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03 何が彼をそうさせたのか


 アレはいったい何だったのかしら。

 夢ならどんなに良かったことか。魔王を倒す旅から帰ってきた婚約者がムキムキになって帰って来るなんて誰が想像できようか。元が線の細い人だったために、余計にギャップがすごい。

 おまけに、あの、アレは何? 私何で、エリックに手ずから苺を食べさせられたの?


 ベッドの上で手足を放り出して天蓋を見上げる。

 ミルフィーユはあんなに美味しかったはずなのにあの苺を食べさせられて以来、すっかり味がしなくなってしまった。正直何を話したのかもあんまり覚えていない。


 何故、何があってエリックはあんなことを?

 そもそも。私とエリックは確かに婚約者ではあったけど、幼い頃から一緒にいた幼馴染だった。いずれ結婚するのも決まっていたけど、恋愛関係よりも特別仲の良い友人の方がしっくりくる。

 それはエリックも同じだと思っていたのに、いったい彼が旅をしている一年の間に何があったのかしら。


 確かに私もエリックに会いたいとは思っていた。この世界に魔王がいたことすら実感もなく、のんびりと暮らしてきた私でも、エリックに信託が下りた時はさすがに危険な旅をするのだとわかっていたし、心配もあった。

 でもそれは幼馴染の身を案じるものであって、恋愛的な? 感情はそこに無かった、はず。


 そもそも、一年前のエリックはあんなことしなかった。

 エスコートの際に手を取ったり、ダンスで距離が近くなることはあっても、それはそういうものだし。過度の接触みたいなものはなかった。

 一体旅に出ている間の一年間に、何があったのか。呆然と、いつまでたっても変わらない天蓋を眺めていると、不意にノックが響いた。


「失礼します。おや、起きてたんですか」

「スタンリー」

「大の字で寝転がって、はしたないですよ」

「放っておいて。今頭がパンクしているところなの」


 扉から顔を出したスタンリーに片手をプラプラさせて返事をする。だってしょうがないじゃない。本当に何がどうしてこうなっているのかも、エリックが何を考えているのかもわからない。

 うだうだとベッドの上で転がる私を他所に、スタンリーがベッドサイドに置いてあるチェストに運んできた花瓶を乗せる。メイドたちに頼まれたんだろう、フットマンとして仕事を全うしているようで何より。


 花瓶から伸びたダリアが重そうに頭を垂れてこちらを向いた。

 あなただって、何が起こっているのかわからないわよねぇ? なんて見つめ返してもきゅっと詰まった花弁は何にも返してくれず、ただいい匂いがするだけ。


「人って、一年であんなに変わるものなのね」

「変わりたいなら、いくらでも変われるでしょう。まぁ、あそこまで鍛えてくるとは思いませんでしたけど」


 あ、男の人が見てもすごいのね。

 一仕事終えたとばかりに息を吐くスタンリーの横で、体を起こす。簡単に手櫛を入れれば、何も言わずスタンリーが鏡台からブラシを持ってきてくれる。ありがとう。


「全然、エリックの話がわからなかったわ」

「珍しいですね。どんな話をしたんです?」

「効率のいい負荷のかけ方とか、質のいい筋肉を作るための食材についてとか」

「あぁ、それは筋トレにハマった奴が必ず通る道ですね」


 覚えがあるのか呆れた顔をするスタンリーに、そういう物なのかと一旦は納得する。

 スタンリーは別に鍛えているわけではないだろうけど、屋敷で雑務を担当しているし重い物を運ぶのが仕事だし筋肉はある方だと思う。多分。実際、背が高いからひょろ長く見えがちだけど、一年前のエリックよりは分厚かったはずだし。

 散らばっていた髪をほぐし終わって櫛を返せば、スタンリーが鏡台に戻してくれた。


「トレーニングって、そんなに良いものなの?」

「ハマる奴は、とことんハマりますね。お嬢様は……まぁ、ムリだと思いますよ?」

「悪かったわね、体力なくて」


 だって仕方ないじゃない。移動は馬車があるし、重い物は皆が持ってくれるし、基本的に伯爵家の末っ子長女として可愛がられてきたんですぅ。

 そう、一睨みしてもスタンリーはどこ吹く風で。別に私は、トレーニングするとは言ってないわよ。自分に体力がないことも理解しているし、そもそも疲れるのも嫌だし。


「一応婚約者として? エリックの趣味にも理解を示すべきだと思っただけよ」

「それで? いけると思って話を聞いたのに、全く理解できなくて呆然としていたんですか?」

「うーるーさーいー」


 言い当てないでちょうだい。改めて言葉にすると情けないし恥ずかしい。伯爵令嬢として必要な教育の中に筋力トレーニングの項目がなかっただけです! まぁ、あったとしても苦手だったと思うけど。

 手元にあったクッションを手に取って抱きしめる。手触りのいいカバーの隙間から、やる気なく空気が抜けた。


「で? 後日改めてお越しになるとおっしゃっていましたが、話が合わないならエリック様と会うのは控えますか?」

「……会う」

「ではそのように」


 さすがに、そんな理由でお断りするのは申し訳ないし。以前は普通に話していたんだから、トレーニングの話以外はできるはずだし。

 ……多分。



お嬢様の特技は八つ当たり

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