04 ある意味相性最悪
あれから数日。
日を改めて訪ねると言っていたエリックは、何ともベタなバラの花束を持って現れた。
別に、不満はないわよ? 秋バラは色も香りも濃くて素敵だし、以前からエリックに花束を贈られる機会はあったし。
ただ、いつもは十一本だったかしら? なのに、今日の花束はなぜか量が多い。
持ち切れないほどではないけれど、どうして増えたの? ひとまず、メイドにお願いして部屋に飾っておいてもらう。
今日は、天気はいいけれど、少し風があるのでサンルームへと移動する。庭園ほどではないけれど季節の草木が色とりどりの花を咲かせていて、目を楽しませてくれる。
先日聞いたエリックの好みの変化を伝えて、お茶菓子の代わりに軽食を用意してもらったけど、これで良かったのかしら?
「それで、その丘から見える海がとても綺麗でね。いつか一緒に行こう」
「ええ、ぜひ。実際の海は見たことがないので、今から楽しみですわ」
日当たりのいい一画に置かれたチェアに腰かけて、テーブルに乗せられた紅茶とケーキスタンドを囲む。
うん。不安はあったけど、一応会話は成立している。旅の途中でどこへ行き、何をしたか。どんな風景を見たかをエリックが教えてくれる。その語り口はとても生き生きとしていて、聞いている私さえもなんだかわくわくしてくるような内容だった。
そう。それが正しい受け取り方なのよ。なのにどうしてか、話の合間にその街で行ったトレーニングの内容になる度に脳が理解を拒絶する。
「トレーニングに力を入れたのね、お体も随分大きくなられて」
「大変だったが、これが意外と楽しくてね。筋肉が付き始めたら今度は食べるものも気になり出したりして。自分がこんなに凝り性だとは思わなかったよ」
「まぁ、そうですの。まめな方でしたから、性に合ったのかもしれませんね」
何とか話を合わせようとしたけど、もしかして間違えた?
穏やかな表情で旅の思い出を語るエリックに意を決して、身体的な変化について触れると、パッと表情を明るくして、旅の途中に始めた筋力トレーニングについて語り始める。
「そうかな? 自分ではまめな性格だと思ったことは無いんだが、マリーが言うならそうだったのかもしれないね」
「昔から欠かさず贈り物をしてくれたじゃないですか。今日だって素敵なバラをいただいて」
「あれは……まぁ、うん。そうだね」
幼い頃から婚約者として一緒にいたのもあって、エリックには何度も素敵な贈り物を貰ってきた。今日のようなバラの花束だったり、流行りのケーキだったり。ペンや香水のような日常使いしやすいものを貰ったこともある。
ありがたいし嬉しいわよ? でも、少し気を遣い過ぎなのではとも思う。いくら婚約者とはいえ、幼馴染なのだしそこまでして機嫌を取ろうとしなくてもいいのに。
もしかして我儘なのがばれている? 一応家の中でだけにしていたつもりなのだけど。
気を取り直して、なのか。
最近はまっているトレーニングメニューについてや、質のいい筋肉を作るための食事について話すエリックを盗み見る。相変わらず、トレーニングについては楽しそうに話すわね。
「そうだ! もしよければなんだが、マリーも一緒にトレーニングしてみないか?」
そんなにキラキラとした目で見られましても。私自身、余り体力がないのも運動が得意ではないのも、それとなく話したことがある。
いえ、でもエリックのことだし意地悪で言っているわけではないと思うのよ。むしろ善意というか、自分の趣味を一緒に楽しめたらいいなと思っているだけかもしれない。
それに何より、高たんぱく低カロリーとか言われても。私は砂糖と蜂蜜にどっぷり漬け込んだような甘やかされ方をして育ってきているのよ? ささみとブロッコリーで満足できるわけがないわ。
「もちろん無理にとは言わないし、簡単なストレッチから始めてみるのはどうだろう? 私も最初は戸惑ったが、仲間に教えて貰って体を動かすことの楽しさを知ったんだ」
「えっと……」
「やっぱり、体を動かすのは苦手?」
ええ。まぁ、はい。その、なんというか、自分でもあまり良くないとはわかっているのよ? でも基本的に怠惰な性格と言いますか、根気がないのよ。集中力だって一時間ちょっと保てばいい方だし、疲れるのだって好きじゃない。
甘ったれているのはわかっているし、この間スタンリーに言われたように私にはムリな趣味だと思うの。
私がなんと答えるとわかっているのか、エリックは至極残念そうに眉を下げている。ものすごく、申し訳ない。申し訳ないけど、人には得手不得手というものがありまして。ダンスですら二、三曲踊っただけで疲れるくらいの体力の無さなのだから、きっとトレーニングとかストレッチ以前の問題なのよ。
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ。私の方こそ無理を言ったね」
「でも! お話は聞かせてくださいね? エリックと話をするのは好きなので」
「そうかい? もちろんだとも!」
ああよかった。思いのほか、しっかり落ち込んでいたので、エリックの表情が明るくなったことに安心する。
一緒にトレーニングはできないけど、エリックの趣味を否定したいわけではないもの。趣味に熱中して、機嫌よく過ごしてくれているのならそれが一番よ。
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