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1.半分だけトリップ

 「つ、ついにやった!! やったぜええええ~!!」


 私は小さな液晶画面に表示された評価一覧を凝視し、勝利の雄たけびを上げた。


 『攻略スピード――Sランク

  自軍養成―ーSランク

  資産評価――Sランク

  メンバー幸福度――Sランク』


 小学4年生の時に、初めて自分のおこずかいで買ったシミュレーションRPGゲーム【ディ・ルーチェ~魔王討伐の導き手~】

 カッコいい男キャラが多そう、という完全にパッケージ買いだったわけだけど、やり込み要素もたっぷりでかなり面白い作品だった。もう6年も前の話です。

 今ではもう誰もやってない時代遅れの一人用ゲームを、今では誰も持ってない三世代くらい前のハードで来る日も来る日も、時間があればプレイした。

 そしてとうとう。

 長すぎる歳月を経て、ようやく最難関モードを全て到達度Sランクでクリアいたしましたっ。


 

 エンディングだけなら、買って3か月くらいで目にしていた。

 だけどそれは、所謂ノーマルエンドと呼ばれるもので、キャラクターたちの後日談は表示されなかったのだ。こつこつとレベルを上げながら各種のイベントをこなしてきたのに、尻切れトンボな終わり方しか見ることの出来なかった私の、負けず嫌い魂に火がついた瞬間でもあった。こうなったら、とことん高みを目指してやるぜ。


 ゲーム制作に関わった人たちの名前が、延々とローマ字表記で流れていく。

 目がチカチカしてくる仕様なのでスキップさせたいのだが、どんなボタン操作も受け付けない。『俺たちの作ったゲーム、どやぁ! 面白かっただろ? しっかり名前を目に刻みつけろよ!』といわんばかりだ。しかもなぜかローマ字表記なので、なかなか頭に入ってこない。かろうじてTANAKAの文字だけを捉えることが出来た。長時間のプレイで目が弱っているせいもある。日本語で表記しろよ! 一人毒づきながら、目頭を揉んだ。

 

 早く、早く! せわしなく指で太腿を叩く。なんだよ。エグゼクティブプロデューサーって。何人プロデューサーがいるんだよ。スーパーアドバイザーとか知らねえよ。早く結果を見せろ。

 この隙に着替えとこうかな、とちらっと思ったけどやめておいた。

 前に一度それをやったら、見損ねちゃったんだよね、評価画面。本気でゲーム機をぶっ壊そうかと思った。遡って確認するシステムなんて便利なものはない。


 

 そしてようやくついさっき。

 私は、求め続けていた達成感を得ることが出来たんです。

 6年だよ、6年。

 私、もう高二だからね?

 途中から完全に意地になっていたと思う。

 はあ~。我がゲーム人生に悔いなし! 面白かったよ、ありがとう!

 これで心置きなく、流行りと男のケツを追う女子高生に戻れる。ダイエットや美顔にも真剣に取り組まなくちゃね。これからは、女子度Sランクを目指そうっと。


 「とわこ~! 休みだからっていつまで寝てるの。もうお昼だよ? ご飯出来たよっ」

 「ういっす。今行くってえー」


 立ち上がり、ウーンと伸びをしたところで、私の意識はブラックアウトした。




 


 気づけばそこは神殿(推定)の中だった。

 足元には魔法陣、のようなもの。私をぐるりと取り囲むように白いローブ、頑丈そうなぶっとい杖を持った年配のおじさま達がわんさかいる。


 「おお。ついに。……ついにやりましたぞおおおっ!!」


 一番存在感のある白髭たっぷりお爺さんが叫ぶと、周囲から割れんばかりの歓声が上がった。お爺さんの隣のチョイハゲおじさんなんて、感極まったように泣き出している。

 私はポカンと口を開けたまま、馬鹿みたいに立ち尽くした。


 「あ、あのー。ここってどこですか?」


 ねえ。

 か弱い女子高生が質問してんのよ。誰でもいいから説明して。

 お互いの肩を抱き合って称えあったりするのはもういいから。置いてきぼりにすんじゃねえ。


 「おお、流石は軍師殿。真っ先にご自分の置かれた状況を把握しようとなさるとは。いやはや、このトザム、感嘆いたしましたぞ」

 

