1話 過去
大抵のことを効率よく『できる』男と『できない』男のお話です。
僕は『できる』子供だった
勉強ができる。
運動ができる。
楽器が弾ける。
大抵のことを効率よくできる。
仕事が忙しくて疲れているお母さんも僕の『できる』ことを話すと褒めてくれた。それが嬉しくて、小さい頃の僕はなんでもできるように頑張った。宿題だって早く終わらせたし、習い事だって真面目に取り組んだ。
そうするのが楽しかった。たくさんのことができる人間なら、たくさんの人に受け入れられると信じていた。
でも、現実はそうじゃなかった。
先生にあてられた問題をスラスラと解いても誰も何も言わないが、アイツが盛大に間違えるとクラスでは笑いが起こった。赤点を取って笑いあうアイツたちの輪の外で、僕は満点のテスト用紙を握り締めていた。僕が『できる』ことに感心する人はいても、楽しそうに笑ってくれる人はいなかった。アイツが『できない』ことに感心する人はいないけど、楽しそうに笑っている人はたくさんいた。
僕は『できない』ことを何の躊躇もなく披露できるアイツが羨ましかった。たくさんの友達に囲まれて話しているアイツが妬ましかった。『できない』人間になってみたかった。アイツのようになりたかった。
小学校最後の運動会、目玉であるリレー競争。僕は赤組のアンカーだった。
白組に大差をつけた状態で僕にバトンが回ってきた。会場にいた人たちは赤組の勝ちを確信した。確かに僕がそのまま走りきれば赤組は勝つだろう。でも、僕はゴール前でわざと転んだ。
『できない』人間になりたかった。
転んだ僕を追い抜かしてゴールしたアイツは白組逆転の功労者として、友達に褒め称えられ、もみくちゃにされていた。そのあと僕は立ち上がってゴールしたけど『できない』僕を受け入れてくれる人は誰もいなかった。今思えばそれもそのはず、今までずっと『できる』人間だったやつが『できない』人間になったところで近づいてくるやつなんていない。離れていくだけだ。
その日の夜、仕事が忙しくて運動会に来れなかったお母さんにリレーの最後で転んで負けたことを話した。学校で僕の『できない』を受け入れてくれる人はいなかったけど、お母さんならもしかしたら笑って受け入れてくれるんじゃないかって、そう思ってた。
「そんなことお母さんに聞かせないで」
お母さんはそう言って僕をぶった。
「あんたがそんなヘマしたなんて、お母さん周りから何を言われるか分からないじゃない」
そう言って僕をぶった。
「仕事だけじゃなくて、あんたもお母さんのことを追い詰めるの?」
ごめんなさい。お母さんごめんない。お母さんに心配をかけない、なんでも『できる』子になるから。育ててくれた恩を返せるような『できる』子になるから。
ごめんなさい。
そうして生きているうちに僕は『できない』ことができない人間になった。