「節度を保つなら良いよ」そう言われて付き合った結果
「節度を保ってくれるなら良いよ」
夕方の校舎裏。誰もいない、二人きりの場所で佐伯凜華にそう言われた。
二学期も折り返し地点に入った頃、四月から募らせていた恋心を俺こと曽山天斗は告げた。
黒髪のロングヘアーは黒曜石のように艶めき、陶器のように透き通った肌が印象的な彼女を一目見た時から気になっていた。
クラスの学級委員を務める彼女は皆の手本であり、クラスの顔。面子を保つためにも、とそう言った。
「もちろん。それくらいお安い御用だよ」
夢にまで見たクラスのマドンナ、美少女と付き合えると思ってもいなかった俺はその意味を深く考えず了承してしまった。
これが後に大きな歪みを生むことになるとも知らずに――。
①
付き合ったその日、俺はあまりにも嬉しすぎてニヤニヤが止まらなかった。クラスの誰もが羨む存在である佐伯凜華と付き合うことが出来るのだ。男子としてこれ以上嬉しいことはない。
翌日、胸が高まり、興奮が止まらなかった俺は寝付くことが出来ず遅刻ギリギリの時間に登校した。
下駄箱で靴を履き替えダッシュで階段を駆け上がり、教室へ入る。幸いなことに、ホームルーム開始一分前に入室出来たためセーフ。
「ちょっと、早速遅刻しかけるなんて感心しないわね」
「お、おう。すまん」
扉を開けて一息ついていると凜華が仁王立ちをして俺を出迎えた。
「そういえばさ凜華。お互いのことあだ名で呼ばないか?」
「あだ名……?」
俺が中々眠ることができなかったのは凜華をこれからどう呼ぶべきかという問題を考えていたからでもある。せっかく付き合ったのだ。お互いを特別な呼び方にするのは悪いことではないだろう。
「はぁ……言ったはずよ。節度を保って欲しいと」
「でも、あだ名呼びくらい良いだろ?」
「ダメね。風紀が乱れるし、先生の前で呼ばれたら困るもの」
「せ、先生の前では呼ばないよ」
それでもダメだと凜華は引かなかった。やがてクラス中の視線が集まり始め、噂が立ち始める。
俺と凜華が付き合っているという話題が生まれ、大きな波紋となり広がっていく。ちょうどそのタイミングで担任の先生が入ってきたため、その話は持ち越しに。
休み時間や放課後はクラスメイト達に囲まれ、質問攻めを食らったために学校ではあだ名呼び事案を解決できなかった。夕方、帰宅した俺は凜華と電話を通して話し合ったが彼女が譲ることはなく、あだ名呼びは結局禁止ということに。
既にこの時から彼女の『節度を保つなら』という言葉に引っかかっていたのは事実だ。だがそれ以上に人生初の彼女、加えてそれが憧れの存在であったために、俺は気が付かぬフリをして蓋をしていた。
②
付き合って一ヶ月後、初めてのデート日を迎えた。
学級委員ということで普段から忙しい凜華が唯一自由だということで、放課後デートをすることに。
「凜華はどれにする?」
「うーん、決めかねるわね……」
「それじゃあこんなのはどう?」
注文をどれにしようかと悩む彼女に俺はメニューを見せながら提案した。
意気揚々と憧れであったカップルがすることをしたかったからだ。ハート型のストローが刺され、色とりどりのフルーツが乗った大きなパフェ。
だが、それを見た彼女の顔は険しいものに変わっていた。
「見るからに半分こして食べるものよね?」
「うん。どうかなって、俺たちカッ――」
「天斗くん。私言ったわよね。節度を保って欲しいって」
肘を立たせ指を顔の前で組んだ彼女が声のトーンを下げながら言う。普段から大人びた清楚な表情を向ける彼女らしからぬ様子に俺はビクリと体が震えた。
「食べ物を分け合うのはマナーが悪いし、破廉恥だわ」
「うっ……そ、そうだね。ごめん」
咄嗟に頭を下げ、再び顔を上げると曇っていた表情は晴れいつも通りの顔つきに戻っていた。
「私はサンドイッチにするわ。天斗くんはどうする?」
「じ、じゃあ俺はパスタで……」
食べ物を分けてお互いにあーんを、なんていう甘い想像をしていた俺は少し胸が締め付けられた気がした。だがそれでも彼女は学級委員で、手本となるべき存在。誰が見ているか分からない公共の場で、醜い一面を見られでもしたら今後の学校生活に響いてしまう。
――仕方がないことなのだ。
