表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/44

37 何度でも取り繕って

 深呼吸を繰り返す。

 息を吸って、吐いて。また吸って。できるだけゆっくり、気持ちを落ち着けるように。息をする度に重くなる胸の内を無視しながら、いつも以上に気を張って廊下を進む。今日だけ廊下がもっと長くなれば、なんて馬鹿な思考を頭の隅に追いやって。


 私がどんな気持ちでいようと、時間は待ってくれないし、太陽はご機嫌に昇っている。

 式典まであと一週間しかない。あれは公的な催しだ。失敗したり雰囲気を壊すようなことがあってはいけない。何より、こんな状況でも私はまだエリックの婚約者なわけで。私の個人的な感情で、どうこうできるものではない。

 つまり、二人揃って式典に出ている間は、婚約者同士として表面上だけでも穏やかに過ごす必要がある。周りに多くの参列者がいる中で取り繕い続けられるのかと問われれば、答えは否。私は、自分がそんなに器用ではないと知っている。


 式典を乗り切るためにも仲直りしたい。

 不純かつ、どうしようもない期限と理由を経てないと私はちゃんと謝れない。外面ばかり取り繕って、中身が空っぽなんだもの。もう一度、深呼吸をする。何度も作り直したハリボテの自分を準備する。

 メイドが、サロンの扉を開けてくれる。今日だけ扉が重くて開けられなくなればいいのに。


 扉の先には、もうすっかり見慣れてしまった体格のいい男性が一人。

 エリックだ。こちらに気付き、ソファーから立ち上がる。その表情に、いつものような柔らかい笑みはない。


「や、やぁ」

「えぇ。ごきげんよう、エリック」


 何ともぎこちない挨拶ね。私も人のことを言えないけど。

 いつも私に向けてくれていた笑顔はない。まぁ、それはそうよね。わかっていたけど、ちょっと落ち込む。気まずいまま、ローテーブルを挟んで座る。メイドがてきぱきと紅茶とサンドイッチを並べてくれるのを眺めた。

 鶏むね肉だとか、ブロッコリーだとか。もしかしたら、以前エリックに話してもらった低カロリー高たんぱくな軽食セットも、ここに並ぶのは最後かもしれない。婚約を解消したら、わざわざ私に会いに来る理由もないものね。


 今はまだ婚約者だけど、ずっとそうでいられるわけではない。

 お互いの同意と、きちんとした手続きを踏めば、婚約の解消は可能。さすがに、式典間近の今告げられはしないだろうけど、式典が終わり次第、なんてことはあるかもしれない。


「今日は、これを、持ってきたんだ」


 何が出されるのかと、内心ドキドキしながらエリックの手元を見れば、小さな箱を差し出された。

 蓋を開けられるのを待って覗き込めば、それはダイヤモンドをあしらったネックレスで。式典で着けていくアクセサリーが完成したので、わざわざ届けに来てくれたらしい。

 律儀な人。きっと会いに来るのは気が重かったでしょうに。私に会いたくないなら、理由を付けて当日に渡すことだってできたはず。でもそうしなかった。きっとそんなこと思いつきもしなかったでしょうね。律儀で、誠実な人だもの。


「きれい……」

「あぁ。きっと、君に似合うよ」


 よくかけてくれていた言葉に少し心臓が弾む。

 けど今はどう受け取ったらいいのかわからない。曖昧に笑って、ネックレスに視線を落とす。

 精巧なシルバーの装飾は植物を模したデザインをしている。これは、月桂樹かしら? そしてその中央に座しているダイヤモンドは、光を反射してキラキラと何色にも輝いている。いっそ、この輝きが何もかもを照らして、私の汚い部分も眩しくて見えなくなればいいのに。


「その、式典は」

「以前言った通り、迎えに行くよ」

「……わかりました」


 今はまだ、この関係を続けることを許してくれるらしい。

 謝らなくては。例え嫌われてしまっていたとしても。仲直りしたいけど、それができなくても、酷いことを言ったのだからその分は謝罪しないと。でもどうやって?


 今まで誰かとケンカをしたことが無いから、仲直りの仕方がわからない。あれをケンカと言っていいのかはわからないけど。

 なんとなく気まずくて、二人とも手を付けないままメイドが入れてくれた紅茶だけが冷めていく。どういう風に、話を切り出したらいいのかしら? そもそもこちらから話しかけてもいいものなの?


 仲直りしたい意志はある。でもどうやって切り出したらいいかわからない。何かを言いかけて、何も言い出せず閉口するのを繰り返す。

 この空気のまま式典を乗り越えるのは、非常に嫌なんだけど。どうしたらいい? どうしたらちゃんと話ができる? なんと切り出したら聞いてもらえる? 自分勝手な焦りばかりが気を急いて、飽きれと落胆でため息が漏れる。


 微妙な空気のまま、時間だけが流れていく。

 大して話もできないまま、何かを言いかけて、言い淀んで、を繰り返している内に日が傾いて、結局仲直りのなの字もないままエリックを乗せた馬車が去っていくのを見送ってしまった。


 何の話もできなかった。

 何ならほとんど話しかけてもらえなかった。やっぱり、もうだめなのかなぁ。一週間後、どんな顔をして式典に挑めばいいんだろう。

 もうやだ。



月桂樹のモチーフは「勝利」や「栄光」の他に、「永遠の愛」や「幸福を呼び込む」といった意味を持つ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