04・元第一王女の密かな愉しみ
私の父であるこの国の王が先日唐突に退位を表明しました。
私が侯爵家へ嫁入りしてから半年も経っていませんでした。
侯爵家は当てが外れたかしら。
でも、まあ、今更よね。
王位は従兄弟が継ぎます。父には女子しか生まれなかったから。
それも最初から判っていたことでしょうし。
従兄弟とは当たらず障らず、上辺だけの付き合い。
あまり親しくすると、そちらとの婚約を期待される可能性もあったから。
とはいえ、険悪な間柄だったわけでもないので、私の事も元王女としてそれなりに扱ってくれるでしょう。父も生きているわけですしね。
そう、その父よ。
まだ三十八だったはず。
隠居するには早すぎるわ。
でも、前々から決めていた事のようにさっさと手続きを始めてしまったの。
昔から何を考えているのかさっぱりわからなかったけれど、結局今に至っても判らない。
妹に連絡をとってみると、妹も、そして母すらなにも聞いていなかったらしく。
母なんて王妃という地位にそれなりに執着もありそうだったし、「聞いていない」って怒って怒鳴りつけたそうよ。
妹を。
何故なのかしら。母も訳が分からないわ。妹なんて、何も関係ないじゃない。
父を怒鳴りつけるわけにはいかないから八つ当たりかしら。
迷惑な話。
まあ母も聖女活動がそろそろきつくなってきているようだし、母の方こそ引退を考えた方がいいんじゃないかしら。
近々そうするだろうと妹は予想していたけれど。
妹は妹で何を考えているか判らなかったけれど、結婚前に一度話して少し理解出来たわ。
私と違って大人しくて読書家で勉強家。王家の特徴だけを受け継いで、母には全く似ていない子。
でも、私たちは中身が割合似ていた。
父母を胡散臭く思うって点で。
母は聖女で周囲から崇められているけれど、そこまで高潔な人物とはとても思えなかった。
外面が良く、他者へは親切だったけれど、私たちには無関心だった。
それだけで、「裏表のある人」に間違いなかった。
私が幼い頃は、母もまだ子供が物珍しかったらしく、それなりに可愛がられた記憶もあるけれど、そのうち子供が可愛いだけではないと気づいてからは、急激に関心を失っていったように思うわ。
私としても慣れない人に気まぐれに構われるよりは、ちゃんとした乳母に育てられた方が良かったと思うから、早々に飽きてくれたことには感謝している。
だってどう考えてもあの人、子育てに向いてなかったもの。
向いてなかったのは子育てだけじゃなかったけど。
父の前の婚約者を蹴落としてまで王妃になったのに、聖女活動以外全くする気が無かったようだし。
なんで王妃になんかなったのかしら。
多分みんなものすごく迷惑だったはずよ。
特に政務の殆どを取り仕切っていた王妃補佐。
とても仕事ができる人らしいけれど、父の元婚約者の妹ときいて驚いたわ。
姉妹揃って優秀だったんですって。
罪な事をするわね。
事情はうっすらとしか知らないけれど、優秀で王妃の代わりを務めてくれそうな人は他にもいたことはいたそうなの。
でも全て公爵家や侯爵家の、いわゆる上級貴族の令嬢だったらしくて、そんな人たちに元平民の聖女の補佐をしてくれなんて頼めなかったらしいの。
頼まれた方も嫌でしょうしね。
もしまかり間違って王の手が付くなんて事があったりしたら、待ち受けているのは側妃よ。平民の下。本人が良くても家が許さないでしょう。いや、本人も許せないでしょうけども。
幾ら聖女が王家に並ぶ地位とされていても、気持ちの問題として、ね。
ただでさえ、貴族の娘を婚約破棄して捨てた王なわけだし、関わったらどんな扱いをされるかわかったもんじゃないって思われても仕方ない。
実際あの父は、体面を守るためならそういうことを平然とやりそうだし。
まあ公爵家なんかと敵対したら後が面倒でしょうからね。
なので、影響力が少なくて、多少の無体も受け入れてくれる伯爵家の娘を選んだのでしょう。
にしても、元婚約者の妹じゃなくてもよかったでしょうに。
とはいえ、伯爵家以下の家の娘でも事情が事情だけに嫌がるだろうし、目をつけられそうな娘は軒並み婚約や留学を決めたそう。
酷い話。
結局、長女の婚約破棄で評判が微妙になってしまった伯爵家くらいしか引き受け手がなかったって事なのかしら。ま、父が何らかの「お手当」を約束したのかもしれないけれど。そこら辺は力関係とか領地の事情とかまあ色々あるわよね。有利な条件にする為の情報はそりゃあ王家の方が持っているわけだし。
件の女官本人は、別段嫌がりもせず、淡々と引き受けたそうだけど。
親の伯爵夫妻の本音はどうだったんでしょうね。
夜会なんかで会ったりした時は、伯爵は人が良さそうに(実際どうかは知らないけれど)にこにこしていたけれど、伯爵夫人の方は娘と同じく淡々としていたわ。
後妻で元婚約者とは血のつながりのない、遠国の王族の血筋だそう。
髪も瞳もこの国では珍しい漆黒で神秘的だったわ。服装も母国の正装風で素敵だった。
娘である女官の方も同じ色の持ち主だったけれど、いつもきっちり髪をまとめて地味な色のドレスを着て一切表情を変えない人だったから、母親とは受ける印象が随分と違ったわ。
まさしく「出来る人」って感じだった。
姉妹仲はどうだったのかしら。
私たち姉妹のようにお互い無関心だったのかしら。母親が違うのだし。
でも私たち姉妹は、きちんと話したら、意外と判り合えたわ。嫁ぐ前に思い切って妹に会いに行って良かったと今でも思ってる。
妹から手紙が来たわ。
やはり話に聞いている通り、母親の意向に沿って王籍を抜けて辺境へ行くそう。
一応嫌だって言ってみたそうだけど、誰も止めてくれなかったって。
まあそうでしょうね。
心配するなって妹は言ってきたけれど、大丈夫かしら。
当てはあるって言ってたけど。
いつも自室に引きこもっていたあの子に、そんなものを作る機会があったのかしらと思わないでもないけれど、母親の遠征に連れまわされていた事を考えると、私よりはそういった出会いが多かったのかもしれないと考え直したわ。
無事にどこかへ逃れられるといいけれど。
必要な時は遠慮なく頼ると言ってくれたから、大丈夫よね。
母や妹が辺境に到着したと王宮に連絡が来たそう。
でも妹からは手紙が来ない。
一度だけ辺境にこちらから手紙を出してみたけれど、返事も来なかった。
人をやって様子を探らせてこようかと考えていた所に、やっと妹から手紙が来た。
ちょっと内容には驚かされたわ。
あまり詳しくは書いてなかったけれど、今妹は母の傍にはおらず、知り合いの薬師の元で修行しているそう。
元気でやっているから心配しないで、と書いてあった。
ちゃんと妹の筆跡で。
であれば、辺境の母の傍にいる子って、誰なのかしらね。
母に手紙を書いてみなくちゃ。




