夢→現実
「なあ、おまえさ、将来、どうなりたい?」
ぼんやりと遠くを眺めながら、泰介が訊いた。
こいつ、またおかしなことをいい始めたぞ──そうは思いつつも、翔は暇をもてあましていたので、自身も遠くを見ながら、正直に答える。
「そりゃあ、嫁さんもらってだな。子どもも欲しいよな」
「おまえ、夢見がちだなあ」
まったく同じテンションで、泰介がいう。翔はかすかにむっとして、彼に目を向けた。ひどく遠くを見ているようで、なにも見ていないようでもある。あまりにもうつろな瞳だ。
「俺がいってるのはさあ、もっとずっと先の……や、どうかなあ。もしかしたら、そんなに先じゃないのかもな。とにかく、あれだ……終わりの、ことだよ」
「終わり」
その言葉に、ぴんときた。終わりのこと──それは誰もが、一度は考えることだ。
翔は泰介から目を逸らし、彼の見ているものと同じものを見ようと、思いを馳せた。
「そうだな……やっぱり、焼かれたいな」
想像する。美しく焼かれる、自分の姿を。それは芸術といっても過言ではない。いや、芸術でなくてはならない。
「そうだよなあ」
泰介は同意した。うっとりとした声で、続ける。
「やっぱ、丸だよなあ」
「ああ、そこは譲れないよな」
伝え聞く、丸いフォルムを脳内に思い描く。そしてふと、いやな噂を思い出した。
「オレはさ、正統派がいいんだ。最近はBP入れるらしいだろ。どうなんだ、それって」
「BP?」
何をいっているのかわからないという顔で、泰介が振り返った。
「ベーパウ?」
「そう、それだよ。オレはどうしても、納得いかないんだ」
「そうかなあ。むしろ俺は入れて欲しいなあ。それでより、上質になるんならさ」
翔は目を剥いた。長年悪友をやっているが、まさかここまで違う思想を持っているとは思わなかった。
「おまえ、真剣に考えろよ。行く末はオレらの代わりに、チョコとかマシュマロとか、そういう発想になるんだぞ? それじゃ、本末転倒だろうがよ」
「そんなに熱くなるなって。赤くなってるぞ」
翔は舌打ちした。泰介が話を振ってきたというのに、軽くあしらわれるのでは面白くない。
「夢ぐらい、語らせろよ。とにかくオレは、正統派の丸以外、認めねえよ。できれば、屋台のな」
「ふふ」
思わずといった調子で、泰介が笑う。翔はかっと顔を赤くして、彼をにらみつけた。
「なんだよ」
割に合わない。訊くから、答えてやったのに。どうして笑われなければならないのか。
しかし泰介は、なおも小さく笑った。それから、眩しいものを見るかのように、すっと目を細めた。
「おまえさあ、かっこいいよ。俺、実はさ、丸く焼かれればなんでもいいと思ってたんだ。それこそ、屋台だろうがご家庭だろうが……なんでもさ。でも、そうだよなあ。夢はでっかく、だよな」
「……ふん」
翔はそっぽを向く。それぐらいでは許してやる気にはなれなかった。半分は照れ隠しだったが、それこそ気づかれるわけにはいかないので、泰介に背を向ける。
その視線の先で、小さな壺を見つけた。
わざとぶっきらぼうに、壺を顎でさす。
「そんなにいうならよ……もっと、語ろうぜ。ちょうど、いい感じの壺もあるしよ」
壺を見て、泰介は目を見開いた。感動に打ち震える。
「すげえ……なんだ、あのいい感じの壺。なんかもう、入らずにはいられないな。二つあるし、あそこに入ってさ、ゆっくり将来を語るってのも、いいな」
堪えきれないかのように、泰介が先を行く。翔はその背中を追いながら、ごくごく小さな声で、つぶやいた。
「オレ、さ」
気づかれないのなら、それでもいいと思った。しかし泰介は、すぐに振り返る。
「ん?」
幼いころから見てきた、どこか間の抜けた、しかし優しいまなざしだ。
翔は、ふっと笑みをこぼした。
「夢はいっぱいあるけどさ。どうせなら、おまえと同じ未来が、いいかもな」
「なんだよ、照れるよ」
泰介も笑う。それから翔に、足を一本伸ばす。
「二人で、一緒に丸くなれると、いいな」
翔は、その足をつかむ代わりに、小気味よくはじいた。にやりと笑って、隣に並ぶ。
「ま、ずっと先のことだろうけどな」
そうして、八本の足を器用にすぼめ、二つ並んだ小さな壺に、仲良く入っていった。
どうしようもなくくだらないものが書きたくなったので。
読んでいただきありがとうございました。