01・元第二王女の述懐
一人称に挑戦。
私の両親は愛し合って結婚したそうです。
そう聞いています。
私の両親は、以前はこの国の王と王妃でした。
母は平民の出身ですが、神聖魔法を発現し、神殿に引き取られ、やがて聖女と認定されました。
それにより、貴族と同等の立場となり、王族と婚姻が可能となりました。
母が言うには、聖女として王宮に出入りするようになった最初のうちは、なかなかに居心地が悪かったそうです。
神殿で教育を受けていても、貴族社会に慣れていたわけではなかった当時、表立っては皆丁寧に接してくれはしたらしいですが、影では平民出身であることをこそこそとあげつらわれていた、と。
そんな中、当時王太子であった父は裏表なくとても親切で優しかったと聞いています。
母の言ではありますが。
母は、神殿でも、父と婚約してからも、一応は貴族や王族としての教育は受けたはずです。
そう単純な話でもないとも思うのですが、幾ら神殿の住人であったとはいえ、勘ぐってみることはなかったのでしょうか。
私には信じがたい部分もあるのですが。
当時父には十年にわたって婚約していた伯爵令嬢がいたそうです。
少し身分的に低くはありましたが、それを補って余りある魔力量の持ち主であったらしく、ある意味母と似た事情もあったのではないかと思います。
昔私につけられていた家庭教師は、同じ年の頃のその婚約者の教育担当であったらしく、少し話を聞きましたが、とても大人しく真面目で、そして優秀でもあったそうです。
長く母の補佐を務め、政務が苦手な母の代わりに卒なく抜けなく立ち働いてくれた女官はその婚約者の妹だったとか。彼女を見るに、優秀さは間違いなかったのだろうなと思います。
父は長年の婚約者とは婚約を破棄し、母と新たに婚約を結びます。
二人が真に愛し合ったから、また、婚約者であった伯爵令嬢が母を害そうとしたから等、色々と事情は聞きますが、詳細を確認しようとすると、誰も決定的な事を知らないのです。
全て「噂で聞いた」で終わります。
そもそも、母を害そうとした人間の妹を補佐にする事が信じられません。
件の女官は、父の叔父、つまり私の大叔父の妻でした。
歳の差は三十歳程。明らかな政略結婚。
母の後ろ盾を神殿のみから分散させる為の。
女官は婚家へも実家へも寄りつかず、両親の在位期間は王宮内の自室で寝起きし、退位とともに辞職し、同時に離婚しました。
母曰くの恋愛結婚の裏側で、それがためになされた愛も情もない結婚の終焉。
皮肉なものです。
恐らく、両親の結婚には沢山の人間が迷惑を被った事でしょう。
恨まれ、害そうとする者が現れても仕方がないのではないかと思います。
もっとも、父の元婚約者のそれは「噂」でしかないようではありますが。
権力を持ってすれば、その程度、どのようにでも捏造は出来ますしね。
恐ろしい事ですが。
そういう事を「必要悪」として呑みこむ事も支配階級の教育の一部として教えられました。
父の元婚約者もそうやって呑みこんだのでしょうか。
母は、聖女に相応しい慈愛の表情で微笑みます。
人はそれに心癒されるのだそうです。
普段の母は無邪気に笑い、表情豊かです。恐らく王族や貴族の女としては失格なのでしょうが、聖女であることで大概の事は大目に見られています。
むしろ、聖女であれば、そういった無邪気な振る舞いもふさわしいと思われているのかもしれません。
父は「聖女の務めが大変なのだから、それ以外はなるべく妻が心安らかにいられるように」と常に気遣い、政務はほぼ王妃補佐の女官が執り行っていました。署名さえ、王妃代理として許可されていました。
女官が母の補佐に着いたのは驚くべきことに十六の頃だったそうです。最初は婚約中の母とともに執務を学び、文字通り「補佐」として務めるための準備をしていたそうですが、両親の婚姻の後、父が王位を継ぎ、母が王妃となった段階で、母に政務は無理と判断されたようです。
「聖女活動と平行して政務を行うのは負担が大きい為」とされていましたが、実際のところ、母には政務は向いていなかっただけの話ではないかと思います。
それ以前に、やろうとしなかったのではないか。
私には姉が一人いますが、幼いころは快活で利発と言われており、父や周囲は期待して教育を施したようですが、姉は成長するにしたがってどんどん母に似ていきました。
私と姉は三歳離れているのですが、ある時気が付くと、机を並べて同じ授業を受けていました。