飲食店を出て、黄昏時を告げる空色を仰ぎながら俺は思う。
幸せだなと。ずっと好きだった人と今現在、こうして肩を並べて歩くことができている。それまで、遠い存在で手を伸ばすことが精一杯だったのに。今では触れることすら出来る距離にいる。
自然と鼓動が速まるのを感じながら俺はそっと手を伸ばす。どの指が触れたか覚えてはいないが、俺の指が彼女の手に触れた瞬間――、
「天斗くん」
名前を呼んだ彼女に対し、反射的に大きな声で返事をする。視線を隣に向ければ再びムスッとした表情を作り、こちらを見ている凜華がそこにいた。
「言ったばかりよね。破廉恥だって」
「て、手を繋ぐこともだめ、なのか?」
手を繋ぐこと=破廉恥という謎の考え方に対し、咄嗟に思ったことを口走る。
「節度を保って欲しい、先週言ったはずよ」
「そ、そうだけど。手を繋ぐくらい、良いじゃんか」
「ダメよ。私は学級委員だもの。皆の鑑になるべき私がそんなことをしてはダメなの」
彼女としてもむず痒いのかもしれない。本当は手を繋ぎたい、カップルとして当たり前の行動をしたいのかもしれない。だが学級委員という役職が俺たちの緩衝材となっているせいで、それが実現できないのだ。
「私の任期は二週間後まで。それまでは禁止よ」
「二週間後ね、分かった。それまでなら」
短いようで長いような、二週間という時間。彼女が任期を終え、学校が後期に入った瞬間俺たちはカップルとしての行動ができる。
二週間、その時間までなら待てる。
「じゃあせめて距離を縮めるくらいは良いよね」
手を繋いで体が触れ合っている訳でもないし、口につけたものを相手に出す訳でもない。破廉恥でもないし、節度は十分に保っている。
「いいえ。ダメよ、距離を離していて欲しいわ」
「凜華、これくらいいいじゃないか。別に触れようっていう魂胆は全く無いんだ」
「天斗くん。お願いよ、任期が終わるまで待って欲しい」
俺たちの間は最低限一メートル程度は空け持つことになった。俺が知りうる限り、カップルでそんな条例を定めている人達はいない。
拒絶されているのか……?
もしかしたら凜華は嫌々仕方なく俺と付き合っている?
罰ゲームとかいうそういう類のもので俺と?
いや彼女に限ってそんなことはないだろう。気高く、人を貶めるようなことが嫌いな彼女に限ってそんなことはない。
恐らく凜華も緊張しているのだ。人生初の彼氏が出来た故に。学級委員というそれまで努力を積み上げてきたモノを崩したくない。決壊してしまった理由を曽山天斗のせいだ、としたくないんだろう。
そう思うとカチリと何かがハマる音がした。それでも、心のモヤモヤは晴れることは無かった。
家のベッドでふとカレンダーに目をやると明日は凜華の誕生日だということに気がついた。
誕生日、それは一年に一回だけ訪れる最幸の日。
だが困ったことに今まで女子にプレゼントを送った経験がない。
『何気ないものが一番喜んでくれるかもよ。ハンカチとか、あとは……ヘアピンとか!』
数少ない友人、それも彼女持ちに聞いてみるとそんな返答があった。
「ハンカチにヘアピン、確かにそれなら凜華がお礼の品も気を使わずに済むか」
何の偶然か俺と凜華の誕生日は同じ月。先に凜華が誕生日を迎えるのだが、その後幾許もなく俺も一つ歳をとる。俺は早速買いに行こうと立ち上がる。こういうのは後でやっぱりと悩んで何も買えませんでした、ということになりかねないのだ。
まぁどのハンカチにしようか、どのヘアピンにしようか悩んだのだが。
翌日、学校終わりに渡そうとプレゼントを持って登校した。渡す時は何て言おうか、どこで渡そうかなどと考えすぎて気が付けば放課後になっていた。
「凜華はどこだ?」
教室内を見渡すと既に彼女は下校したようで姿はどこにも見られなかった。誕生日当日にどうしても渡したかったため、廊下に出て必死に探そうとすると階段を降りていく彼女の背中を見つけた。
良かった、という安心感を覚えつつも緊張が胸を奔る。軽く息を吐いて心を落ち着けると凜華を呼び止める。だがしかし、聞こえていないのか彼女は黙々と階段を降りていく。ほんの一瞬だけ見えた彼女の顔は何故か険しいものになっていた。
「おい、凜華」
