11 いつだって乱高下
穏やかな日差しと、時折吹く優しい風が心地いい。
ちょっと恥ずかしい話をしてもいいかしら? 最初は心の準備ができていないと言って渋っていたけど、正直ものすごく楽しい!
何なのかしらね、この高揚感は。公園というよりはただの空き地や広場のような、正直、見る物も何もない場所で、知らない子供の笑い声を聞きながら談笑しているだけなのに。
場所の補正ってあるのね。さっき食べた苺サンドも、きっと私はあれよりもおいしいものを知っているはずなのに、まるで初めて食べたみたいに特別な味がした。
多分、その理由は、エリックが私と楽しかった思い出を共有したいのだと理解したから。ようやく、少しだけ、エリックの見ている世界を知ることができた気がする。
「エリックは、旅をしてたくさんのことを学んだんですね。この一年間、特に何も成していない自分が恥ずかしいです」
「そうかな? 何も成さなかったって、穏やかな一年間を過ごせたのだろう? 君の平穏な日常を守れたのならとても光栄なことだよ」
エリックは旅に出て、貴族として暮らしていれば知らずにいた世界に触れた。きっと昨日までの私なら、その話を聞いても、わけのわからないそわつきに居心地が悪くなっていただろう。けど、今は違う。
単純なもので。少しでも知ることができれば、戸惑っていたのが嘘みたいにすっきりした気持ちでエリックの隣で穏やかに笑っていられる。
確かに、一年間の旅を経てエリックは変わった。それは、心身のことだけではなく、私への関わり方も。
以前よりもずっと物理的に近いのに、精神的な距離は少し遠い。でも、それすらもなんだかふわふわとした気分になって。あぁ、多分。私は。エリックのことが──。
「エリックだ!」
「本当だ! ねぇクルミー! エリックいるよー!」
「女の人いる! デートだ!」
不意に現実に引き戻される。
わらわらとやって来た子供たちに囲まれた。え、何? 何事?
「こら。人を指ささない」
「はーい」
「まったく。ごめんね、急に話しかけて。驚いたでしょ?」
目を白黒させている内に、女の人がやって来て子供たちを諫めてくれる。保護者の方、よね? なんだかすごく親しげだし、子供たちもエリックを知っていたみたいだし、どういう関係?
それにこの方、普通の女性、なのよね? なんだかすっごく大きい荷物を二つ担いでいる。え? あの肩に担いでいる方の袋って小麦粉よね? 前にスタンリーが同じ物を運んでいたのを見たことがある。
え? あの袋五十キロって言っていたと思うのだけど。
「驚きはしたが、構わないよ。皆で買い物だったのかい?」
ねぇ、なんで普通に会話しているの?
彼女の持っている荷物への言及は本当にそれで済ませていいの?
「まぁね。ところで、彼女が噂の?」
「あぁ、紹介するよ。マリー、彼女はクルミ。旅の仲間で、私にトレーニングを教えてくれた人だよ。あとは、教会で信託を受けた聖女でもあるね」
「はじめまして。マリー・オーエンと申します」
「よろしくね! マリーさん!」
紹介の仕方逆じゃない? 普通、聖女の方を先に説明すると思うの。
エリックの他にも教会から信託を受けた人がいたのは話には聞いていたわ。そしてそれがこの方……。ねぇやっぱり、肩に担いだ小麦粉の袋と、水物が入っていそうな小脇に抱えた荷物が気になって話が頭に入って来ないのだけど! 明らかにちゃぷちゃぷ音がしてる!
快活でにこにことした女性で、旅を終えた今は教会に世話になりつつ、孤児たちの面倒を見ているのはわかったわ。とてもしっかりしていて立派な方なのも。でもそれは私よりも少し背が高いくらいの、普通の女性が軽々と大荷物を持つ理由にはならないのよ。
「えぇと、クルミさんも鍛えてらっしゃるのね?」
「はい! 私の家族皆、昔っから鍛えるのが大好きで。夢はこの世界初の女性ボディビルダーです!」
「ボディビルダー、というものが何かはわからないけど、夢があるのは良いことだと思うわ。頑張ってね」
「ありがとうございます!」
わからない。何もかもがわからない。
体を動かすのが好きな女性がいてもいいとは思う。でも鍛えるだけでそんなに重い物を持てるようになるものなの?
「クルミは本当にすごくてね。異世界から召喚されたにも関わらず、堂々とその試練に立ち向かえる強い女性なんだ。私も彼女の指導のおかげで成長できたんだ」
「やだもう。エリックが諦めず頑張り続けた結果でしょう? それに元々筋は良かったんだから、私が手を出したのはきっかけと筋トレのメニューくらいよ」
……随分と、仲がいいのね。一年間一緒に旅をしてきたのもあるのだろうけど、トレーニングを教えてくれた相手だから、というのもあるのかしら?
楽しそうに話す二人を眺めつつ、隣に来た子供たちが、「あの二人いっつも筋トレの話してるんだぜー?」と言うのに相槌を打つ。
そんなにトレーニングの話ばっかりしているんだ? 旅をしている間、ずっと二人は同じ趣味を共有してきたんだ?
ふーん?
すねっ。