....他者による幕間01
それはある者にとっては悪夢であり、
またある者にとっては幸運である。
* * *
「消えた」
「は?」
結論だけを告げた幼馴染の顔を、彼は凝視した。
短いその言葉を理解するのに数秒を有した。言葉がいつも足りない幼馴染はしかし、嘘だけは言わない。その事実が今は痛い。
何かの間違いじゃないのか。そう問い返せたらどんなにいいだろう。
「……それは、つまり失敗した、と言う事か?」
「そうだ」
きっぱりとした答えは、慰めも何も含んでいない。ただ事実だけを率直に彼に伝えてくる。
水晶玉を覗き込んでいた幼馴染が顔を上げた。何も言わずとも、その目が「で、どうする?」と問いかけているのが分かった。
「失敗したなら、もう最後の手段しかないだろう……」
「やるのはいいが、成功するかどうかはわからんぞ?」
「お前の腕なら成功する。お前にできないなら、誰もできない」
数百年に一度の天賦の才と呼ばれた幼馴染に出来なければ、今この世に生きている人間の誰にも事はなしえないだろう。だからこそ、その言葉は誇張ではない。
「殺し文句だな」
幼馴染が薄く笑った。
「必要なものがある」
「用意してある」
「準備がいいな」
「できれば使いたくなかった」
「だろうな」
彼は懐から小さく切り取られた布を取り出して男に渡した。真っ白いその布の一部は、意図的に赤く染まっている。それを苦い表情で見守った。
使いたくなかったのは、嘘ではない。
しかし彼にはもう、それにすがるしか道はないのだ。
布を受け取った幼馴染は、特殊な染料が入った袋を片手に持ち、部屋の床に大きな魔方陣を書き始めた。染料は、描く端から淡い光を放ち始める。
普段ならばその幻想的な光景を楽しめただろうが、今は心臓を鷲掴みされるような焦燥が襲ってくるばかりだ。
魔法に関わるものにしか分からないだろう文様と魔法文字が、みるみるうちに部屋の床いっぱいに広がっていく。
彼にはさっぱりと理解できないそれを、幼馴染は慣れた手つきで黙々と描く。
完成した魔方陣の中心に布がおかれ、用意が整うと幼馴染は振り返って彼を見た。
「お前は部屋の隅で祈ってろ」
「ああ、そうするさ」
言われるまでもない。この件に関して、彼ができる事は何もないのだ。あとはただ祈るだけ。
それがどんなに歯がゆい事か、自分以上に分かる人間は多分いない。
それしか出来ないからこそ、彼は何よりも祈った。
どうか成功するように。
どうか彼女が助かるように。
そのために犠牲になる第三者に、彼は心の中で何度も謝罪を繰り返した。