やはり呼びかけても止まらない。俺は再び注意を受ける覚悟で彼女の肩に触れて止めることにした。
「凜華、少し止ま――」
バシっと鈍い痛みが手首を襲った。じわじわとそれは腕から全身へと伝っていき、少しの絶望感が体を蝕んだ。振り払われた拍子に、反対の手に持っていたプレゼントが入っている袋が地面へ落ちる。
振り返った凜華は鋭い目つきで凶暴な目付きをしていた。まるで、触れるなと言わんばかりに。しかし相手が俺だと気がつくとその表情は一変し、朗らかなものに変わる。
「ご、ごめんなさい……! 少し、考え事をしていて」
気まずそうに彼女は頭を下げる。だが、視線はこちらを向いておらず焦点が不安定だった。
「――良いんだ。うん、別に大丈夫」
俺は中身が飛び出た紙袋を持ち上げ凜華へと差し出す。
「誕生日おめでとう。些細なものしか送れなくてごめん」
「ありがとう。だけれど、プレゼントは別にいいわ」
お断り、と言いたげに凜華はプレゼントを手のひらで押し返す。
「え? どうして……? 中身が気に入らない、とか?」
「いいえ。いつものことよ。いい加減理解してほしいのだけれど」
呆れたように凜華は大きなため息を漏らす。その言葉だけを言い残すと彼女はそそくさと帰ってしまった。自分の手のひらを見つめる。プレゼントは結局不要と断られ、おまけに手首を弾かれた。
謝罪をしてはもらったが心ここに在らずといった様子だった。
俺って、本当に彼氏だよな?
彼女の体裁を保つための都合の良い彼氏、じゃないよな?
ジリジリと痛む手を擦りながら俺はただ一人、階段で立ち尽くしていた。
④
任期があと一週間となったところ、俺と凜華は休日に会う約束をした。彼女と休日デートをするのは今回が初めてだ。別に彼女が普段忙しいために出来ていなかった訳ではない。
恋愛経験ゼロの俺にデートプランを考える能力が無かったために、中々何をするか決められなかった。
悩みに悩んだ挙句、決定したのは映画館デート。最近流行りのラブコメ映画を観ることに。
現地集合とし、先に到着した俺は自分の容姿がおかしくないか念入りに確認して、凜華を待った。
やって来た彼女は見目麗しい雰囲気を周囲に巻きながら現れた。長い黒髪をハーフアップにし、肩を出したキャミソールに純白のロングスカート。少し恥ずかし気に頬を赤らめている彼女を見て高まる心臓を抑えながら、少しの安心感を覚えた。
彼女も俺との関係をしっかり意識してくれていると。
映画館お馴染みのポップコーンを買おうか迷ったが以前の放課後デートを思い出し、購入することはせず飲み物だけをチョイス。凜華が購入する際、一瞬だけカップルドリンクに指が伸びていた気がしたが気のせいだろう。
約二時間半に渡る映画鑑賞を終えた俺は時計を確認する。時刻は午後五時四十分。ゆっくりと食事が出来る時間が残っている。
「凜華、この後さご飯食べに行かない?」
「いいえ。そろそろ六時になりそうだから帰ることにするわ」
「えっ……まさか、門限があったのか?」
もしそうならなぜ言ってくれなかったのか。俺は謝意を込めて伝えるが凜華は大きく首を振る。
「六時以降は少し、ね」
気まずそうに微笑する凜華。初めこそ真意が分からなかったのだが、俺はやがてその意味を理解する。つまりは、異性としての触れ合いがあるかもしれない。遠回しな発言なわけだ。
「信じていないわけではないのよ」
「あぁ、分かってる。それにあと一週間だもんな」
大丈夫だ。あと一週間、それさえ耐え抜けば抑えていた感情全てを発散することができる。彼女の任期が迫り、努力が実を結ぼうとしているのと同じで俺の努力も結果に現れるはずだ。
「じゃあね」
軽く微笑みながら彼女はそのまま本当に帰ってしまった。一度くらい振り返ってくれるかもしれない。そんな淡い希望を抱いていたのだが、彼女は振り返ることもなくどんどん距離は離れていった。やがて見えなくなったことにも気がつかず、虚無感と共に俺は立ち尽くしていた。
「……一週間、耐えれば、良い」
未だに凜華の甘い香りが残る場所で俺はポツリと呟いた。
心がこんなにも満たされていないのは凜華が帰ったから?
それともこの距離感に慣れてしまったから?
これが彼女との恋愛なのだと理解してしまったから?
