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4.そんなの無理です

 二つ目の問題は、食料についてだった。


 行く先々で自給自足が基本のこの旅。

 たまーに大きな市場に立ち寄ることもあるけど、入手したお金は私が片っ端から武器と装備品につぎ込むもんだから、財布はいつもギリギリだ。

 お金を稼ぐには、民家の宝箱も残さず漁るのが一番手っ取り早いんだけどな。メンバー全員が大反対中。

 リックさんまでが『いや、それは流石に俺もちょっと』とかごにょごにょ言ってた。四の五の言わずにとっとと盗んでこいよ、盗賊さんよ。

 

 「命より大切なものはありませんものね」


 買い物に出かけたフヨーの町で、荷物持ちとしてついてきてくれた黒魔道士のブレダさんは感心したように頷いている。


 「いや、単に私の趣味、っていうか癖」


 武具屋さん見つけたら、とりあえず買いに走っちゃうの。

 キャラには常に、一番強い武器と丈夫な防具を装備させときたいんだよね。ゲーマーなら大抵そんなもんじゃない?


 「サカタさまは、謙虚でいらっしゃるから」


 ブレダさんは私の台詞をいい方に解釈し、ニッコリ微笑んだ。

 あー、もういいや。それで。

 みんなと話が噛み合わないのは、王城を出る前からだった。

 私は気を取り直し、ブレダさんに騎士団長がどんなにお買い得物件であるかを売り込み続けた。

 野営地に着く頃には、ブレダさんはすっかり無口になっていた。


 

 ところがその自給自活生活が、私に最大のピンチを運んできている。


 弓使いのレザさんを中心に、狩りに出て獲物をとってきてくれるのはいいんだけど、見たこともない異形の生き物の肉とか、私には無理だよ! 

 ああ、そっか。今まで食べてたアレもソレだったわけ……か。

 目が五つも六つもある(多分)兎とか、嘴がまるでなめくじのようにぬめんとしている鶏(推定)とか。こちらの世界では当たり前の生き物が、私には妖怪にしか見えない。

 しかも、かっ捌いてるところをうっかり目撃しちゃった暁には、ベジタリアンにもなるというもの。

 ディ・ルーチェの真の食料事情なんて、一生知りたくなかった。

 『二次元は現実と混ぜるな、危険』という標語じみた友達の言葉が、今更ながら身に沁みる。


 

 不快感でぐりんぐりんと回転している胃を押さえ、私は遠い目になった。

 いいもん。元の世界に帰れるまで、野菜だけで生きていくもん。すっきり痩せられそうだし、血もサラサラになりそうだし、良いこと尽くめじゃないですか。

 負け惜しみを胸の内で唱えながら、後ろ髪を引かれる思いで、屠殺場と化した広場を後にする。

 返り血を浴びてもいいように上だけ裸になった斧使いのダールさんを、本当はじっくり堪能したかったよ。くっそ。いい男の筋肉、もっと愛でたかった。

 

 どうせならさ。恐怖や生理的嫌悪感なんかもぜんぶ取り去ってくれたら良かったんだよ。トザムめ!

 もう何でもかんでも、あいつが悪い!

 天気が悪いのも、寝違えて首が痛いのも、第一王子が日に日に思い詰めたような表情になっていくのも、ああそうさ。トザムのせいさ。中身は半分になったっていうのに体重は半分になってないのも、地味に腹立つ。

 

 

 殆ど食べ物を口にしようとしなくなった私を案じて、ある日、第一王子が川で魚を釣ってくるといって出かけて行った。お手製の粗末な木の釣竿にもひっかかる間抜けな魚はいたみたいで、夕方、意気揚々と引き揚げてくる。

 

 私の世話を焼いてる時だけは、彼は辛気臭い顔をやめて開けっぴろげな笑顔になるので、最近は抵抗もせずに好きにさせてる。

 拒否られないことに味を占めた第一王子が「実は、夜も一人では眠れないのです」なんて、チラチラと窺うように告白してきた時には、「昼間、死ぬほど運動しろ」という真顔のアドバイスを打ち返してやったけどね。


 「サカタさま、見てください。釣りなんて初めてしましたけど、僕にも釣れました」


 無邪気な笑顔は少年のようだ。

 インドア派だと思っていたけど、意外とアウトドアの才能もあるのかも。

 

 「サカタさまのいた国では、魚を中心に食されていたとか。これなら食べられますよね?」


 満面の笑みでじゃーんと披露してくれた立派な魚には、小さな手が生えていた。

 

 く、食えるかああああっ。


 思わず絶叫してぶっ倒れた私は、悪くないはず。

 お魚のお腹からね。

 リッカちゃん人形サイズの手がにょっきりとね。

 突き出ていたよ。動いていたよ。

 かつて見たことのあるどんなホラー映画よりも恐ろしく、トラウマになりそうな絵面だった。


 第一王子は真っ青になりながらも、倒れた私を介抱してくれたらしい。

 その場に駆けつけてきたトザムは慌てふためき過ぎて、私の頭に魚の入っていたバケツの水をぶっかけようとしたらしい。

 