姉は、決して理解力が無いわけではありません。恐らく、やってやれないことはなかったと思いますが、やる気が無かった。
いつもにこにこして快活で、誰からも好かれてはいましたが。
姉は容姿も母に似ていました。
ヘイゼルの瞳は丸く大きくきらきらとして、庇護欲をそそる可愛らしい容貌。
本人もそれを自覚している様子でした。
あざとさを感じたのは私だけだったようです。
周囲の期待をよそに、姉は母のように振る舞いました。
隣国の王太子の婚約者候補であったそうですが、聖女でもなく、ただ母のようであるならばどこの国の王家であっても婚姻は難しかったのでしょう。姉は十四になって、国内の侯爵家嫡男と婚約しました。
お相手は五つ年上で堅実で誠実な方ではありました。姉は十八で降嫁し、幸せに暮らしています。
かたや私は、姉とは違い、父に似ていました。
というよりは、王家の特徴を色濃く受け継いでいました。
髪色は金色、瞳は翡翠。
姉と違って大人しく、読書が好きで引っ込み思案。
常に姉の後ろに隠れているような存在でしたが、教育は比較的うまくいっていて、姉が駄目なら、と周囲の期待がこちらに集まろうとした時、私は母の遠征先へ連れ歩かれるようになりました。
母が姉より私を気に入っていたわけではありません。
ただ、「付き合ってくれると嬉しいわ。一人じゃつまらないの」と母は言いました。
姉が駄目なら妹、という周囲の雰囲気を察して連れ出してくれたのかと最初は思っていました。
ある時期から、母は大規模な魔法を発動した後、寝込むようになりました。
一日静養すれば回復していたので、それほど大事とは思っていませんでした。
母も「そろそろ年齢的に無理が出てきたのかしら」と言っていました。
まだ三十前ではなかったかと思います。
聖女が聖女として務められる期間はそれほど短いのだろうかと思ったものです。
そんな状態でしたから、母も心細くなっているのだろうと考えていました。
父は無理ですから、婚約者も決まっておらず、未だ公務もなく幼い私が、伴うのには丁度良いのだろうと。
ある時の事でした。
辺境で河川が氾濫し、耕作地が甚大な被害を受けた事がありました。
母は水を引かせ、荒れた土地をならし、崩れた堤防を盛り返し、極端に曲がっていた川を今後の為になだらかにしようと流れの形を変えようとしました。
高台で私はそれを見ていました。
母の身体からは魔力が溢れていました。
金色と、銀色の半分ずつ。
普段の母の魔力は金色ですが、大規模な術を発動する時だけは銀色の魔力が出現するのです。とても不思議でした。
いつものようにその銀色をずっと見つめていると、川の流れが蛇が這うようにするりと変り、曲線がやや緩やかに伸びた、と思った時。
私は、全身から力が抜けるような心地がし、思わず膝をつきました。
心臓が激しく打ち、目の前が霞み、意識が遠のき。
誰かが支えてくれたのは感じましたが、それが誰か確認する事も出来ず。
気を失ったのです。
暑い日でしたので、暑気あたりでしょう、と医師は言いました。
母も案の定寝込んでいました。
常の事だったので医師は帯同しているのです。
顔色が良くなく、貧血もあるのではないかとも言われました。
それまで私は健康そのもので、貧血どころか風邪すら殆ど引いたことがなかったのに。
納得できずにいましたが、母の調子が戻っても、私はどこか意識がふわふわとして回復が思わしくなく、心配されながら王宮へ戻りました。
それから、私の体調は全快する事がなく、常に身体が重く、倦怠感に悩まされることになりました。
母は次の遠征先にも私を伴おうとしました。
だいぶ体調は戻っていましたが、周囲は良い顔をしませんでした。医師も止めました。
それでも母は、絶対に連れて行くと聞かず、母の望みはなるべく叶えるようにしている父も諭そうとはしたのですが、どうにも説得が難しく。
これほど我を通そうとする母も珍しく、また、実質母のやることを止められる人間はいない事も判っていた為、ついに私は諦めました。
父に頼んで、横たわって乗れる馬車を用意してもらい、母の馬車の後ろからついていくことにしました。
母は同乗したがりましたが、道中母の話し相手など出来るとも思えず、断りました。
揺れる馬車での長時間の移動で、酔って具合が悪くなったりもしましたが、繰り返すうちに慣れました。
それよりも。
母の大規模な術が終わる度、何故か私は同じ症状に襲われるようになりました。
全身から力が抜け、貧血状態になって気を失う。
