【20】 船底くぐり
危惧している事がある。
彼女なら自分を助けるために、自ら『銀の海獅子』号へ来るかもしれないと。
『絶対に、来るな』
東の空が白んでいく様を、アドビスは祈りながら見つめていた。
リュニス近衛兵団長クライラスが来た時、反対にその身を拘束して『銀の海獅子』号をアノリアから退去するよう勧告してもよかった。
だがアドビスは何の権限もない、いち海軍士官である。
表向きは公表されていないが、リュニスの第二皇子ロードとアノリア領主は親交が厚く、そのおかげでリュニスとエルシーアの領海は互いに侵攻されることもなかった。よって重要な拠点港であるにもかかわらず、アノリアにはエルシーア海軍の常駐する軍艦は一隻も配備されていなかった。
港はリュニス群島国向けの奴隷船が何隻も立ち寄り、彼等相手に商売する店ばかりが増え、街にはリュニス人が住む区画もできていた。
エルシーアという国でありながら、この街はリュニスに浸食されつつあった。
だからアノリア領主にリュイーシャ達の保護を訴えても無駄であることは目にみえていた。いや、きっと反対に彼女達は海賊に攫われていたのだから、元いた場所――ロードの船に乗せるべきだといわれるのが関の山だ。
リュイーシャ達はまだ無事だろうか。
いや、無事だからこそ『銀の海獅子』号は夜明けが近くなったというのにまだここにいる。
アドビスは夜通し縛られて強ばった両腕に力を込めた。だがロープはゆるむことなくびくとも動かない。
リュニス人はとかく野蛮だ。客のもてなし方がなっていない。
アドビスは『銀の海獅子』号のフォアマスト(船首より一番目)の下から数えて二番目の帆桁の端に吊されていた。
正確には、帆桁から吊り下げられたロープで両腕を縛られ、足も足首で別のロープで縛られた上におまけとして砲弾が二つ括りつけられていた。
固定しているロープを切れば、まっ逆さまに足元の海に落ちるという寸法だ。
それはまるで船上で絞首刑に処せられ、見せしめのために放置された、哀れな罪人のようであった。
むしろそう見えるようにしたいのであろう。
その割に、アドビスの濃紺の軍服の上着を剥ぎ取るあたり、エルシーア海軍士官であることは周囲に知られたくないらしい。
「よく眠れたかな」
甲板を歩く長靴の音と共に、暗紫色の外套を風にはらませながら、額に金の環を戴く男がやってきた。
年は四十代を少しすぎたぐらい。威風堂々と風を切り、黒い上等な上着に金色の凝った装飾がされた幅広の剣を腰に帯びている。
アドビスは返事をせず黙ったまま、白んできた空から消えようとする明星を見ていた。
「お前がリュニス語を話すというのはクライラスから聞いている。言葉がわからない振りは通じんぞ」
軍隊の指揮官のような出立ちの男は、アドビスの足に括りつけられた砲弾のロープを掴んでひっぱった。
なるほど。
この男がリュニスの第二皇子ロードか。
アドビスは視線を下に落とした。
「……では訊ねるが、意味もなくエルシーア海軍士官を連行し、リュニスの船に拘束することは違法ではないのか? 私はこの行為を誘拐とみなし、そちらの皇帝に強く抗議する!」
「……くく……ははは」
額に金の環を戴いた男――リュニスの第二皇子ロードは、背中をそらせて笑い声をあげた。
「リュニス皇帝はここにいる。この俺だ。まもなくそうなる」
「……」
ロードは船縁へ歩み寄り吊されているアドビスへ近付いた。
「あの姉妹をどこへ隠した。死にたくなければさっさと言え」
「お前の部下に言った通り、二人はとっくに私の船を降りた」
「それはさんざん聞いて聞き飽きた。その先を話せ!」
「わからない。きっとアノリアの街のどこかにいるはずだ」
