3話 仮面
氷渡さな。
小学校時代から内気な少女だった。
クリーム色の長い髪。
前髪はやや長く、細い一本の毛束が眉間に垂れている。
――眉間が見れない!?
クエストの条件が脳裏をよぎる。
「目を見て話せ」
いや、無理だろこれ。
眉間を見る作戦が使えない。
そんな僕の葛藤など知らず、彼女は緊張した面持ちで口を開いた。
「は……初めまして。私は氷渡さなとも、申します!」
噛みそうになりながらの丁寧語。
その一言で分かった。
さなは――コミュ症になっていた。
俺と同じだ。
いや、小学校の頃から少し内気ではあったけれど。
でもさっきまで、みんなの前では普通に話していなかったか?
だが「同類」だと分かった瞬間、不思議と緊張がほぐれた。
「初めまして。僕は梶原優樹。」
名乗った瞬間。
さなの眉が、ぴくりと動いた。
勘づかれたか?
「……優樹」
ぼそりと呟く。
「どうしたの?」
「その……昔、似たような名前の友達がいて……ですね。ちょっと似ているなと思いまして。」
やはり来たか。
でもコミュ症の扱い方なら分かる。
会話で大事なのは――質問。
「どんな人だったの?」
さなは少し目を伏せてから言った。
「かっこいい人でしたよ。いつも明るくて。私の手を引いてくれる人でした。」
ズキン、と胸が痛む。
やめてくれ。
それ以上、理想の優樹像を語らないでくれ。
今の僕は、そんな人間じゃない。
「すごいね。一度会ってみたいな。」
なるべく自然に言う。
これ以上聞くのはきつい。
「僕さ、少し話すのが苦手なんだ。」
自分でも意外だった。
何故だろう。今の君の憧れはそうではない、と彼女に暗に示したかったのだろうか。
「実は私もでして……」
「でもさっきまで普通に話してなかった?」
「それは……役を演じているからでしょうか。」
自己紹介カードをチラッとみる。
なるほど。
「好きなこと、演劇って書いてあるね。」
「なぜか今、演技ができないんですよね。優……梶原さんの前では。
不思議となつかしい感じがするんです。」
その言い淀みが、妙に胸を締め付ける。
「役を演じる……か。」
時間が迫っている。
でも、もうクエストのことは頭から消えていた。
自然に、言葉が溢れる。
「それじゃこれからよろしく。さな。」
言ってから気づいた。
――名前呼び。
一瞬昔の自分に戻った気にでもなったのだろうか。
僕の顔が一瞬で熱くなる。
さなも、真っ赤になっていた。
そのとき、青い画面が表示される。
クエストの進捗が上がりました。
そして続けて。
クエストなんて忘れるくらいが丁度いいですよ。
……なんだそれ。
クエストのくせに、やけに人間くさい。
《さな視点》
私は、再び役者の仮面をかぶる。
でも、さっき優樹さんの前で仮面をつけられなかった理由が分かった。
多分あの人と私は、昔会っている。
というか、私の憧れの人。その本人だろう。
その頃の私は、彼の前で仮面をつけていなかった。
だから今、どの仮面をつければいいのか分からないのだ。
……というか。
これって、運命の再会じゃないですか!?
高校で初恋の人と再会って、少女漫画展開では?
どうしよう。
なぎさはああ見えて鈍いから、多分まだ気づいていない。
あともう一人――あの子にも、まだバレていないはず。
優樹さんを落とすなら今だろう。
でも優樹さんは、全部隠そうとしている。
昔会ったことも。
私たちとの思い出も。
なんでだろう。
まだ触れない方がいいのかな。
その時私の視界に、青い画面が現れた。
クエストを開始しますか?
はい いいえ
「……え?」
周りを見る。
誰にも見えていないようだ。
これは、私だけのもの。
恐る恐る「はい」を選ぶ。
クエスト1
梶原優樹に“本当の自分”を一つ見せよ。
報酬
・シルバーカード1枚
ヒント
(彼も仮面を被っている)
やっぱり。
優樹さんも、演じている。
私が先に外そう。
ほんの少しだけ。




