05 甘いのはケーキだけで充分
人には得手不得手がある。
昔から暗記は得意だった。逆にダンスだったり、乗馬だったりはすぐに息切れを起こしてしまうほど苦手だった。単純に体力がないのもあるけれど、疲れやすい体質だった。
それに加えて、色恋沙汰が余り得意ではない。
理由は単純に、両親が子供の前でもはばからず、いちゃいちゃするタイプだったから。なんというか見ていて恥ずかしくなるのよ。
両親の仲がいいのは悪いことではないが、子供心に気まずくてそういう雰囲気を避けてきた。
全くダメというわけではなく、流行り物の恋愛小説や、舞台の題材にされているものなら見ていられる。だから、自分がそういった雰囲気に巻き込まれるのが苦手なのかもしれない。
その点エリックとはそういった恋人同士特有の甘い雰囲気になることはなく、幼馴染として、仲の良い友人としての信頼関係で成り立っている婚約者だと、一年前までは思っていたのになぁ。
「エリックさんとは、仲良くしているみたいね」
なんて、お母様がにこにこしながら言った。お父様も隣で食後のコーヒーを楽しんでいらっしゃる。
さわやかな朝のはずなのに、すでに両親のラブラブっぷりを見せつけられて私の気分はげんなりだ。どうして朝から両親がべたべたしているところを見なければいけないんだろう。
「なんだかお変わりになられたようで心配していたけど、二人が仲良しさんで安心したわ」
「まぁ、はい。よくしていただいていますわ」
「いつか二人もパパとママみたいに素敵な夫婦になってね」
「はは。ママは上手だね」
大事にしてもらっている自覚はあるし、悪い人たちではないのよ? ただ見ていて気恥ずかしいので、せめて子供の前でのキスやハグは控えてほしい。
そろそろお父様がお仕事を始める時間だし、追加のいちゃいちゃに巻き込まれたくないので早めに退散してしまいましょう。
「お父様、お母様。私はそろそろ部屋に下がらせていただきますね」
「昔みたいに家の中ではパパとママと呼んでいいんだよ」
「そういうわけにはいきませんわ。私、もう子供ではありませんもの」
二人のことは好きだし、アレだけはなんとかならないのかしら。
自室に戻って頭を抱える。私も結婚したらあんな感じになるの? 流石にそれは恥ずかしくない? でもなんだか最近のエリックは妙に距離が近いし、もしかしてエリックもお父様とお母様のような関係を望んでいらっしゃる?
応えた方がいいの? ちょっと私には荷が重いのだけど!
元々のエリックは、線の細いおとぎ話に出てくる王子様然とした人だったはずなのに、旅の道中で筋トレとやらに目覚めてムキムキになった。その上、少し強引にもなった気がする。
何がどうなっているのか私もわからない。
ベッドの上でうだうだと転がっているとノックが聞こえ、スタンリーとメイドが部屋に入ってきた。
スタンリーはこちらを一瞥しただけで特に何も聞かず、「天幕洗濯しまーす」と言ってテキパキとベッドの周りに取り付けられた天幕を外していく。
「屋敷の末娘が悩んでいるんだから、もうちょっと心配しなさいよー」
「どうせ旦那様方のイチャイチャに恥ずかしくなって逃げ帰ってきたんでしょう?」
「そうだけど! それもあるんだけど!」
もうちょっとくらい気にしてくれてもいいじゃない!
お父様とお母様の仲の良さは屋敷の内外に限らず有名で、屋敷の使用人たちの間では私が、両親の仲の良さに恥ずかしくなってしまうことも周知の事実となってしまっている。だったら助け船くらいくれてもいいでしょう?
メイドが微笑ましそうな笑顔で見ている横で、スタンリーはさっさと天幕を取り外し、新しいものへと取り換えていく。
「せめてこう、もうちょっと子供の前では自重してほしいというか」
「今に始まったことでもないでしょうに」
「節度ってものがあるじゃない! あなたもそう思うでしょう?」
「私ですか? 私は微笑ましいなぁと思って見ていますね」
味方がいない!
唸っている私の横で、呆れながらスタンリーが取り換えた天幕をメイドに渡す。
「はいはい、話ならいくらでも聞いてあげますから。……これ、一人で持って行けます?」
「ええ。ありがとう、スタンリー。助かったわ」
どうやらいつも通り、スタンリーはメイドの仕事を手伝っていただけみたいね。
スタンリーは、よく気が付く方で私に対する扱いは良くないけど、屋敷の人間には好かれている。なんならメイドたち曰くモテるらしい。
メイドたちが言っていたので嘘ではないと思うけど、普段の言動が言動なので、この男がモテているのは信じられない。世の女性ってもっと、以前のエリックみたいな優しくて穏やかな男性に惹かれるものではないの?
「婚約者の趣味って、やっぱり一緒にやった方がいいのかしら?」
メイドが退出するのを見送ってスタンリーに話しかける。
引っかかっているのは先日、エリックが「一緒にトレーニングをしないか」と誘ってくれたにもかかわらず、断ってしまったこと。
申し訳ないとは思いつつも、本当に体力がないと自覚しているので、運動は遠慮したい。
「え、お嬢様が筋トレを? 無理でしょ」
「わかってるわよそんなの」
いくらエリックのサポートがあったとしても、私の体力の無さを舐めないでほしい。絶対続かない。
スタンリーがため息を一つ吐いた。
「断ったのよ。でもやっぱり、申し訳なくて……」
「別に、そんなことでエリック様がお嬢様を嫌うわけがないでしょう。それともやっぱり、今のエリック様とは一緒にやっていけませんか?」
「そんなわけないじゃない! いえ、確かにどうしたらいいか、わからなくなっているけれど、ずっと一緒にいた幼馴染なのよ? これからだって、多分一緒に……」
「じゃあいいじゃないですか。嫌いになったわけでもないのなら、エリック様の新しい趣味を知った上で、今後どうなっていきたいのかを考えれば」
「簡単に言わないでよ。それがわからないから、困ってるのに」
スタンリーの言う通り、エリックは私がお誘いを断ったところで怒る人ではない。怒る人ではないけど、今までとは違う関係を望まれた時、私はどうしたら……。
エリックは私にとって婚約者ではあったけど、それ以上に幼馴染であり友人だった。それが変わり始めている気がする。
「ま。ゆっくり考えることですね」