アドビスは風に任せるまま乱れた濃い金髪を振りながら、不敵な笑みを浮かべてロードに言った。
「アノリアは決して大きな街ではない。地の利のないリュニス人の幼い姉妹、探せばすぐに見つかるんじゃないのか? それなのに、一昼夜もかかって見つけられないあなたの兵は、こういってはなんだが、無能ばかりのようだ」
「……き、貴様!」
海風に紫苑の外套を舞わせながら、ロードが顔を紅潮させたかと思うと、彼は腰の剣を抜きはなった。
重量がある青白い刃は幅広くて輝きは鈍い。
ロードの剣は物を切断するのではなく、その重さで叩き潰す類いのものだ。
鎧など重装備をした相手と戦うための剣で、何度も鍛えた鉄で作られているので滅多な事では折れない業もののようだ。
――本当に野蛮だな。リュニス人は。
流石にそれは口に出さなかったアドビスだが、ロードを怒らせた所で今の状況は何も変わらない。いや、怒らせた分だけ少し悪くなったか。
ロードはかん高いリュニス語で何やら悪態を叫んでいる。
リュニス語の悪口は全部知っているわけではないので大半は聞き流せる。
と、アドビスは目の端で動くあるものを凝視した。船だ。
アノリア港の西端にいる『銀の海獅子』号と、アドビスのフォルセティ号。両者の間は帆走しても三十分はかかるくらいの距離が離れている。
そのフォルセティ号が三本のマストにすべて白い帆を上げ、船首をアノリア港とは逆の方向――外海に向けて動きだしている。
「ロード殿下! フォルセティ号が出港しようとしています!」
そういいながら後部甲板から船首甲板へと走って来たのは、リュニス近衛兵団長クライラスだ。黒い外套と一つに束ねられた淡い金髪をなびかせながら、彼は主の元へと疾風のように駆けてきた。
「どういうことだ。クライラス!」
ロードは抜き身の剣を握りしめたまま、甲板に膝をついたクライラスを睨み付けた。
「わかりません! 港の待機部隊から連絡を待ってますが、いまだ何も報告が来ないのです」
太陽はまもなく水平線から姿を現わし、暗い海を輝きで満たすだろう。
紫色になった空と、帆を上げて外海へと舳先を回すフォルセティ号を見つめながら、アドビスは込み上げてくる笑いを一人噛み潰した。
――リュイーシャ達が船に戻ったら、直ちに出港してアスラトルへ帰れ。
ここに連行される前に副長シュバルツにはそう命じておいた。
やれやれ。
これでひと安心というべきか。
「おい。何を笑っているんだ? お前の部下は、お前がここにいるのを知っていて船を出港させたのだぞ!」
下からロードが叫んでいた。
いい加減、そのぶっそうな抜き身はしまえばいいものを。野蛮人め。
「そのようだな」
「そのようだな――って、さては、まさか!」
クライラスは血相を変えてロードに言った。
「ロード殿下。ひょっとした姉妹はやはり、フォルセティ号に隠れていたのかもしれません。それをあざむくためにこの男は、我々にわざと連行されたのでは……」
ロードの顔つきが見る間に険悪なものへと変貌した。
茶色の髪を振り乱し、わなわなと唇を震わせ、その視線は焦るように、徐々にアノリア港を離れていくフォルセティ号へと注がれた。
「追え。何としてもあの二人を連れ戻すのだ!」
「はっ!」
クライラスが畏まって頭を垂れる。
そしてさっと立ち上がると「出港だ! 錨を上げろ! 急げ!」と兵士達に命じながら船尾の後部甲板の方へ向かい走り去る。
その時、『銀の海獅子』号の右舷側で見張りをしていた兵士が叫び声を上げた。
「船籍不明の船が接近してきます! 本艦の右舷側……!」
「錨を早く上げろ! クライラス! フォルセティ号を早く追え!」
