俺に言われて、すぐにいがみ合うのはやめたものの、相手のことが気になるようだ。
「それでね、レオン。お母さんがあなたに会ってみたいってね。一緒に行かない?」
「王妃様が? 特に何もないですしいいですよ。これから行くのですか?」
「そうね。お母さまが怒るとは思わないけど早めに行った方がよさそうね」
そういうとすくっとエリーは椅子から立ち上がり、女官を呼んで2,3言かわす。
「それじゃ行きましょう」
そういってエリーを先頭にぞろぞろと金魚のフンみたいに歩いていく。
「ここよ」
急にエリーが立ち止まり、言ってくる。
見ると王妃のわりに質素な部屋の前に来ていた。ちなみに王妃の割にはである。
普通に大豪邸で通る大きさなのだが。
「お母さん。連れてきました」
「どうぞ、入って」
中から耳に心地よいきれいな声が聞こえてくる。
それを聞き、エリーは遠慮なく部屋に入っていき、俺たちはすごすごと入っていく。
「そんなに硬くならなくてもよいのですよ」
思いのほか緊張していたようで、奥からでもわかるほどになっていたようだ。
一度深く深呼吸をして、心をおちつける。
声のした奥の方を見ると、1人の優雅な貴婦人がいた。
もうエリーもいることだし、30を超えるだろうにその美しさは衰えることを知らないかのようだ。
エリー曰く、かつて宮中で最も男たちの注目を集めていた貴婦人とのことだが、それにもうなづける気がする。
優雅な微笑をたたえ、こちらを見てくる。
「あなたがレオンですね。そしてあなたがセーネ」
「はい。拝謁の機会に存j…」
「いいのよ、そんな風にならなくて」
随分と身分にこだわらないフランクリーな人のようだ。
確かに顔もエリーの顔から、きつさが抜けたといった感じだしきっと優しいのだろう。
じっと俺の顔を見つめていたかと思うと、
「エリー、あなたはレオン君のこと顔で選んでないとか言っていたけど、本当?」
いきなり爆弾発言を落としてくる。
セーネは若干眉がより、エリーは真っ赤になっている。
「なんでいうの!! お母さん!?」
エリーがプンスカとするも、大人の余裕で切り返されてしまっている。
「うちの娘がいつもお世話になっているようだけど、迷惑をかけていない?」
「いえいえ、こちらこそエリザベス様にはいつもお世話になっております」
「そう…色々とやらかしても、飽きれないでくださいね」
「そんなことはないと思いますがね」
次々と社交辞令を交わしていく。
「それではエリーを1週間よろしくね。一応護衛に馬車はつけるけど。あなたたちが泊まるかもしれない宿には予約を入れさせておきましたから、困ったらそこに行くといいわ」
「何から何まで恐縮です。この御恩忘れません」
「いいのよ。みんなで楽しめれば」
「ところでその宿の名前は?」
「あっ!? うっかりしていました。豊穣の熊というところです」
初めてこの優雅な貴婦人の余裕を崩せたかと思うと笑みが止まらない。
意外にも慌てることがあるのだと、心の中でひそかに驚く。
「ゴホンゴホン。それでは楽しんできてください。明日の朝出かけるときに、小姓のものを呼びに行かせますのでごゆっくりと滞在してください。あとエリーは残って」
ようやくエリーの母との謁見を終える。
それにしても王妃様というのは随分なやり手なのだろう。
頭がいいというわけでは無いが、頭がよく回るといったところだろう。
そつなく色々な事を進めている。
この王妃様と言い、前に誘拐から逃げた後にあった謁見で出会ったレイモンド侯爵と言い、まだこの国の未来は明るいかもしれないな…
あっ!? レイモンド侯爵の質問の答えがまだわかっていない。どうしよう…
レオンにセーネが王妃の自室から退室した後…
「あれがレオンハルト・レンフィールドね。確かに只者ではないね」
王妃が思わずといったように声を漏らす。
「どうして? お母さん?」
「いくら貴族と言っても、あのくらいの年であそこまできっちりと敬語を使える子供なんて、めったにいないわよ」
その声は王妃にはめったに混じらない称賛の響きが混じっている。
「そんなものですか?」
それにこたえるエリザベスはよくわかっていないようだ。
「それにあの目は… 口で敬意を払っていても、その人本人が敬意を持たれるようじゃなくては、本心からは言わないようね。私は…認められたっていうことでいいよね?」
「そうなの? 口先だけとか、そうでないとか全然わからないわ」
「人生経験を積めばわかるわ。でもエリー、あなたの感覚も馬鹿にできたものではないね。レオン君は優良物件よ。ぜひとも自分のものにしなさい」
「わかったわ。頑張る」
「えぇ、今回の旅行で心をがっちりつかみなさい。もしダメだったら私がいただこうかしらね」
「やめて~~」
この日、城中に絶叫が響き渡ったらしい。
この声に小姓も女官もみな何事かと思い、目を丸くしたらしい。