 おじさん軍団の中心にいる、白いふっさふさの髭を顎の下に蓄えたおじいさんは、どうやらトザムって名前らしい。

 っていうか、質問には答えてくれてないよね。

 その髭に全体重かけてぶらさがるぞ、コラ。

 私の表情を素早く読み取ったのか、トザムさんは両手をあげてまあまあ、と私を押さえるジェスチャーをしてみせた。


 「このような場では落ち着いて話も出来ますまい。どうか、この爺と共に来て下され。タッド、王子ご一行に伝令を。とうとう召還魔法が成功したと」

 「ハッ。ただいま」


 額が常人の倍くらいあるチョイハゲおじさんは、ハンカチで涙を拭いながら深々と頭を下げた。そして懐から一枚の紙を取り出して、何やら書きつけていく。

 手紙、かな。どうすんのかな、と見守っていると、なんともう片方の手をかざしてボッと燃やしてしまったのだ。


 な、なに今の。

 火だと思ったけど違ったのかな。だって、全然やけどした様子がない。


 「さあ、じきに殿下とその仲間たちも城に集まってくるでしょう。先に陛下への謁見を済ませてしまいましょうぞ」

 

 トザムさんは、いそいそと皺くちゃの手で乙女わたしの柔肌を掴んだ。おいっ。そこ二の腕! 女性の胸の柔らかさを知りたい時はその子の二の腕の内側を触るといいんだって、な二の腕よ! 

 

 「ちょ、やめてよ。歩けるから」

 「いえ、ここで軍師殿に逃げられては我ら100年の請願せいがんが白紙に戻るのです。しばしのご辛抱を」


 この爺さん、クソつええ!!

 振りほどこうを身をよじっても、びくともしない。

 私はだるんだるんのTシャツに、お兄ちゃんのお下がりというハーパン姿でお城へと連れ去られた。

 王様に会うというからには、綺麗なドレスとか着せられちゃって、綺麗な宝石とかもつけられちゃって。やだ、これが私!? 夢みた~い、な展開かと思いきや。

 なんと着の身着のまま裸足のままで、王様の前に引きずり出された。


 周りにずらりと立ち並んでいるのは、ロングコートにすらりとしたズボン姿の貴族っぽい人達。王様の頭の上には重たそうな王冠、肩からは仰々しいマントがびろーんと垂れ下がっている。さすがの私も、頬が熱くなりました。なんじゃ、この羞恥プレイ。


 「おお、そなたが!」


 ところが王様は、私の無礼極まりない部屋着姿に怒るどころか、膝を折りそうな勢いで私の前までやってきた。両手をとられ、押し頂かれる。


 「よくぞ応えて下さった。どうか我らを御救い下さい」

 「……なんの話ですか」


 よく分からんけど、この流れはヤバイ。

 逃げたい、と本能的に思ったけど、クソじじいはぴったりと私の隣に張り付いている。逃がすものか、という凄まじい気迫が感じられた。


 「もちろん、その説明からですな。トザム。軍師殿にアレを見せてやってくれ」

 「御意」


 トザムさんは、右手に持っていたごつい杖を一振りした。その途端、私の頭の中に映像が流れ込んでくる。目を開けたまま夢でも見てる感じ。正直、気持ち悪い。


 「我がグリュンゼン王国は、この100年というもの、未曽有の危機に晒されておるのです」


 こうして延々と語られた話の半分も、私は聞いちゃいなかった。

 何故ならそれは、たった今クリアしたばかりのゲームの内容とそっくりだったからだ。

 脳裏に次々に映し出される人物にも、めちゃくちゃ既視感デジャブを感じる。いや、現実逃避はやめよう。例のゲームキャラ紹介にしか見えない。

 