ロードはいらいらとクライラスの後を追って甲板を走り出した。
一人帆桁に吊されたアドビスは、『銀の海獅子』号に近付いてくる一隻の船に釘付けになっていた。
まだ夜が明けきらない薄紫の暗い闇から、濃紺の帆を張った三本マストの武装船が西風を受けて物凄い早さで帆走してくる。
嵐の時のように舳先を海中に時々突っ込ませながら、船体に腕が生えて水をかくように派手な飛沫をあげて走っている。
まるであそこだけ追い風が吹いているようだ。
一方、『銀の海獅子』号は、その巨艦故に動きがのろい。
三層の甲板にそれぞれ三十門の大砲を備えているせいで、とてつもなく重い船なのだ。
やっと錨を上げたようだが、帆はまだ帆桁に巻き付けられたままで、それを解くのにもしばし時間がかかりそうだ。
◇◇◇
「へぇ……リュニスのオジサン皇子様は、本当に品性のカケラもない野蛮人だね。アドビスを『船底くぐり』にするなんて、時代遅れもいいとこだ」
風に乗って海を疾走する青い帆の武装船は、月影のスカーヴィズの持ち船であるガグンラーズ(勝利する者)号だった。
スカーヴィズは一つに束ねた青銀の髪を波濤のようになびかせながら、望遠鏡でロードの『銀の海獅子』号の様子をのぞいていた。
「船底くぐり……?」
リュイーシャはロードの黒い『銀の海獅子』号を見つめながら、隣の舷側に手をついて、半ば身を乗り出すようにしてアドビスの姿を探した。
リュイーシャは長い髪を一つの三つ編みにして、スカーヴィズから借りた白いブラウスと細身の黒いズボンをはき、足は裸足になっていた。
アドビスをロードの船から助けるために、リュイーシャは単身、スカーヴィズの船に乗り込んでいたのだ。
スカーヴィズは海賊なので、その手下達も当然海賊だ。
彼等は皆、個性的な格好をしていた。てっとりばやい言い方をすれば、海賊稼業で手に入れた略奪品を好きなように好きな格好で身につけていた。
舵輪は大柄で背の高い、赤銅色の髪をした若い大男が握っていた。まるで熊のように大きくて、針金みたいに鋭い髭を生やしている。
男はちらりとリュイーシャの方を見たが、スカーヴィズが気をとられるんじゃないといわんばかりに睨み付けると、再び舵取りに専念した。
望遠鏡で様子を探りながら、スカーヴィズが言った。
「『船底くぐり』は、元は海賊が始めた刑罰なんだけどね。罪人の足に砲弾を括り付けて帆桁の端から吊るし、その縄の一方を前方――船首の船底から竜骨に沿って船の後方――船尾までくぐらせてから、吊していた方とは反対側の帆桁に回すんだ。綱を引っ張れば、哀れな罪人は海に落ちて、そのまま船の下をくぐり再び帆桁の反対側へ吊るし上げられる」
リュイーシャは『銀の海獅子』号を見ながら、その刑罰の残酷さにぞっとした。
「船の下って……ロードの船は約六十リールはある大型船。それだけ長く息を止めることができるのかしら」
スカーヴィズは望遠鏡から目を放して、小さく溜息をついた。
隣で舵を取る赤い熊の男が、リュイーシャに向かって説明した。
「お嬢さん。船底くぐりで溺れ死ぬ奴は運がいいんだよ。あんたは知らないだろうけど、船の底は貝殻やら海中生物がびっしりとはりついていて、いわば岩礁みたいになっている。そこをずりずりひきずられるんだ。船尾から引き上げられた罪人の体は引っ掻き傷だらけで、赤いボロ切れのようになるんだぜ。はははっ!」
「……ティレグ!」
スカーヴィズが赤熊の男の名を強い口調で呼んだ。
「や、すまねえな。船長。俺はこのかわいらしいお嬢さんに、『船底くぐり』の現実を教えてさし上げただけですぜ」
「……」
リュイーシャはぐっと両手を握りしめた。唇が震える。
「あの方をそんな目に合わせたら、私はロードの船を必ず沈めます」
