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40 気持ちは逸るばかりで


エリック視点。


 来てしまった。

 目の前には何度も通い詰めたオーエン邸。いつだってマリーに会う時は緊張していたが、いまだかつてないほどの動悸を感じている。


 よくはないと思いつつもアポイントメントもなく、馬車を走らせた。なにせ式典まで、一週間を切っていて時間もないのだ。他の日は執務や準備があるし、マリーと仲直りするなら今日しかない。

 王族や多くの貴族が参列する式典で、妙な空気になりたくないのもあるが、何よりも、今の気まずい状況が耐えられない。以前のようにマリーに微笑みかけてほしい。随分と勝手な物言いをしているのは理解しているが、本心なのだ。

 どうしたらマリーはもう一度微笑んでくれるだろうか。まずは不用意な発言と誤解を招く行動を取っていたことを謝罪して、それから? なんと言えば、マリーの心を解すことができる?


 衝動的に訪ねてきたため、何にも思いつかない。

 せめて何か手土産があった方が良かっただろうか。とは言え来てしまったものは仕方ない。せめて誠実に、誠心誠意謝罪する他ない。まずは第一声から考えるべきだな。


「あの」


 そんなことを考えて頭を悩ませていると、不意に声をかけられた。

 聞きなれない声にそちらを向くと、ここ最近ずっと頭の中にいた男がいて。


「エリック様、本日いかがなさいましたか?」


 例の使用人、スタンリーだ。

 何やら大きな荷物を持っているが、……壁紙か? 確か、フットマンと言っていたし、部屋の模様替えでもしていたのだろう。本来フットマンは来客対応などしないのだが、さすがに玄関前で唸っている男がいたら声をかけざるを得なかったのだろう。

 何とも気まずそうな表情の男は、以前見かけた時は不愛想な男だと思ったのだが、存外顔に出るタイプらしい。


「いや、アポイントメントを取っていたわけじゃないんだ」


 恐る恐る約束の有無を確認するスタンリーにそう返して、居住まいを正す。

 何か用事があったわけではない。いや、自分にとっては大事な用事ではあるのだが、会う約束があったわけではないのだ。ただ私が一方的に話がしたくて、赴いたというだけで。

 それを聞いて安心したように胸を撫で下ろすスタンリーは、なんともまぁ使用人らしいと言うか。約束を聞き損ねていたのかと焦ったんだろうな。使用人としては、家人の予定の把握漏れはトラブルになりかねないのだし、普通の反応だろう。


「ご足労いただいたところ大変申し訳ないのですが、ただいまお嬢様は外出しておりまして」

「そうだったのか……。いや、いいんだ。私が急に来たのだから」


 タイミングが悪かったな。普段あまり外出しないとはいえ、マリーにだって予定はある。何か、気になる舞台でもあったのだろうか。もしそうなら、声をかけてほしかった。一緒に……いや、さすがにそれはわがままが過ぎるか。

 マリーが不在であるのなら帰宅しようとも考えたが、自分でも何を思ったかわからないが、目の前の使用人と言葉を交わす。


「君は、確かフットマンだったか」

「はい。旦那様に拾われて以来従僕兼、三兄弟の御用聞きをさせてもらっております」

「マリーとも仲がいいんだな」

「お嬢様は使用人を家族のように扱ってくださいますからね。使用人一同、お嬢様には幸せになってほしいと願っております」


 他意はないのだろう。その言葉に偽りも。彼はあくまで使用人だ。わかっていたじゃないか。ただ、血縁以外の、マリーと近しい異性が彼だったと言うだけ。そこに何の含みも持たない。

 そうか。と短く返して肩の力を抜けば、スタンリーも緊張が解れたのか表情が明るくなる。それどころかいかにも気が緩みましたという顔になったのに毒気を削がれる。存外緩いと言うか、人懐っこいというか。悪い奴じゃないのは確かだ。

 気を良くしたのか、スタンリーが普段のマリーの様子について語って聞かせてくれる。有り難いのだが、他家の子息を立ち話に付き合わせるフットマンには初めて会ったな。別にこんなことで咎めたりはしないが。


 いささか、使用人として問題がなくもない態度ではあるが、彼の語るマリーは私が知らない一面もあり、彼女が私に向かって言った言葉に確かな輪郭を持たせる。

 私が帰ってきて以来、急にあれこれと悩みだして、頭がパンクしそうになるたびに、ベッドの上で悶えていること。すっかり趣味となった舞台の原作小説を取り寄せては、目を輝かせてページを捲っていること。それから、ここ数日は特に落ち込んでいること。


「差し出がましいようですが、早めにお嬢様と仲直りしてくださいね。あれで凹みやすい質なので」


 困ったように眉を下げて微笑むスタンリーに、静かに頷く。

 マリーを傷つけたことへの謝罪の意志はある。仲違いしたままでいるつもりもない。彼女さえ許してくれるなら、今まで以上に誠実に、話し合いに挑む心づもりでいる。あとは上手く話しかけるタイミングを掴むだけなのだが、存外それが難しくてな。


 まぁ、それはそれとして。

 君、ある程度相手を理解すると、図々しくなるタイプだな? 別に構わないが。



完結まであと5話!

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