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5.知りたくなかった

 見た目は、私の記憶の中にある茄子そのものだった。

 だけど、油断は出来ない。ここは異世界だ。リッカちゃん人形の悲劇を忘れまじ。


 「ねえ。誰か、ナイフ持ってなーいー?」


 遠くで固まったままの彼らを振り向き、声を張ってみるけど、誰も何も言わない。

 ちっ。返事くらいしろよな。


 しょうがない。本当は中身を確認したかったけど、砦に帰ってから切ってみるか。

 こっちに来てから口にした野菜って、キャベツやレタスのような葉野菜ばっかりだったんだよね。それも悪くないけど、茄子とか南瓜とかお腹にずっしり溜まる野菜が食べたい。

 添え木がないと、茄子はまっすぐ立たないで地を這うように茂るらしい。咲き終わった花がらがあちこちに残ってる。ちょうど収穫の時期だったのかな。見つけられてラッキーだ。

 

 ぽてん、と地面に転がってる茄子を両手に持てるだけ、ちぎり取った。

 そのまま踵を返して、森の中に戻る。

 ところが、私が進む分だけ、彼らは後退していった。


 スタスタ。――ズササッ。

 スタスタ。――ズササッ。


 どんな敵を前にしても怯んだことのない勇猛果敢なアルベルト王子さえ、顔面蒼白だ。大剣を軽々と振り回し、容赦なく相手を斬り伏せていく騎士団長に至っては、隣にいる黒魔道士のブレダさんのローブの端をぎゅっと掴んでしまう始末。

 

 なに、みんな。ただの茄子がそんなに怖いの?

 なんだか楽しくなってきちゃうな。


 大事な茄子を落とさないように抱え直し、私は一旦、足を止めた。

 すると彼らもピタリと動きを止める。


 「サ、サカタさま……お願いですから、その手に持ってるものを遠くに投げ捨てて下さい」


 震え声をあげた第一王子を皮切りに、みんな口々に『よりによって、魔族の実を食べようとしなくても』と騒ぎ始めた。


 「お前たちの願いは、すでにきいてる」


 私の静かな声が、薄暗い森の中に響く。

 ハッとしたように、トザムと王子2人が私の顔を凝視した。


 「これ以上は、きけない。わたし、これを食う。食って、日本人としての誇りある食生活を取り戻す」


 重々しく宣言し、みんなの表情に絶望の色が広がっていくさまを見守った。ふふ。怯んでる、怯んでる。――よし、今だ!


 「絶対おいしいから、一緒にたっべよおおおおお~!!」


 腹の底から大声を搾り出し、思いきり地面を蹴った。


 『魔族の実ナス』を両手いっぱいに抱え、半笑いで突撃してくる異世界の女に、メンバー全員が絶叫した。

 逃げ出すこと、風の如し。

 まっさきに白魔道士のミシェルさんの姿が忽然とかき消える。どうやら転移魔法を使った模様です。


 「待てよっ! 俺を置いていくなあああっ!」


 リックさんの切々たる慟哭は、真っ青な空に吸い込まれていった。


 

 

 砦に戻ってからも、阿鼻叫喚の大騒ぎが待ち構えていた。散々みんなを追い掛け回し、己の加虐心を満足させ、知らないうちに溜まっていた鬱憤を晴らした私。これ以上、ことを荒立てるつもりはない。

 

 「大丈夫、私一人で食べるから。怖くない、怖くないよー」


 涙を浮かべた料理人たちは、それでもわーわー言いながら逃げ出していってしまった。彼らに茄子を調理してもらう計画は、実行不可のようです。

 人っ子一人いなくなった厨房。仕方ないので、自分で茄子を切ってみることにした。

 

 ……ホッ。普通の茄子でした。


 油を多めにひいてフライパンを熱し、まず一個分を炒めてみる。

 その辺にあった調味料を適当にふりかけ、フォークでつついて味見した。ほんのりと甘辛い味がついた輪切りの茄子は、それはそれは美味でした。油との相性の良さが本当に素晴らしい。