母も同様に体調を崩しますが、きちんと回復します。
術の行使もしていない私はずっと調子が戻らない。
医師は難しい顔をして、「大規模魔法の魔力にあてられている可能性がある」と言い出しました。
そういった事に詳しいのは魔法医と呼ばれる特殊な医師で、あまり数は多くないが心当たりを探してみる、と言ってくれました。
もしそうであれば、母の遠征への帯同は免除してほしいと思いましたが、その後、魔法医が手配される様子が一向になく。
主治医もいつのまにか変わっており、私は絶望的な気分になりました。
母は、どうあっても私を放すつもりがないのだと。
ある日、また母の術の後に寝込んでいると、夜中にふと目が覚めました。
珍しい事でした。
大概、丸一日は意識が戻らないからです。
部屋に不思議な香りが漂っていました。
人の気配がして、寝台の横を見ると、黒いローブを着た人物が立っていました。
年経た風貌の女性ではありましたが、背筋はまっすぐで、灰色の瞳は理知的で冷ややかで、王宮の侍女長を思い出して少し怖くなりました。
誰だろうと視線で問うと老女は微笑んで軽く頭を下げました。
その時、瞳に穏やかさと温かさが差し、僅かながらほっとしたのを覚えています。
「私は薬師。聖女一行の医師は、聖女につきっきりであなたに見向きもしていないようでしたので見かねて来ました」
それを聞いて思わず苦い笑いが込み上げました。
医師は、私の体調不良はいつものことと軽く見ています。
いつものことと言うなら、母も同じであるはずなのですが。
どちらが重要人物か考えれば、それも致し方ないということなのでしょう。
私にはなんの力もありませんしね。
薬師はテーブルの上の香炉に蓋をしました。
先ほどから感じていた不思議な香りは、その香炉から漂っていました。
「いい匂いだったのに、もう消してしまうの?」
落ち着く香りでした。
「焚きすぎては逆効果です」
かえって呼吸が苦しくなってしまう。今は楽でしょう?と問われ、そういえば、と何度か深呼吸しました。
清涼感のある仄かな香りがすっと胸を楽にしました。
薬師は薬湯を入れてくれ、私の半身を抱き起して飲ませてくれました。
何人も連れてきた筈の侍女はどこへ行ったのでしょう。
「聖女のお世話にかかりきりのようですよ」
視線で室内を見回した私に気が付いた薬師は淡々と述べました。
あの人数全員で、と思いましたが、彼女たちは母の心棒者です。
娘の私はおまけ。
どうせ一日目覚めないのだから、傍にいる意味もないと判じられたのでしょう。
気を失っている間、どう扱われているのかをそうして知ったのでした。
薬師は地元の人間だそうです。
宿にしている屋敷の使用人が、倒れて部屋に運ばれたまま、医師すら診察した様子のない私に気が付いて、呼んでくれたらしいです。
「大きな術の魔力にあてられて、倒れているだけなので、いつものことと思われているのでしょう」
思わず溜息をつきながらそう言うと、薬師は眉を寄せて首をかしげました。
「それは医師の判断ですか?」
「ええ。そう言われました。前の主治医は、魔法医を手配すると言ってくれたのですが、気が付くと主治医が変わっていて、そのまま」
薬師は顎に手を当て、何か考え込むような顔をしました。
そして、おもむろに鞄から黒い石を取り出しました。
私が握りこめるくらいの大きさの丸い石です。
そう思って見ていたら、私の手の平の上にそれを乗せられました。
「握って、少し待って下さい」
言われるまま握りこみました。
暫くすると指の隙間から見えている石の色が変わり出しました。
どんどん色が抜けて、白くなっていきます。
やがて白が透明になり、薬師はそうして指を開くよう言いました。
硝子か水晶のような透明な玉が現れました。
「これは特殊な魔法道具ですが、中に魔力が込められて黒くなっています」
「まあ、では魔力が抜けたの?」
「そうですね。抜けたというよりは、あなたが吸い込んだのですが」
「え……」
驚いて顔を上げると、薬師は私の掌の上からそれを取り上げました。
「これは魔力の欠乏具合を確認する為の道具ですが、まあ、あなたの場合、確認するまでもなく魔力残量が心もとない」
「え、でも私、特別魔法を使った覚えなどないのだけれど」
薬師のひんやりとした手が私の手を取り、手首に触れました。
そこから、先ほどの薬湯と同じくほんのりと清涼感のある何かが流れ込んでくるような心地がしました。
