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カワノナガレノヨーニン

作者: 黄昏と泡沫

 祖母の住む町に七五三川(しめがわ)という名の川がある。穏やかな町に古くから流れる川。交易で舟が頻繁に行き来していたそうだ。祖母が昔、河川舟運で七五三川を渡った時にそれを見たという。

 川に住む妖怪ヨーニン。大きな魚のような姿だという人も居れば、河童のような見た目だと言う人もいる。祖母が言うには、水面から顔を出したそれは髪の長い白くただれた顔の女だったという。遠くから微かに見えたその顔を未だに忘れられない、と悲壮な表情で言う祖母の震えた声が忘れられない。

 そんな祖母も4年前に亡くなった。墓参りに家族で久しぶりに祖母の住んでいた街に行った。高速道路を降りて東に30分ほど車を走らせる。祖母の街へは七五三川を通らないと入れなかった。子どものころからずっと祖母の街の行き帰りが怖かった。

 僕はヨーニンのことが頭から離れず、川が近づくにつれ怖くなっていた。祖母が語るヨーニンの姿を完全に思い浮かべてしまっていた。家族はみんなおとぎ話だと、僕の小心を見て鼻で笑っていた。

 父と母と姉が呑気に話す車中、川が近付いたら絶対に外を見ないでおこうと心に決める。土地勘も無いのに、もうすぐ川に差し掛かると身体の拒否反応が鳥肌を立てて教える。

 車は七五三川の橋に入った。その時だった。

 「あれ、あそこに人、居ない?」

 母が何かを見つけた。

 「ほんとだ。うずくまってるみたいだね」 

 父も何かを見つけた。

 僕は見ちゃいけないと思いつつ、車の正面に顔を向ける。車の先の橋のふちに白い服を着てうずくまっている女性がいた。顔を伏せ、左腕は青白く水ぶくれにただれている。

 ヨーニンだ。あれは祖母が言っていたヨーニンだ。

 恐怖に喉が締まった。父は車の速度を緩める。だめだ、止まっちゃ行けない。声を出そうにも、怯えて声の出し方をわすれてしまった。

 「ケガでもしたのかしら」

 母は心配そうにつぶやく。

 車はゆっくりとそれに近づき、父と母は親切心に車から降りて介抱しようとしている。止めなきゃ行けない。

ただれた腕から浮き出る水色と紫の血管。父はクルマのドアを開けて、外へ降りていった。

 僕はその時、祖母の言った言葉を思い出した。

 『ヨーニンと目が合ったらなぁ、必ずその人の周りに不幸が起きるだきゃ』

 灰色混じりの腕の交差の隙間から、それの視線を受けた。僕はそれと目が合ってしまった。下半身に重く重圧を受け、僕の呼吸はとまってしまった。

 それに近づいた父と母は10秒ほど立ち止まり、振り返り車へと戻ってきた。無言の2人は虚無の顔で、シートに座る。

 父はシートベルトを締めると何もなかったように車を進めた。それはまだ僕らを見ている。僕は顔を伏せて、悪夢が覚めることを強く願った。吹き出る冷や汗はそれを横切って走り去っても止まらなかった。

 橋を渡りきって、ようやく呼吸が整ってきた。

 呆然とした顔で運転する父をルームミラー越しに見る。

 違和感と胸騒ぎは止まらず、あれの顔が脳裏にこびりついてしまっていた。少し走り進めると、反対車線に赤いトラックがこちらに走ってきた。

 何を思ったのか、父は急にハンドルを右に切り、反対車線へ車線変更した。揺れる車内、僕だけが状況をわかっていた。アクセスを強く踏み込み、車のモーター音が大きく轟く。

 「父さん、危ないよ!」

 父は何も言わず、ハンドルをしっかりと握り続ける。後ろから肩を叩いても、無心だった。トラックの運転手はこちらに気付いていない。僕は体勢を前に父と母を強く揺するが、起きたまま寝ている人形のように、ピクリとも反応を示さない。

 大声で止まるように叫ぶが、トラックは寸前まで迫っていた。フロントガラス全面にトラックの正面がうつる。

 バァァァァンーーーーーと、衝撃を感じた瞬間に僕はハッと気付く。

 酷い汗の気持ち悪さと強く脈打つ鼓動。僕は車の後部座席に座っていた。賑やかな車内の声。父と母が呑気に話している。

 夢だったのか。夢だと理解するにはリアル過ぎた。

 今の瞬間を迷子になっていた僕は、車が七五三川の橋を渡っている最中だと気づいた。気づいたときには車は橋を越えて、振り返っても川自体が見えないほどに車は進んでいた。

 ホッと一息つくと、自然の緑が目に映る。

 祖母の話と夢がたまたま重なっただけだ。僕は安心の感情を思い出して、隣の姉をふと見た。

 姉は窓の後方に視線を向けている。

 「どうしたの?」

 僕は姉にそう尋ねると、姉は少し戸惑った顔をしている。

 「今なんか、川のところに何かが居て、、、河童みたいだったの」

 姉はまさに自分の目を疑っている様子だった。

 僕がまさかと思ったとき、車中は静かになり、車の進行方向から赤いトラックがこちらに向かって走ってきました。静まり返る車の中、僕はルームミラーにうつるソレに気付きました。背後から僕らを見るソレは、紫色の歯茎を見せて笑っていました。

 ヨーニンをこの目で見たのは結局は僕と姉だったのか。

 ーーーーーーーーーーーーーーEND

 




  

 


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