 魔物に乗っ取られた隣国ガラティアの皇帝。突然始まった侵攻。慌てふためく王国軍。あれよあれよという間に王都にまで侵入を許したものの、第二王子であるアルベルトが立ち上がり、魔を討つという伝説の宝剣を探し求めて旅に出る。

 友情、裏切り、そして恋。長い月日をかけて、ようやく悪の皇帝の元にたどり着く。ところが、魔物は討たれる直前、皇帝の体を捨てアルベルトの兄である第一王子に憑依してしまうのだ。


 『俺ごと討て、アルベルト』

 『そ、そんな! 出来ないよ、兄さんっ!』

 『今なら、まだ間に合う。俺が完全に魔に喰われる前に……お前のその手で楽にしてくれ、我が弟よ……』

 『――うわあああああぁぁっ!!』


 みたいなクライマックス。うん、まあお約束だよね。

 聖剣で実の兄を討ったアルベルトは、勇者の誉れと次期国王の座を手に入れて、王都に凱旋するところでエンディング。

 そういえば第一王子は名前すら出てこなかった。扱いが雑過ぎる。だから魔王の器にされちゃうんだよ。ぶっちゃけ、ゲーム製作者の第二王子至上主義のせいだからね!


 RPG世界にトリップさせられたらしいと分かり、私は溜息をついた。

 どうせ夢オチだろうけど、一応主張してみよう。


 「いや、無理です。家に帰らないと、親も兄弟も友達も心配するんで。拉致とかマジで勘弁して。無理やり連れてこられた私が、あなた達に素直に協力すると本気で思ってるなら終わってますよ」

 「終わってないからこそ、問題なのですっ!」


 トザムさんはくわっと目を見開き、もう一度杖を振った。

 今度はみんなの前に巨大な半透明のスクリーンが現れる。

 そして、そのスクリーンに映ったのは、なんと私だった。この展開はさすがに予想してなかった。今の私と全く同じ格好で、部屋で大きく伸びをしている。そのままTシャツをめくりあげ、着替えようとし始めたので大慌てでエロじじいの髭を引っ張った。


 「これは失礼」


 パチン、とトザムさんが指を鳴らすとスクリーンは消えた。

 な、なんだったの、今の。もう一人の私がいたよ。

 ここに呼び出される直前の状況と同じ感じで、のんきに着替えようとしてたよ。


 「軍師殿にはあちらの世界での生活がございます。ですから、私どもは軍師殿の『一部』をこちらに呼び出したのでございます。今ご覧に入れたように、あちらの世界のあなた様が消失したわけではございません。加えて、我々には軍師殿におすがりするしかない切羽詰った理由もございます」


 トザムさんの長ったらしい説明を要約すると、こうだった。


 第一王子ごと魔物を封じると、何故か時が巻き戻るらしい。

 凱旋を終え、アルベルトが戴冠式を迎える日。そこから先にこの世界の時は進まない。関係者は全員、戦いの記憶を持ったまま戦いの始まりまで戻される。戻される度に、1人ずつ仲間が消えていく。前回92回目の討伐を終え、本来なら100人いた仲間は現在8人にまで減っているそうだ。

 8人って!

 最終決戦に挑むことの出来る最低パーティ人数だよ、それ!