そして、身体の芯にある重さが少し、溶けたような気がしました。
「私は本来は魔法医でもあるのですよ」
「え、薬師じゃないの?」
「薬師でもあります。魔法医の需要はあまりないので」
ふふ、と笑って薬師は手を離しました。
「少しは楽になりましたか?」
言われて確認してみると、確かに怠さは軽くなっていました。
「先ほどの薬湯は、魔力回復を促進させる効果がありますが、手っ取り早く、私の魔力を送り込んでみました。ほんの少しではありますが、それでも枯渇状態よりはだいぶいいでしょう」
「枯渇……」
言われた事が信じられず、ですが、どこか納得する思いがありました。
薬師は何かを確かめるように、私の身体を見ました。灰色の瞳が何かの光を帯びて見えました。
「あなたの魔力は、母親によく似ています」
じっと見つめられて、気まり悪くなった頃に薬師はそう言いました。
「貴方が倒れた時、実は少し離れた所から見ていましたが、急激に失われた聖女の魔力を補うように、あなたから魔力が吸い出されていくのが見えました」
「……それは、傍にいるが故に否応なく起こる作用だったりするのかしら」
親子で魔力の質が似ているというような要因も相まって。
薬師は灰色の瞳を閉じました。
「意図して行わない限りは起こりえない。先ほど私が、あなたに魔力を送り込んだように」
まさかと思いつつもある程度予測していた回答。
眩暈がぶり返したような気がしました。
薬師が何事か呟き、目を向けると、薄緑色の光のリボンが出現していました。
それはするすると伸びて私の身体に巻き付きました。
驚きましたが、ほのかに暖かく、不安は感じませんでした。
「あなたの背中」
そう言われて、首をかしげました。
「背中に何か刻まれているようです」
思わず後ろへ首を回しましたが、己の背中が見えるわけもなく。
「こちらへ」
薬師に手を取られ、寝台を下りました。
普段であれば、倒れた後は、意識が戻ってもまともに立ち上がる事など出来ないのですが、今日は楽です。少し怖くて薬師の手をぎゅっと握ってしまいましたが。
薬師は微笑み、姿見の前へ私を誘いました。
「背中を見せていただいでもよろしいですか?」
問われて頷きました。
前開きの寝巻を着ていたので、ボタンを外して片袖を落としました。
薬師は私の髪を一つにまとめて片側へ寄せ背中を見、ややあって溜息をつきました。
私の傍から離れてドレッサー前の手鏡を持ってくると私に手渡してくれました。
私は姿見に背中を向け、手鏡をやや上にかざして後ろの姿見を映しました。
「ここ、判りますか」
腰まである髪をわきへよけ、薬師が示したのは肩甲骨の間。そこには小さな印が刻まれていました。
「魔力譲渡する為の魔法印ですね。あまり表だって使われる事はないものですが、何時つけられたかご記憶にありますか?」
思わず首を横に振りました。
あるはずがありません。
「今初めて知りました。一体、いつ……」
見当もつきません。
ですが、こんなものを刻みつける事が出来る人間は限られています。
「魔法教師……」
呟くと、薬師は眉をひそめました。
「あなたの?」
「ええ。いえ、私のというより、王家のと言うべきか……。私だけでなく、父も母も姉も、彼に教えられています。かなりの高齢なので、先日、そろそろ引退するという話を聞きました」
薬師の顔が忌々しげに歪むのが手鏡越しに見えました。
思わず振り返ると、薬師はそっと寝巻を引き上げて肩へかけてくれました。
「書き換えてもよろしいでしょうか」
「え……」
思ってもみない申し出でした。
「この魔法式だと一気に魔力を持って行かれます。あなたの魔力量は多いですが、それにしても容赦がない」
「え、私の魔力量は多いのですか?」
意外な事を聞きました。
「多いですよ。見た所聖女と同じくらいは」
驚きのあまり薬師を無言で凝視してしまいました。
「知らされていませんでしたか?」
「あの、多いとも少ないとも。なのでごく普通だと思っていました。姉はそう言われていたようですが」
「第一王女殿下は、遠目に何度かお見かけしたことがありますが、確かに程々といった所でしたね」
「なので、私も同じようなものだと思っていました」
「察するに……」
薬師は苦々しげに口を開きます。
「あなたの魔力は母親似です。術を行使した後に聖女の力を補うための溜池として扱われるようあの男が画策したのでしょう」
「……魔法教師をご存じ?」
「ええ。昔馴染みです」
