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43 静寂の中で


 登城してから暫くは、案内された部屋で待機になった。

 今回の式典では、エリックは主賓になるので来賓の貴族が集まってからの入場になる。正直この時間があってよかった。まだ少しだけど、エリックと、お互いに今まで胸の内に仕舞っていたことを話せたから。


「隣にいる時は、私のことだけ見てほしい」

「うん」

「もっと、君に触れていたい」

「そうなの」


 一つ一つ解きほぐすように言葉を紡いでいく。嫌だったこと、したいこと。部屋に備え付けられたソファーに並んで腰かけながら、束の間の休息を謳歌する。

 馬車に乗り込む前はあんなに気を張っていたのに、今は不思議と嫌な気持ちはない。


「あなたに触れられるのは嫌じゃないの。ただ、どうしたらいいかわからないだけ」

「そう」

「クルミさんとの仲を引き離したいわけではないの。ただ、お互いに理解し合っているのが羨ましかった」


 勝手に疎外感を感じて、勝手に嫌な気持ちになっていた。全部私の思い込みだったのだけど。

 多分、クルミさんもお城の別室で待機している頃だと思う。式典会場であるホールに出れば挨拶することにもなるはず。でも以前のような拒否感はない。呼吸をする度に重くなる胸の内もなければ、吐き出したくなるような重い気持ちだってなく、嘘みたいに軽い。

 伸びてきたエリックの手が、私の髪に触れて、するりと抜け落ちた。


「ずっと、君に触れたかったし、好きだって伝えたかった」

「あなたの気持ちを受け入れたいとは思ってる。でも本当に、どうたらいいかわからないの」

「うん」

「だから、……あなたに教えてほしい。この気持ちの受け止め方を」


 どちらともなく目が合って、頬が緩む。


「もっと、ちゃんと話していればよかったわ」

「それはお互い様だよ。私も、君をわかったつもりでいた」


 くすくすと笑いながら息を吐く。ソファーとエリックの肩に体を預けて、そっと目を伏せた。

 随分と豪華な待合室に二人きり。この後、ホールで王様のありがたい話を聞いて、貴族の方々との挨拶を済ませたら今度は馬車に乗って王都を凱旋する。

 既にお城の外には着実に出待ちの観衆が集まってきているのか、窓の外では微かに人のざわめきが聞こえた。なんだか不思議な感じ。穏やかで、でも非日常で。そわそわするけど幸せで。


「クルミさんのこと、悪く言ってごめんなさい。ずっと謝りたかったの」

「それは……いや。申し訳ないと思うのなら一つだけ、私の願いを聞いてくれないか?」


 エリックの言葉に視線を上げる。

 悪戯っぽく笑った彼と目が合った。


「私といる時は、よそ見しないでほしい」

「それって」

「私だけを見ていてくれ」


 でないとまた、妬いてしまうよ。なんて、照れたように笑うエリックにカッと熱がぶり返す。

 もう、どうしてこのタイミングでそういうことを言うのよ。馬車の中で散々赤面させられて、やっと落ち着いてきたと思ったのに。返事の代わりにぐりぐりとエリックの肩に額を押し付ければ、頭の上から楽しそうな笑い声がした。


 今日二人でゆっくりできる最後の時間なのよ? もうちょっと穏やかに過ごしたいじゃない。折角仲直りできたのだし。

 とはいっても、時間の流れは無情なもので、刻一刻と式典の開始時間が迫ってくる。

 ノックの音が響いた。メイドの呼ぶ声がして、エリックが立ち上がる。


「行こうか」


 なんでもない顔で先導するエリックに、照れ隠しに前髪を触りながら廊下に出る。

 メイドに先導され豪勢な装飾の施された廊下を進む。以前にも何度か式典に参加したことはあるけど、主賓に同伴するのは初めて。会場へ続く廊下ってこんなにも静かなものなのね。

 緊張のせいなのか、静寂に当てられてなのかはわからないけど、二人して押し黙ったまま長い長い廊下を歩く。


 少し先に、王宮の騎士が並んでいた。生憎ロジェ兄様ではなかったけれど、彼らがここを守ってくれているのなら安心ね。

 騎士たちが守る廊下の突き当たりには、一際豪華な扉がある。あの先が、式典会場のホールか。あそこをくぐってしまえば、後は華やかな式場と華やかな貴族たちに囲まれ、きっと落ち着いて話もできなくなってしまう。

 ずっと笑みを張り付けて、下手なことを言わないように気を付けて、それから。


 隣で、息を大きく吐き出す音がした。次いでゆっくり息を吸い込む。

 そうしてエリックが、私に手を差し出した。少し緊張した、けれど優しさに満ちた目が私を見る。


 白いグローブ越しに手に熱を感じた。

 本来は腕に手をかけるか、手を重ねるべきなのだけど。絡んだ指が気恥ずかしくも、嬉しくて。緩みそうになる頬を必死に奥歯を噛みしめて耐える。


 騎士たちの手によって会場の扉が開け放たれた。わっと、静かだった廊下に歓声が注ぎ込まれる。目が眩むほどの華やかさが扉の向こうに広がっていた。

 ゆっくりと、エリックと二人連れ添って歩み出す。これだけ多くの人の望みを、エリックは叶えたのか。改めて自分の隣にいる人がすごい人だったのだと実感する。でも、だからといって、私はもうこの手を離すつもりはない。

 まだほんの少し不安はあるけれど、手のひらの中の温もりがあれば、きっと大丈夫。



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