 次失敗して7人になったら、まああくまでゲームの中の話だけど、そもそも魔王のいる城までたどり着くとこすら出来ないと思います。

 

 最初に消えたのは、吟遊詩人のタ・ナーカだったらしい。


 「消えたタ・ナーカの消息を辿って、わたくし共は軍師殿の世界にたどり着いたのです。タ・ナーカはこの世界での話を【げえむ】とやらに変えて生計を立てた模様。結果、貴女様の世界に一つの物語としてこの争乱が伝わったのではないか、と」

 「――はあ。そうですか」

 「そこでわたくし共は考えたのです。この【げえむ】というのはどうやら戦術盤らしい。見事な戦術をもってして【げえむ】の中で魔物を倒された方を軍師に迎えれば、この状況を打破できるのではないか、と。そして探し当てたのが、あなた様なのです」


 私は、話が途切れたのを見計らって大きく息を吸い込んだ。


 「あ」

 「あ?」


 「あほかあああ~っ!! でっきるわけないでしょ!! それだけの理由で私を呼んだの!?」


 ゲームにはね、リロードっていう便利なシステムがあんのよ。まあ、【ディ・ルーチェ】にはなかったけど。だからこそ、Sランククリアするまで6年もかかっちゃったけど。

 だけど、ここが現実世界だとするなら。

 私が背負うのは、実際の人の命の重みだ。ふざけんな。


 「ふざけてなどおりませぬ。どうか、どうか落ち着いて下され。それだけ、と仰いますが、この世界を模したあの【げえむ】を誰よりも粘り強く戦い抜き、そして見事な評価で勝ち抜けられたのは、阪田さかた 十和子とわこ様、だた御一人なのでございます」


 ――マジですか。


 ああ、あんなレトロゲーに6年も費やすんじゃなかった。

 めちゃくちゃ時間を浪費した上に、わけわからん架空世界に拉致されるとか。

 なんなの、これ。ひどすぎない?

 思い切り叫んで、ヒステリーという女の切り札をドローしてやろうと思ったところで、はたと気がついた。


 あれ。私、たいして動揺してなくね?

 なんで『まあしょうがない。いっちょやってみるか』な気分になってるの?


 「一部だけ召還、ってなに。ちゃんとそっちも説明して下さい」


 私が本当に言いたかったのは「このクソじじい! 私に変な魔法かけたんじゃねえだろうな!」だ。

 だけど、なけなしの常識をかき集めてみた。王様の前だし、不敬罪っていうの? そういうのでいきなり牢屋にぶち込まれても嫌だし。


 「もちろんです、えー、サカタ様、とお呼びしても?」

 

 そこはサ・カータじゃないんだ。


 「いいですよ」

 「では、サカタ様。もう一度、こちらをご覧下され」


 トザムさんは、杖を空中にかざしてもう一度さっきのスクリーンを呼び出した。

 画面には、ワンピース姿の私が机に向かって勉強している画面が映し出されている。


 な、なんですって!?

 この私が、自主的に勉強をしている……だと……。


 「サカタ様の人格から、【げえむ】及び【にじげん】にまつわる部分だけを抜き出し、こちらの世界に具現化したのでございます。ですから厳密に言えば、今のサカタ様は以前のサカタ様と全く同じ人物ではない、ということになりますな。いうなれば、半分本人、というところでしょうか」


 ふぉっふぉっふぉ、とトザムさんは笑った。

 何がおかしいのかな。

 なーんにもおかしくないんだけど、これって私がおかしいの? やだもう、てへぺろおおおおっ!!


 「うっ。お、おやめ下されっ!!」


 髭に全体重をかけてぶら下がってやったわ。

 あわてて周りにいた兵士っぽい人たちに引きはがされる。

 私が悪いのか!? こちとら被害者じゃ!! ゲーム+二次元だけで構成したって、クズ人間じゃねえか!(言い過ぎ) マジでぶっ殺す!!(これは本気)


 私がメラメラと殺意の炎を燃え上がらせたその時。


 「トザムッ!!」


 大広間の扉がばああーんっ、と大きな音を立てて開け放たれた。


 「軍師殿の召還に成功したというのは、本当か!!」


 そこには、私が6年にわたって動かしてきたメインゲームキャラ・アルベルト王子(仮)が立っていました。



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