答えは恐らく違う。
凜華が言う『節度を保って欲しい』という言葉があまりにも残酷だと気がついたからだ。
もっと彼女に近づきたい、彼女を知りたい、好きになりたい、感じたい。
それらの本能的な欲求を押し殺していたせいで、心がグラグラと揺れてしまったのだ。
一週間後、俺は本当に彼女を好きなままでいられるのか。俺がしたように、彼女に求められた時、すんなりと受け入れることが出来るのか。
分からない。俺は本当に……いや、凜華はそもそも本当に俺を好きなのか?
今日の所作こそ所々に好意は見受けられたが、凜華がそんな事をするだろうか。完璧で、完全無欠な凜華が。
⑤
一週間が経過し、後期が口火を切った。この日、名実と共に俺と凜華の新しい物語が始まる。塞いでいた感情全てを出して良い、恋人として凜華に好意を見せても良い。
そう思うと不思議と肩が軽くなった気がした。
全ての授業と式典を終えた俺はさっそくと言わんばかりに放課後、彼女を遊びへ誘った。
だが、彼女は芳しくない表情を見せながら大きく首を横に振った。理由を訊ねても何も教えてくれない。自分が悪いことをしたのではと行動を振り返るがここ一週間、映画館デート以降特に話すことすらなかったのだ。
ならばどうして、そう思った矢先彼女は黙々と帰る支度を終わらせ、教室を出て行った。
もう、終わりが近いのだろうか。
やはり彼女は高嶺の花だ。
俺ごときが手を伸ばして良い存在じゃなかったんだ。
『節度を保って欲しい』、俺は結局何も保つことが出来なかったらしい。
鬱々とした気分で放課後を迎えた俺は、公園のベンチに座ってこの先のことについて考えていた。
そこまで俺に対して嫌気が指していたのだろうか。
後半の時期はなるべく距離を置き、彼女の言葉を体現したつもりだったのだが、凜華をうんざりさせていたのかもしれない。
あと少し、そのあと少しの言葉を信じて俺は頑張ってきた、はず。だが無駄だったのかもしれない。この恋愛で熱くなっていたのは俺だけだったらしい。
「もう、こんな時間か」
気が付けば公園にある時計の短針が七を刺していた。
自分のバッグを見ると、渡すことが出来なかった凜華の誕生日プレゼントが顔を覗かせていた。
委員会の仕事から解放されたために、今日渡そうと思っていたのだが叶うことはなかった。
重い腰を上げ、フラフラと歩き出す。やはり、最後に凜華ともう一度――と思ったが彼女は午後六時以降出歩くことがないことを思い出す。
「え?」
公園を出た直後、俺は信じられないモノを見た。
夜闇に溶け込むほどの美しい長髪の女性がガッシリと体格の良い男の腕を掴んでいたのだ。見間違える程がない、常に憧れを向け、ここ最近見慣れてきた凜華の背中だ。
「あぅ……」
呼吸が浅くなる。目眩がするほどに気持ち悪くなった体を無理やり起こし、もう一度背中を確認する。
幻覚、などではなくやはりその背中は凜華だった。
「はは、ははははは」
やっぱりそういうことだったのだ。所詮俺は学校で彼女の面子を保つための都合の良い彼氏。本気で凜華が俺に好意を寄せていたことなど無かった。
自分の中で黒くドロっとしたものが胃に落ちた気がした。それが全身を覆っていき、身も心も侵していく。バッグの中から紙袋を取り出し、思い切り握りつぶす。サイズが大きいため手のひらに収まらなかったが袋の形は潰れ、中の包装も台無しになっただろう。
そのままゴミと化したそれを公園のゴミ箱に投げ捨てるともう一度彼女の方を見る。
腕を組み、自分の体をこれでもかと押し付けている。
節度を保て、破廉恥だ、なんだかんだ言っていたくせに自分はそのようなことをする。
「最低な女」
それを再認識した瞬間、俺の中で全てが無慈悲に崩壊した。
⑥
授業なんて聞いてない。適当に左から右へと流していく。今日俺が学校に来たのは勉強のためなんかじゃない。全てに終止符を打つためだ。
六限が終わり、各々が羽を伸ばす時間になった瞬間、珍しく凜華の方から一緒に帰ろうと誘ってきた。これは良いと思った俺はそれを了承し、帰路へ着く。
「天斗くん」
「なに?」
「今日さ、私の家に来ない?」
今までの発言を考慮しても全くありえない言葉が彼女から発せられた。心が弾み、舞踊り出しそうだ。とは全く思わない。
「昨日はその、勝手に帰ってごめんなさい。今日は渡したいものがあって。良いかな」
「構わないよ」
「ありがとう。天斗誕生日おめ――」
「俺たち別れよ?」
彼女の言葉を遮り迷いなく、俺はそう言い切った。