「おお、怖い怖い」
舵輪を握るティレグはおどけたように肩をそびやかした。
スカーヴィズは望遠鏡をぴしゃりと折り畳んだ。
「リュイーシャ、そろそろ準備をして。間もなくロードの船に接近するから」
「はい」
リュイーシャはうなずいて、スカーヴィズと共に舵輪のある船尾楼から階段で下に降りた。
「ヴィズル! 銃と火薬を持ってきて!」
「はい船長!」
上甲板に下りたスカーヴィズは、そこで待機していた子供に向かって手を伸ばした。
リュイーシャはその光景に一瞬驚いた。
灰色がかった銀髪の小さな子供が、自分の背丈を遥かに超える長銃を持ってぱたぱたと走ってきたからだ。
年の頃は五、六才にみえるが、もっと幼いかもしれない。子供は褐色の肌に夜の闇を思わせる、深い青色の瞳を輝かせながら、得意げにスカーヴィズに銃と火薬の入った革袋を差し出した。
「よし。さ、危ないから、あんたは下に下りてるんだよ」
「うん!」
スカーヴィズはくしゃりと子供の頭を撫でて、小さな肩を押しやった。
子供はリュイーシャに白い歯を見せてにやりと笑うと、裸足で甲板を駆けながら、下に降りる昇降口へあっという間に姿を消した。
「寄せるぜ、船長!」
舵輪を握るティレグが一気に『銀の海獅子』号の右舷側へと近付づけた。
同時に、ガグンラーズ号の左舷側の砲門蓋が船首方向から順番に開く。そこからは配置についた手下達が、一斉に鈍色に光る大砲を押し出した。
『銀の海獅子』号は沖へ向かうフォルセティ号を追うため、ようやくすべてのマストの帆を展帆しだしたが、満足に広げられているものは一枚もない。
西風を受けても帆はそれらをはらむことなく、洗濯物のようにただはためいているだけだ。
けれどガグンラーズ号の接近に気付き、『銀の海獅子』号も一斉に右舷側の砲門蓋を開いた。
ガグンラーズ号の大砲がおもちゃのように見える程、重厚で破壊力がありそうな大砲が、足並み揃わぬ様子で一つ二つと外へ押し出される。
だがガグンラーズ号はそれにひるむことなく近付いていく。
その距離、三百リール……二百リール……百五十リールを切ったところで、スカーヴィズは発射命令を叫んだ。
「今だよ!」
ガグンラーズ号の大砲が一斉に轟き、それらは白い煙を周囲にまき散らしながら『銀の海獅子』号の甲板めがけ飛んでいく。
煙幕だった。
同時にスカーヴィズは、ガグンラーズ号の左舷舷側で銃を構え、アドビスを帆桁に吊り下げているロープを二本撃ち抜いていた。
『銀の海獅子』号に接近したガグンラーズ号は、もう一度煙幕を発射した後、そのままかの船を追い抜き、外海に向かって帆走を続けた。
一方リュイーシャは、アドビスが吊されていた帆桁から海に落ちたのを見て、ガグンラーズ号の舷門からためらうことなく海へ飛び込んだ。
リュイーシャの腰には細いロープが括りつけられていて、その端はガグンラーズ号の後部甲板に設置されている巻上げ機に固定されている。
リュイーシャはただひたすら『銀の海獅子』号を目指して泳ぎ続けた。
――急がなくては。
アドビス様は両手両足を縛られていた。
あれでは満足に泳ぐ事もできない。力尽きたら溺れてしまう。
泳ぎは得意だ。潜水だって多分十分ぐらいまでなら頑張れる。
けれど夜明け前の海は、まるで故郷クレスタの北の浜の先にある、『海神の嘆き』と呼ばれる海のように青暗く、それがリュイーシャの視界を遮っていた。
けれど真夜中ではないので、朧げだがロードの『銀の海獅子』号の船体が黒く横たわる影のように見えてきた。
リュイーシャは懸命にアドビスの姿を探した。
――アドビス様。どこですか。
一体どこにいらっしゃるのですか!