 なす、万歳。なす、最高。

 フライパンから直接、ひとつ、そしてもう一つと口に運んでいく。舌を火傷しそうな熱さ。噛むたびジュっと溢れてくる優しい旨み。

 

 涙がじわり、とわいてきた。……そういえば私、こっちに呼び出されて来てから、初めて泣いたかも。


 美味しいな。懐かしいな。みんな、元気にしてるかな。


 

 「サカタさま」


 それからしばらく経って、厨房の入口から弱々しい声が聞こえてきた。

 涙と鼻水を慌てて袖で拭って、振り向く。心配そうに私を見つめている第一王子とトザムが、そこには立っていた。私にあんなに苛められたというのに、のこのこやって来ちゃってる。


 「なに。やっぱり食べたいの?」

 「いいえ。それは心から遠慮させて頂きたいのですが」


 私の目が赤いことや、涙混じりの声に気づいた彼らは、サッと調理台の上の茄子に目を走らせた。


 「サカタさま、やはりそれは良くないものだったのでは?」

 「ううん。すっげー、うまかったよ。生き返った!」


 スンと鼻を鳴らしながら、未調理の茄子を掴む。再びそれを持って追いかけられるのでは、と二人が身を固くするのには笑ってしまった。何の害もないただの茄子にそんなに怯えなくたって。

 でも、こっちの人間にとってみたら、笑い事じゃないんだろうなあ。もしあのリッカちゃん人形魚で同じことをやられたら、私はそいつに絶対の復讐を誓うだろう。


 「ごめんね。もう二度とやらないから。だから、私が茄子を食べるのを止めないで。これ、元の世界でよく食べてた野菜なんだ。だから、『私の実』だと思って諦めて下さい」


 それを聞いたトザムは、細い目を限界ぎりぎりまで押し開き、あんぐりと口を開けた。


 「あのサカタさまが、まともなことを仰っておられる……」


 ようやく押し出した台詞がソレかい! 

 

 「僕も今、ようやくサカタさまのお気持ちが分かりました」


 第一王子は、しんみりと視線を落とす。


 「僕らが普段食べているものが、サカタさまにとっては『魔族の実』だったのですね。だから、そのように痩せてしまわれたのですね」

 「うん、まあそういうこと」

 「こんなに気色の悪い、身の毛のよだつ思いを、ずっと我慢されていたなんて――」


 え、待って。そこまで言っちゃう?

 

 ぶすくれた表情を隠そうともしない私を見て、慌てて第一王子がフォローを入れる。

 濃い色の野菜が、生理的に受け付けないんだって。ピーマンとかトマトとか南瓜もじゃあ、無理なんだね。


 「緑色や赤色の野菜なんて、本当に無理です。全身真紫の人間がいたら、サカタさまも嫌でしょう?」

 「野菜と人間をまず比べないかな」


 こういうのって感覚的なものだから、どんなに腹を割って話し合ったって平行線だろう。

 

 砦の休養日は、こうして幕を閉じた。

 私に追われたことが彼らの生存本能に火をつけたのか、騎士団長とブレダさんは次の朝見かけた時は、何やらいい雰囲気になっていた。リックさんとミシェルさんの間には、埋めようのない溝が出来ていた。一勝一敗ってとこだ。

 だけど何故か、前みたいにワクワクもがっかりもしなかった。

 みんな自分の好きに生きたらいいさ。たった一度の人生だ。……まあ、正確には92回の巻き戻しを含む、たった一度の人生だ。


 それから一週間もしないうちに、王都からの援軍が到着した。

 ここで援軍を率い、味方面してやってくる騎士団長の叔父さんにあたるバーメル伯爵は、魔王と内通しているというシナリオだった。


 「サカタさま。将軍がお目通りを願っております」

 「いいわ、お通しして」


 これ以上ないほど鮮やかに、伯爵の企みを暴いてやるぜ。舌なめずりして待っていた私の前の扉が開く。


 「お初にお目にかかります。ロナウド・ジュールと申します」

 「誰!」


 ところが、実際にやってきたのは私の知らない人でした。

 よく考えたら、おかしな話じゃない。魔王討伐に関わった者全員が、記憶を保ったまま巻き戻しされているんだもん。不穏分子はすでに一掃されてるに決まってる。例のバーメル伯爵は、最初の巻き戻しのすぐ後、処刑されたそうです。そうでしたか。荒くなってた鼻息が恥ずかしい。