吐き捨てるように薬師は言いました。あまり良い関係の知り合いではなさそうです。
「魔法印を消してしまうと、気づかれて色々面倒な事になりそうですから、せめてゆっくりと力が流れていくように調整しましょう。今の所私に出来る事はそれくらいです」
申し訳ありませんが、と言われましたが、私としては、この体調不良が少しでもましになるならいくら感謝してもしきれません。
そう言って是非にとお願いすると、薬師は私の肩からまた寝巻をおろして背中に掌を当てました。
先ほど感じた微かに清涼感のある力とは違い、熱を帯びた力が集まるのを感じました。
それはじわじわと広がり、その後胸の中心に再び集まってきました。
熱い、と感じた途端、薬師の手が離れました。
「終わりました」
言われて先ほどと同じように手鏡をかざして背中を確認しました。
小さく黒い魔法印は見た目はさほど変わっていませんが、魔法式が書き換えられたのは判りました。
判ってしまいました。
「感知できましたね?背中の印が何であるかを」
頷く事しか出来ませんでした。
つい先ほどまで、何時つけられたかもわからず、またつけられていることにも気付いていなかったにもかかわらず。
「あの男、教師としてはまあまともと思っていましたが、魔力操作や魔力感知についてきちんと教わっていないのですか?」
確かに、教え方は判りやすかったように思います。
「姉と一緒に教わってはいましたが、一年ほど前から母が遠征にどうしても私を連れて行きたいと言ってきかず、私の教育は途中で止まってしまっています」
「なんですかそれは」
薬師は信じられないと言いたげでした。
私も信じられません。王族の子供が教育を受けられないなんて。
その事について、最初の内は母に何度か抗議したのですが、母は受け付けてくれませんでした。
あろうことか自分はそんな教育を受けていなくとも王妃として認められている、等と言うのです。
無駄だと。
姉もあの適当な授業態度で侯爵家と婚約できたのだから、あなたも問題ないでしょう、と。
女が勉強してもあまり意味がない、とも。
私は呆れました。
代わりに政務を一手に引き受けている女官の存在を忘れているのでしょうか。
王妃本来の仕事を滞りなく進める為に、父が、周囲が、手配したあれこれを理解していないのですか。
そう言っても、母はにこにこと笑って私を見るのです。
女官は元々そういう仕事に就きたいと希望していたようだからあてがってあげただけ。
聖女としての務めを優先すべきと言ったのは周囲で、その通りにしているのだから、それ以外について周囲が手配するのは当たり前。
私は、この人には何を言っても通じないのだとその時に思いました。
「母は我儘でも横暴でもありませんが、誰の忠告も聞かず、周囲もすべき忠告をしない。結果、私の扱いは宙に浮いてしまいました」
「父親は……国王陛下は良しとしているのですか」
「いえ。ただ父は母の希望は最大限叶えるべきと最初から決めているようで、仕方がないと諦めたようです」
王子ならともかく、王女ですからね。母の不興を買ってまで引き離すほどの価値は無いということなのでしょう。
薬師は厳しい目をして首を振りました。
「聞くところによると、あなたは読書家で、一般的な教養については十歳の頃までに大体身に着け、教師は早々に用済みになったそうですが、語学や魔法等についてはまだ教師が必要でしょう」
「ええ。それで、母に言っても無駄ですから、父に頼んで王宮にいる間だけでも教師をつけてもらう事にしました。でも半年もしないうちに突然原因不明の虚弱体質になってしまって、折角の教師達もお断りする事になってしまいました」
ふむ、と薬師は何事か考え込みました。
「これからも軽くはなるでしょうが体調不良は続くわけですしね……」
そっと寝巻をまた肩へ戻してくれつつ薬師は呟きました。
手鏡を受け取ってくれたので、私は袖に腕を通し、前ボタンを留めました。少し身体が冷えてしまった気がします。
薬師は先ほどと同じように、私の手を取って寝台まで導いてくれました。
「魔法は私がお教えしましょう」
薬師の言に私は顔を上げました。
「どうやって?」
「こうやって、あなたの空いた時間に訪れましょう」
そんな事が可能なのでしょうか。
疑わしく思って薬師を見ましたが、薬師はしごく真面目な顔で見返してきました。
「魔法医って、大魔法使いなのかしら?」
薬師は微笑みました。
どの道現状をどうこうする方法は他になく、信じてみることにしました。




