2.とりあえずご対面
アルベルト王子(仮)はカッコ良かった。
ディ・ルーチェでも特に好きなキャラだったんだよね。この主人公だったからこそ、パッケージ買いしたんだもん。ネットで二次創作サイトを回って素敵なイラストを探したりして、脳内補完もバッチリだった。
だから、多分ご本人で合ってる、と思う。
想像以上の美青年だ。
……くっ。こりゃ笑いが止まんねえぜ。
私のあまりの下衆顔に引いたのか、流石のトザムさんも一歩後ずさった。
「こ、こちらの少女が軍師だというのか?」
アルベルト王子は訝しげに眉をひそめつつ私の前に立ち、周囲の頷きを見て取ると、おもむろに跪いた。
「お初にお目にかかります、異世界の軍師殿。グリュンゼン王国第二王子、アルベルトと申します。突然このような世界に呼び出され、さぞ困惑しておいででしょう」
一旦言葉を切り、ひた、とこちらを見上げてくる。
群青のような深い瞳が熱を孕み、私の視線と絡み合った。
――ちょ、叫んでいい?
マジかっけええええええ~!!
「ですが私の全てをかけてお守りし、必ず元の世界にお戻しする、と誓います。貴女が望むものがあれば、どのようなものでも手に入れてみせましょう。ですから、どうか。どうかご慈悲を!」
「分かりました。私に出来ることがあるのなら、精一杯努めさせて頂きます」
「軍師どの……」
王子は見惚れるような身のこなしで立ち上がり、感激をいっぱいに顔に浮かべ、私の両手を取った。
甘いBGMが流れてもおかしくない場面よ、ここ。
吟遊詩人タ・ナーカがいたら、竪琴を爪弾かせたのにな。残念!
「サカタさま!?」
あまりの変わり身にトザムさんが目を剥いてるけど、知ったことじゃない。
枯れた爺さんより若いイケメンに頼まれた方がモチベも上がるのは、当たり前でしょ?
人としてどうなの、それ、とか言わないでね。
今の私にそんな倫理観などない! 主にお前のせいでな!
その後、王宮の一等いい部屋を与えられ、チヤホヤされつつ王妃様と第一王子にも会った。
会う前に着替えも貰ったし、ようやくダルンダルンの部屋着ともおさらば出来た。コルセットが必要なドレスじゃなくて一安心。頭からスッポリかぶり、胸の下をリボンで結ぶタイプのロマンティックな服でした。鏡欲しいな。きっと似合ってるはず。
王妃様はそりゃあ神経細そうな佳人で『薄命』と額に書いてあってもおかしくない見た目だった。
「元気だせ、何とかなるさ」という安請け合いを上品な言葉でぶちかまし、第一王子に目を向ける。
「僕の不甲斐なさのせいで、こんな目に合わせてしまって申し訳ない。さぞ、恨んでいることだろうね」
王子はさっきから、それは申し訳なさそうに俯いたままだ。
いや、私は全然ですよ。
気の毒さでいえば、あなたにかなう人などいませんって。
アルベルト王子の他にも、騎士団長、白の魔道士、黒の魔道士、それに弓兵でしょ。斧使いに、槍使い。あとは、盗賊さんね。私がいつもゲームで贔屓にしていた面子は全員残っていたので、一安心していたところです。
ちなみに騎士団長と斧使い、盗賊さんが男。
黒魔道士、白魔道士、弓兵、槍使いさんが女だ。
みんなそれぞれ個性あふれる素敵な容姿の人ばっかり。ディ・ルーチェ名物『恋模様モード』の発生もじゅうぶん見込める。アルベルト王子を除けば、どのカップリングも好みなんだよね! くう~、楽しみ!
恨んでるとすれば、トザムのじじいだけだ。あいつには、必ず責任を取らせてやる。
「一番辛いのは王子ですよね。私のことは、気にしないでください」
私の声にハッと顔を上げる第一王子。
目があった瞬間を逃さず微笑んでやると、王子は耳まで赤くして俯いた。
か、かわいい。
クラスの男子にこれをやると「なに企んでんの!?」ってビビられることが多かったんだよね。
ゲームではモブ扱いだった第一王子だが、アルベルトとそっくりだった。
眩い金髪に、濃い橙色の瞳。涼しげな目元に、賢そうな口元。鼻梁はすっと通ってるし、気弱そうな表情さえなきゃ完璧だ。
瞳の色と体格がアルベルトとは違う。
長剣使いの弟王子は、鍛え上げられた長身の体躯を誇ってるけど、兄王子はいかにもインドア派って感じ。
「失礼ですが、王子の名前は?」
「ああ。僕は、〇▽*#〇△% という」
ん?
キョトンとしてもう一度聞き返す。
だけど、何度聞いても同じだった。なんて言ってんのか、全然分からん!