 「トザムがあんなに動転したのを、初めて見たな」


 アルベルト王子はかっかっかとそれは楽しげに笑ってらっしゃいますけど、私の決意はますます強く固まった。

 第一王子の身代わり役、そのご老体で立派に務めてもらおうじゃないの。


 

 意識を取り戻した私は、とりあえず自分の見たものを確認する為、第一王子に聞いてみた。

 あれは何ですか。


 「あれは、ヒレです」

 「――完全に、手だったじゃん。ねえ。そういう欺瞞はやめようよ」

 「そういわれてみれば、魚のヒレは、人の手に似ておりますね」


 似ておりますね、じゃねえ。

 盛大に脱力してしまい、その場にしゃがみこむ。

 ちなみにその魚は、全員で美味しく食べたそうです。

 それからしばらくメンバーを避けてしまった私は、またもやトザムに窘められた。くそじじい!


 二次元脳のお陰か空腹感はさほどでもないけど、思念体でもゾンビでもないわけだから、何かは食べないとまずいよね。野菜か、果物。そうだ、それしかない。


 ようやく国境の砦に到着。

 グリュンゼン王国からはとりあえず、魔族を追い払うことが出来た。ここからは、魔王の治める国・ガラティアだ。


 ここでしばらく、軍を整えることになっている。

 王都からの援軍待ちって感じ。

 戦いづめの日々から束の間とはいえ解放され、みんなの顔は明るかった。ここまで、誰一人として死者が出ていない、ということも士気を上げてる要因みたい。


 「異世界の軍師どのの手腕には、驚かされてばかりだ。いやはや、お見事です」

 

 騎士団長さんまで、珍しく雄弁だ。

 朝食の席、私はもそもそと固い黒パンを咀嚼しながら、どうも、と軽く頭を下げた。

 ご褒美にブレダさんとのイベントください。


 「ほんと、すげえよな」


 斧使いのダールさんが、鶏(推定)の骨付き肉にかぶりつきながら目を輝かせる。

 肉の元の姿が一瞬で脳裏に浮かんできて、ごっそり食欲を削り取られた。


 最近は、ウエストもすごく細くなってきてる。

 58センチなんて都市伝説かと思ってたけど、今の私ならたたき出せる数値かもしれない。座ったままでも下腹部は平らかだ。尖ったナイフのように浮き出た肋骨を慎重に避け、ほっそいウエストを撫で回しながら、私は目の前に置かれた肉の皿を隣りのトザムの前に押しやった。


 「俺らだけじゃなくて、ひよっこの新兵まで生き残ってやがるんだぜ?」

 「それは、第一王子のおかげ。救護所でいつも惜しみなく回復魔法をかけてくれるから、みんなまた戦えるようになってるんだと思う」


 トザムの名前はわざと省き、私はダールさんの方を向いた。

 途端、ボッという音が出なかったことが不思議なくらい、彼の顔が真っ赤になる。


 「えっと、うん、でもやっぱり、サカタさまの、そ、そのお陰だと……」


 もごもごと口の中で呟いていたかと思うと、「あああっ、もう! カッコわりぃ!」と呻き、ガシガシと短髪をかきはじめる。周囲のみんなが微笑ましくダールを見守る中、第一王子は悲しそうに私を見つめていた。

 頬に穴が空きそうだから、やめて。

 あと、トザム。皿を押し戻してくるのは止めろ!

 


 砦にいる間はゲームでも休養日だったので、私も迷わずお休みを宣言した。

 『恋模様モード』の発生チャンスですよ。


 「今日はみんな、自由に過ごしていいよ。いよいよ敵地に入るわけだし、()()()()()()()()()()過ごして欲しいなあ」


 一字一句、はっきり区切って発音したのに、メンバーは皆口々に「せっかくだからサカタさまと過ごしたい」などと言う。

 ええいっ。この馬鹿者どもめっ。

 私の労苦に報いたいと芯から思うのならば、イチャラブしてみせんかい!

 腹が立つやらがっくりくるやらで、胃がキリキリと痛む。


 「サカタさま……もしや、空腹なのでは?」

 「ここ一段と痩せられてしまい、みな心配しております」


 ミシェルさんとブレダさんが、私を挟むように立ち顔を覗き込んできた。美女二人にチヤホヤされるのって最高だ。ハーレムが男の夢なのも分かる気がする。

 ちょっと我が儘言って、甘えちゃえ。


 「お腹はいつも空いてるけど、肉も魚もいらない。絶対に食べたくない」

 「じゃあ、果物取ってくる」


 頑固な子供のように首を振る私を見て、レザさんがポツリと言った。

 果物や野菜を売っている市場は、ここからだいぶ遠いはず。

 

 「どこまで?」

 「この砦の近くの森に、野生のベリーがあった。偵察に出たときに見かけたから、場所も覚えてる」

 「ベリー! いいね」


 生粋の日本人である私は、狩りが大好きだ。

 いちご狩り、桃狩り、ぶどう狩り。紅葉狩りにモンスター狩りまで、みんな熱狂的に夢中になっていた。その血がうずうずと蠢いてくる。


 「ひと狩り行こうぜ!」

 「ふふっ。サカタさまったら。ベリーは動きませんよ」


 ……異世界にいるんだな、としみじみ思った。


 

◇◇◇◇◇◇



 結局、討伐メンバー全員と私と爺さん、そして第一王子の全員で森に出かけることになった。

 いつもと全く代わり映えしねえ!