「どう、して」
凜華は足を止め、目を大きく開いていた。徐々に瞳がブレ、冷静さが失われていく。
「冗談、だよね……?」
「本気だよ。別れよう凜華」
「どういうこと? ちゃんと説明して!」
俺の肩をガッチリと掴み、完璧というイメージが崩れていく凜華。
「凜華の体裁を守るための彼氏として上手くやれてた?」
「何それ、私が『節度を保って欲しい』そう言ったのはそんな事のためじゃなくて!」
「いいやそうでしょ。凜華の体裁を保つために相応しい彼氏を無理やり演じさせられてる気がした」
「……っ」
「凜華のために、それを思ってやりたいことを全部抑えてきた。でも誕生日プレゼントは最低限必要だからと思ったのに、あんなことされるなんて思わなかった」
脳裏を過ぎるのは思い切り振り払われた腕と、素っ気なく立ち去っていく凜華の姿。
「凜華ってさ自分勝手だよね。何かと節度節度って言ってさ、自分の主張を曲げずに俺のことを考えてくれなかった」
「考えたよ……考えた。だからこれからは」
「これからなんてない。ここで終わりだよ。そうでしょ? 今まで自分都合で彼氏のことを考えない人とずっと一緒にいられるわけないよね」
「ごめんなさい……私が、悪かったわ……」
ほらやっぱり、呆れた声が自然と零れた。否定することもなく凜華は俯いて全身を強ばらせる。
「私も、私だって我慢してたんだよ……? 天斗くんに触れたい恋人として、好きな人にしか出来ないことをしたかったの、でも」
「でも、なに? 節度を保って、という約束は君自身が初めに言ったことだよね? 言い出しっぺの君がそれを盾にするのは卑怯だろ。もういいや、君と居ても時間の無駄だわ」
「待って、待って天斗行かないでっ!」
ポロポロと一雫がアスファルトへと落ちていく。
ギュッと腕を掴まれた俺は思い切り振り払う。
「佐伯さん、破廉恥なんだけど辞めてくれるかな。別の男にもそうやって迫ってたの俺知ってるから」
「何のこと……?」
「昨日の夜中、随分と仲良さげに腕を組んで歩いてたよね。彼氏がいるのに」
「違う、違うの! あれは親戚で――」
「親戚? 親戚の異性なら節度を保たずに破廉恥なことするんだ。佐伯さんって意外とねじ曲がった変態なんだね」
サーっと潮が引いていくように彼女の血相が悪くなっていく。それでも俺は気に止めることなく歩き出す。すると彼女は再び俺の腕を引き、足止めにかかった。
「いや……いや! 別れたくない天斗! 行かないでぇっ!」
「あのさ、最低限距離は取ってくれるかな。彼氏でもない男の腕を掴んでる所見られたら困るでしょ?」
「いやぁ、いやぁぁ!! 天斗っ!」
ついこの間まであった佐伯凜華という少女の完璧というイメージは十分な程に崩れ去っている。
「あれは! 天斗のため! 今日誕生日、じゃない……? プレゼントを買うために、会っただけ……!!」
置いていこうとしていた俺に、最後の希望と言わんばかりに彼女はスクールバッグに手を入れる。中から現れたのは丁寧に包装され、赤いリボンが特徴の綺麗な小包み。
俺は地面にへたり込む彼女に近づくとプレゼントを差し出す細い手のひらを豪快に跳ね除けた。
「たか、と……?」
「節度を保って欲しいんだけど。彼女でもない女子からプレゼントを受け取ってる場面を見られたら困るんだよね。何度言えば分かるの? こっちのこと考えてくれる?」
散々彼女に送られた言葉をそのまま返す。そして、愚物を見るような眼差しで見下ろし後、俺は再び歩き出す。
「待って、嫌いにならないで! お願いぃ! 謝るから! 今までのこと全部、全部謝るからぁ!」
「親戚の男に何とかしてもらえばいいんじゃない? 腕組んで破廉恥なことしてなよ」
足にまとわりつく彼女の顔を押さえ込み、無理やり引き剥がすと足を踏み出す。背後では彼女の大きな嗚咽と泣き声が聞こえてきたが振り返ることなく歩いていく。
不思議と心は青空よりも晴れていた。
2026年8月12日、「節度を保つなら良いよ」そう言われて付き合った結果『後日談』を投稿しました。
続きが気になる方は作者ネームを押してシリーズ「節度を保つなら良いよ」からチェックしてみてください!!
8月14日、『佐伯凜華視点』を公開しました。シリーズからご確認ください!
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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