 念のためジュール伯爵のことをアルベルト王子に聞いてみる。

 91回とも、このタイミングで援軍を率いてきてくれているということ。裏切られたことは一度もないということが確認できて、私はえへへ、と頬をかいた。


 「じゃあ、裏切りによる防衛戦はなし、ってことなんだ。あれはこの人数では厳しい篭城戦になるから、どうしようかと思ってた。良かった!」

 「……サカタさまの把握しておられる討伐の歴史は、初回のものだけなのですか?」


 アルベルト王子の瞳に、初めて不安が浮かんだ。


 「そうだと思うよ。軍師っていっても、私はもともと、吟遊詩人のタ・ナーカって人が作ったゲームをしつこくやってただけの学生だし」

 「大変申し上げにくいのですが、タ・ナーカは魔王城にたどり着く前に絶命しております。ですので、そのげえむとやらの情報は、最終決戦に限っていえばタ・ナーカの想像の産物かと」

 「ふーん。――――え、マジ?」

 「はい」



 

◇◇◇◇◇◇◇



 「くおぅらああああっ!」


 石造りの廊下をひた走り、トザムの部屋の扉を蹴破る。

 

 「これは、サカタさま」


 私の急襲に慣れっこになってしまったのか、トザムは眉一つ動かさず、あっという間に壊れた扉の蝶番を直した。魔法で。冷静な大人の対応が憎らしい。


 「アルベルト王子が言ってたんだけど、タ・ナーカって人、帝都防衛線突破の作戦で死んじゃってるんだって!?」

 「そのお話でしたか」


 もっと驚くと思ったのに、意外にもトザムは冷静だった。知ってたのか。知った上で、私の世界で軍師を探したのか。

 唖然とする私に椅子を勧め、トザムは紙を燃やす例の通信方法で第一王子をこの場に呼んだ。3人が揃ったところで、おもむろに口を開く。


 「正直、ここまでサカタさまがやって下さるとは私は思っておりませんでした」

 「――どういう意味」


 神妙な顔をしているトザムから第一王子に視線を移す。

 なんと、彼まで唇を噛み締め、後悔に満ち満ちた顔をしてるではないですか! お前ら2人が、新しい裏切りイベントか! そうなんだな、くそっ。油断させやがって! 


 「……返答次第では、茄子、取ってくるからね。生のまま口に突っ込んでやるから」


 グッと二人が同時に口元を押さえる。

 押さえたまま、第一王子が縋るように私を見つめてきた。


 「それでも、サカタさまだけが、僕らの残された希望だった」


 どうか、アル達には言わないでくれ。

 そう前置きして、第一王子は話し始めた。


 「魔王は、聖剣に選ばれたアルベルトをしつこく狙っていた。それで、僕は弟の影武者として討伐隊についていくことに決めたのです。それは、僕と大賢者であるトザム、そしてアルだけの秘密だった。最終決戦、僕らは同時に魔王に対峙した。魔王が次の器に選んだのは、偉大な実の弟へ劣等感と嫉妬を持ち続けていた僕だった」


 第一王子は、私から目を逸らし微かな溜息を漏らす。


 「タ・ナーカはすばらしい想像力と観察眼の持ち主でした。僕の心の醜い影を見抜き、物語の結末を創作したのでしょう。ですから、そこまではサカタさまの知っている通りです。唯一違うのは――アルは僕を殺すことは出来なかった、ということだけ」


 そこまで黙って聞いていたんだけど、嫌な予感に胸が悪くなる。

 いや、でも、まさかね。


 「僕達は、トザムの姿変えの魔法で、どちらもアルベルトの姿をしていた。死んだのは、本物のアルベルト。僕をどうしても殺すことの出来なかった優しい弟を斬り裂き、生き残り、王都に凱旋し、魔王の混じった偽りの第二王子として次代のグリュンゼン王になろうとしたのが僕です」


 くっそ重いんですけどおおおお!!



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