 

 度重なる戦闘で研ぎ澄まされたみんなの闘気が、図らずも森にいた動物たちを一斉に退けた。大慌てで逃げ去っていく鳥(仮)に猪(仮)、兎(仮)、鼠(仮)。

 私の目には異形にしか映らないそれらの生き物が集団で逃げる様は、それはもう気色悪かった。全身がぶわっと粟立つ。


 「おいおい。んな慌てて逃げなくても。何にもしやしねえよ」

 「そう思うなら、気配消せよ」


 動物を愛でたかったのか、それとも食べたかったのか。しょんぼり肩を落としたダールさんをリックさんが小突いてます。やめろよ。いてえだろ、ってか……。

 腐要素はまるでない私には、何のメリットもない触れ合いだ。


 「ですが、ちょうど良かった。これでサカタさまもゆっくりベリーを摘めますね」


 第一王子の声に頷き、レザさんの後に続く。

 少し開けた場所に、ほんのりピンク色の小粒な苺が生えていた。

 まずレザさんが無造作にちぎったそれを口の中に含み、素早く吐き捨てる。


 「ん……大丈夫」


 舌に異変はなかったみたい。GOサインが出たので、私もさっそく苺に手を伸ばした。

 甘酸っぱくて、美味しい!

 久しぶりに、びくびくせずに何かを素直に美味しいと思えた。

 トザムは食べようとせず、脱いだとんがり帽子の中にせっせと苺を集めている。


 「なにしてるの?」

 「サカタさまの口に合ったようですので、砦に持って帰ろうと思いましてな。半分はジャムにしてもいいかもしれませぬ。黒パンにつけて食べれば、あの固いパンも少しは食べやすくなるでしょうから」


 フォッフォと笑うトザム。

 大魔法使いとはいっても、腰は曲がりいつも目をしょぼしょぼさせている。

 旅が始まって痩せたのは、私だけじゃなかった。

 トザムもだ。

 

 「自分で集めるから、トザムも食べな。ちゃんと食べないと、そのうち倒れるよ」


 知らないうちに私の口はそんなことを言っていた。

 トザムはお化けでも見たみたいに、ギョッとした顔で目を見開いてるけど、私だってビックリしてるよ。


 「――そ、そのような労りのお言葉が、サカタさまから聞けるとは」


 帽子のふちを握り締めたしわくちゃな手が、小刻みに震えている。

 

 なんだか胸の奥が熱い。

 私は腹立ち紛れに、訳の分からない感情の起因となったトザムの髭を引っ張っておいた。


 

 ある程度満足したところで、腰をのばし、ぐるりと周りを見回す。

 ふと、森の終わりが畑のようなものになっていることに気がついた。

 

 「レザ。あそこは、何?」

 「ああ、あれは自生した魔族の実がなってる場所だ。近づかない方がいい」


 魔族の実ですと!?

 なんとなくワクワクする言葉。食べるだけで何かの能力者になれたりするんじゃないよね。

 そんなものがあるなんて、『ディ・ルーチェ』も含め、初耳なんですけど!


 「うわ、マジかよ。気持ちわりいな」


 リックもダールも、騎士団長さんもアルベルト王子まで、嫌悪感に顔を顰めている。

 第一王子の顔に視線を移すと、困ったように眉を下げた。

 

 「魔族の実って、食べ物?」

 「食べ物といえば、食べ物ですが……」


 歯切れの悪い第一王子の言葉を遮るように、リックが吐き捨てた。


 「じょーだん! あんなの食うのはそれこそ魔族だけだって。だから、魔族の実」


 その台詞に、首を傾げる。


 「食べられないわけじゃないんだね。ふうん。ちょっと見てくる」


 ネーミングの中二っぽさに堪らなく惹かれてしまった私は、みんなの制止を振り切って畑らしき場所へ向かった。

 やめろ、やめるんだあああ。サカタさまっ。戻って来てくださいっ。

 大げさな悲鳴が背後で次々に上がってる。

 

 でも完全に逆効果だよ、それ。

 そこまで皆が嫌がるものの正体を、私は知りたい!


 近くまで来て、拍子抜けした。

 角度を変え、じろじろ眺め回す。

 ゆっくり手を伸ばすと、ぎゃあおおおうと云うそれこそ魔族の断末魔のような声が森の中に響き渡った。誰だよ。


 緑の葉っぱ。濃い紫の軸。ねじきるように、小ぶりなそれを手に入れる。


 ――ただの茄子じゃん。



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