隣に腰掛けてる王妃の顔をとっさに盗み見たが、特に動揺はしてない。どうやら、私にだけ聞き取れないようだ。
トザムの説明では、読み書きには全く不自由しないって話だったのに。
私の話す言葉は、彼らには現地の言語に聞こえるんだって。彼らの話す言葉は私には日本語に聞こえるし。これ、すっごい便利だよね! 異世界転移魔法、ぱねえ。
それなのに、王子の名前だけが聞き取れないってことは――。
私は、なけなしの、しかも半分になってしまった脳みそをフル回転させて考えた。
ディ・ルーチェには二つのエンディングがある。
一つは、途中で仲間をロストしてしまった場合の『ぶつ切りEND』。こっちは王城に凱旋したアルベルトの場面であっさり終了。
もう一つが、一人も仲間をロストしなかった場合の『真エンド』。こちらでは、各キャラの後日談まで教えてもらえる。第一王子の名前も、そこで初めて表示されたような……。カ行で始まる三文字か四文字の名前だったような……。
NPCだったから、全然思い入れなくて覚えてない。
第一王子の名前が私にだけ聞き取れないってことは、この世界は『ぶった切りEND』を繰り返してるってことなんじゃないの?
これまでの戦いで、誰かしら戦死してるんだとしたら、きっとビンゴだ。
どっちにしろ、この世界で魔王を倒さないことには、元の世界に帰れないっぽい。
どうしても元の世界に帰りたい、という気持ちは実はない。半分だからだろうね。完全な二次元脳に成り果てた私には、この世界はむしろご褒美だ。
しばらくはイケメンと美女に囲まれた王宮生活を満喫しようっと。
ところが。
色んなシチュエーションのうふふあははを妄想し、ニヤついていた私の前に立ちはだかったのは、『食糧難』という名の現実だった。
それは、その日の夕食のこと。
「え? こ、これだけ?」
「申し訳ありませぬ。これでも、最上級の食材をかき集め、作らせたのですが……」
トザムが冷や汗を流しながら、私に頭を下げる。
同じテーブルについたパーティメンバーの食事を見てみると、私よりも粗末で量も少なかった。アルベルト王子の食事も、他のメンバーと同じ献立みたい。
小さなサイコロステーキのような肉の切れ端に、サラダ。黒っぽくて硬そうなパンに黄色いスープ。
とてもじゃないけど、飽食の時代に生まれた私の口を満足させてくれそうにはない。
ああ、お母さんの手料理が懐かしい。お昼ご飯、なんだったんだろうなあ。
給仕してくれたメイドさんを見ると、みんなそれはそれは細かった。そういえば、着替えのお世話してくれた子たちもそうだったっけ。
スタイルいいな~って感心してる場合じゃなかった。欠食してるんじゃん!
「次から、私の分はいいや。みんなで食べて。あと、明日城を出よう。さっさと魔王を倒さなきゃ、どれだけも持たない」
私の腹と精神力がね。
おそらくこの食糧難は、魔王との戦争が原因なはず。
辛気臭いんだよ、こういうの!
まわりがこうもどんより悲劇色だと、思いっきり妄想も楽しめやしない。せっかくイケメンと美女がずらりと揃ってるのに、会話が明日の食べ物確保メインだなんて耐えられません!
「ぐ、軍師殿……」
私利私欲な考えで口にした台詞だったのに、何故かアルベルト王子たちはキラキラした瞳で私を見つめてきた。
「ち、違うからね! 私は、自分のことしか考えてないんだからっ」
誤解を解こうと言い放った言葉は、更に斧使いさんのツボをついたらしく、短く刈り込まれた頭を抱えて悶絶してる。
そういえば、彼の好みってツンデレキャラだったっけ。
斧使いとの後日談が発生する女騎士がツンデレだったなあ、と思わず遠い目になってしまった。ちなみに彼女はもういない。ロスト組だ。
「いやはや。一度の食事で今の我が国の状態を見抜かれるとは。召喚出来たのが、サカタさまで良かった。ほんとうに。ほんとうに……くっ」
トザムは、瞳を潤ませ感激にむせんでいる。
100年という長い年月、なんとか状況を打破できないものか、と試行錯誤した上での召喚だったんだろう。だけど、私を半分だけ呼び出したつけを、トザムには払ってもらうよ。
ディ・ルーチェのメンバーじゃないし、いざという時の盾に使っちゃおう。
「言っとくけど、トザムも一緒に来てもらうから」
「は? わ、わたくしめも、ですか?」
涙に濡れた目をあげ、しょぼしょぼさせた老魔法使いを見遣り、私はニヤリと唇を歪めた。
「うん。この巻き戻しをなくす為に、試したいことがあるの。これまでの戦いでは、必ず犠牲者が出てた。そうだよね?」
「はあ。残念ですが、それが戦でございますれば」
「巻き戻しのおかげで、その『戦死』もなかったことにされる代わりに、命を落とした者は次のループの始まりに異世界へ飛ばされていく。そういう仕組みなんじゃない?」
「な、なんと! そこまで見抜かれるとは!」
驚愕してるトザムは、まさか自分が弾除けに使われるとは思ってないみたい。
ふふふ。哀れよのう。
「今度こそ、誰ひとり失うことなく魔王を討とう! この方法で巻き戻しを防ぐの。欠けることのない仲間の絆。それこそが、魔王を封じる為に必要なはず!」
私の大げさな宣言は、アルベルト王子達にいたく気に入られたようだ。
「やるか」
「おう、今度こそ!」
「私も全力を尽くします」
それぞれ高らかに戦意表明をして、士気を上げている。
よしよし。その調子で頑張れよ。
賑やかになった大広間で、トザムだけがじっと私を見つめていた。