【ケース1】伊豆『は』踊り子
トンネルを抜けると、そこは既に伊豆だった。
その昔、伊豆半島は富士山の噴火により熱海-沼津間の大地が隆起し、その険しい山脈によって陸の孤島となったのだが、縦貫トンネル鉄道の開通によってまた本州と陸路で行き来が出来るようになったのである。
しかし、333年という長い期間、物理的、及び情報的に本州と断絶していた伊豆の人々は独自の進化をとげていた。
そう、なんと大地の隆起により伊豆半島に隔離される形となった伊豆の人々は、333年の間、選択肢の幅が狭い条件下で遺伝子を繋いだ為に多様性が失われ、ほぼ全ての人が『踊り子』になっていたのであるっ!
しかしこの事が逆に話題となり現在は日本で一番賑わう観光地となった。そう、現在の伊豆は右を見ても左を見ても踊り子ばかりなのであるっ!
いや、観光客がいるだろうと突っ込む御仁もいるだろうが甘いっ!今の伊豆は良く判らん作用によってこの地に一歩足を踏み入れただけで踊り子になってしまうのだっ!勿論私も例外ではないっ!
いや、正確には着ている物が踊り子の衣装になるだけで性別は変わらない。当然ジジババたちも若返ったりしない。
しかし、この無料、且つ強制的に踊り子のコスプレになる現象は他地域の人々にウケ、今では海外からも多数の観光客がやって来るようになったらしい。
しかも驚けっ!踊り子になった観光客はこの地にいる限り日本語を喋れるようになったのであるっ!
そんな彼ら彼女らに一番ウケているワードは『いい人は、いい人ね。』である。
更にアトラクションとして山道に見立てたつづら折りの階段を、これまた雨を演出したシャワーに追いかけられて昇る舞台が大人気だった。
勿論、天城峠のトンネルを模したお化け屋敷にも観光客が長い行列をなしている。
だが、家族との関係に悩んでひとり静かな環境で考えをまとめようとこの地に来た私には、それらの催し物は商業主義に染まった穢れたものとしか映らなかった。
しかしそんな私の前にひとりの少女が現われた。そして少女は私にこう言った。
「お兄さん、私と契約して執筆青年にならない?」
まだ子供のあどけなさを色濃く残す少女からの誘いに私は強く惹かれた。しかし私はロリコンではない。なのでほいほいと誘いに乗るのは抵抗があった。
しかし『執筆青年』という言葉は魅力的である。そう、実は私は小説家を目指していたのだ。
だが、まだ人生経験の浅い私が書く物語はきれい事ばかりで重みがないと作品を持ち込んだ先の編集者から指摘された。
ふんっ、編集者と言っても所詮はお子ちゃまにおもねるばかりのラノベ出版社ではないかっ!なので私の『高尚』な作品は扱いきれなかったのだろう。
しかし今はラノベでなくては作家としては中々食べていけないのも事実だ。そしてラノベの王道と言えば『チート・ハーレム。時々ざまぁ』である。
なので私は声をかけて来た少女を相手にしてそっち系の経験値を増やすべきという考えに至った。
「いいだろう、契約してやる。さぁ、チカラを寄越せっ!」
私は少女が差し出した契約書を内容も読まずにサインして、高飛車な態度で少女にチカラを要求した。
しかし、そんな私に対して少女はニコリと笑うととんでもない事を言い出した。
「はい、ご契約ありがとうございます。それではこれよりあなたを東南アジアの国境近くにある拠点に転移させます。そこでマニュアルに従って顧客に電話を掛けて下さい。その経験を元に執筆すれば、きっとあなたは立派なドキュメンタリー作家になれますよ。」
「えっ?」
私は少女の言葉を直ぐには理解できなかった。しかし、次の瞬間私は伊豆の地から東南アジアの国境近くにある詐欺グループの拠点に転移していた。
その後、数ヶ月を私は踊り子の衣装のまま日本のご老人相手に電話をかけるハメとなった。
だが、ある日突然建物の外で銃撃音が鳴り響いた。そう、現地の警察が犯罪の温床となっているこの地に『ガザ入れ』に入ったのだ。
そしてこの地では犯罪者に人権はないらしい。なので死人に口なしとばかりに動くものは全て銃撃の対象になった。
もっとも犯罪者側も警察による『ガザ入れ』には備えはしていたらしく、どこで手に入れたのか自動小銃やロケットランチャーで応戦していた。
だが、装備に関しては警察の方が上だった。なんと警察は軍に連絡して戦車まで用意していたのだ。いや、それどころか戦闘ヘリやジェット爆撃機まで持ち出してきた。
おかげで1時間ほどでこの辺りに巣食っていた犯罪者たちの拠点は瓦礫の山と化した。
そんな中、何故か私は傷ひとつ負わずにいた。これは多分踊り子の衣装の加護だと思う。そう、踊り子の衣装は聖女のパンツと並んで最強の防御アイテムだったのだ。
とは言え、この惨劇は一介の学生風情には刺激が強過ぎた。なので私はいつの間にか気を失ったらしい。
そして次に目が醒めた時、私は東京の自分のアパートの部屋にいた。
この状況変化に私は頭が混乱し呟く。
「夢だったのか?」
いや、夢にしてはリアルだったし、なによりも私は踊り子の衣装を着ていた。勿論これは私の私物ではない。伊豆にて何らかのチカラによって強制的に着せられたものだ。
だが、幾ら考えても答えは出なかった。なので私は考えるのを止めた。
こうして私はまたいつもの日常へと戻った。しかし伊豆の地での記憶は私の中に強く残ったのだろう。
なので私は今日も勉強で疲れた頭を休める為、踊り子の衣装を着て姿見の前に立つ。うん、見慣れると結構似合っているな。でも人前には出れないな。アキバでもちょっとキツイ・・。
そして踊り子の姿で私は今回の旅を小説仕立てに書く事にした。だがこれにより私は自分の限界を知る事となる。
何故ならば折角、伊豆『は』踊り子というタイトルに合わせて踊り子だらけの伊豆という設定で書き出したのに、いつの間にかロリコン&戦闘アクション小説になってしまったからだ。
もしやこれはコスプレの呪いかと思い着替えてみたが状況は変わらなかった。
しかし私は薄々気付いていた。この状況は自分の現状をただただひがんだ私の『孤児根性』が生み出した幻なのだと。
なので本当は伊豆には少女などいなかったのかも知れない。この踊り子の衣装も本当は自分で用意して、その記憶を自分で消した可能性がある。
そもそも私は本当に伊豆に行ったのか?考えれば考えるほど全てのものに確信が持てなくなった。
だから私はこう思うようにした。そう、私はまだ夢の中にいるのだ。そして『ただぼんやりとした不安』が私をこの幻想の中に留まらせている元凶なのだ。
なのでその元凶が取り除かれない限り私はこの世界から脱出する事は出来ないはずである。
しかし希望はある。
『伊豆『は』踊り子』。このタイトルさえなんとかすれば私は目覚められるはずなのだ。
しかし何度タイトルを書き直しても、次の瞬間には原稿用紙に書かれたタイトルは『伊豆『は』踊り子』に戻っていた。
だが、私は負けない。タイトルが変えられないのならば作品の内容を変えればいいのだ。
そして私は筆を取り最初の文章を書き始めた。
道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。
私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺かすりの着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけてい・・
-伊豆『は』踊り子 完-
 