リュイーシャは『銀の海獅子』号の落とす影の中を海底目指して泳ぎ続けた。心の中で何度も何度もアドビスの名を呼びながら。
暗い。
何も見えない。どこまでいっても青い闇しか見えない。
リュイーシャは気も狂わんばかりに辺りを眺めた。
もう少し港に近い湾の中なら、水深はさほど深くない。けれどロードの大型軍艦が座礁せずに浮いていられるこの海域は、きっと湾の倍――いや、それ以上の深さがあるだろう。
海に飛び込んでからどれくらい時が過ぎただろうか。
リュイーシャ自身も息苦しさを感じ始めた。限界が近付いてくる。
唇から漏れた息の泡がゆっくりと海面に向かって上がっていった。上はきらきらと白い光が小窓のように輝いている。
太陽が昇り始めているのだ。
だがそれが上がりきるまで、リュイーシャにもアドビスにも待つ時間はない。
――アドビス様! お願いです!
どこにいらっしゃるのか、どうか応えて!
リュイーシャはひたすら潜り続けた。
絶対にアドビスを死なせるわけにはいかない。
でないと自分は、本当に大切なものを永遠に失ってしまう。
この海の底のように深い深い悲しみに囚われて、二度と浮き上がる事ができなくなってしまう。それだけは、心臓の鼓動のように確信できる。
暗き水をかき分けて、腕に力が入らなくなるのを無理矢理動かし、リュイーシャはひたすらアドビスを呼び続けた。
そのうち、リュイーシャの右手にはめている海色の指輪が、いつしか小さな明かりを灯し始めた。まるでリュイーシャの祈りに応えるように。
母ルシスが海に帰された時、幼いリュイーシャは次代の巫女として認めてもらうため、海神の深い嘆きが沈む海へと落とされた。
あの時も指輪が導きの光を放って、自分の行くべき所を指し示してくれた。
――青の女王様。
私は島を離れてもあなたにお仕え続けます。
そして役を終えた時は、その魂をあなたに捧げます。
ですから、どうかあの方を私にお返し下さい。
返して下さい!
リュイーシャははっとした。
指輪の水色の光が一方向に収束して、矢のように足元の海底を指し示したのだ。
同時にその光を受けて、別の光が明滅した。
まるで一度に七色の輝きが放たれたような、とても眩しい光がリュイーシャの願いに応えるように光ったのだ。
リュイーシャは光を目指して潜り続けた。
七色の光は赤や白。淡い緑、紫と、変化しながらリュイーシャを呼んでいた。
その光はやがて海の底に沈みつつあるアドビスの姿をも照らしていた。
リュイーシャは一気にアドビスへ近付いた。
アドビスは縛られた両足を動かして泳ぎながら、同じく縛られた手首を口を使って解こうとしていた。けれど砲弾を括りつけられているため、彼の体はひたすら海底へと落ちていく。
リュイーシャはアドビスに近付いた。
指輪の光に気付いたアドビスが顔を上げる。
リュイーシャはズボンの上からベルトで固定してあった短剣を引き抜くと、一気に潜って、アドビスを沈めようとしている砲弾のロープを切り離した。
砲弾はみるみる海底の暗き闇へ吸い込まれるように落ちていった。
同時にリュイーシャの指輪の光はその明るさが弱まっていった。
そしてついにきらりと名残り惜しむように一度だけ光った。
その光の中で二人は視線を交わした。
互いの無事を確かめあうように、ただ見つめ合った。
『私につかまって下さい』
リュイーシャはアドビスの体を抱きしめ、腰に結んだロープを強く二度引っ張った。
これを合図にガグンラーズ号がリュイーシャの体を海上までひっぱってくれるのだが、二人の息はもうほとんど限界だった。
絶対に離さない。
絶対に死なせない。
執念にも似た思いでリュイーシャはアドビスの体に手を回したまま、ひたすら遠い海面に向かって泳ぎ続けた。
もう駄目かもしれない。何度そう思い、だがそれを否定しただろう。
リュイーシャの視界を闇が覆い、ちかちかと星が瞬いて見えた頃――。
リュイーシャの体を誰かが上へと押してくれたような気がした。
見えない手が子供をあやすように、やさしく――。
気付くとそこは波頭が煌めく海上だった。




