第8話「幼き刺客 ~光弾の嵐~」
その後は再び穏やかな航海を続け、明日にでもアルセィーマの大陸が見えてくるだろう、とリョーンは言う。
そして、翌日。リョーンの言う通り、水平線の向こうに大陸の輪郭が現れる。
「おお……! やっとたどり着けそうだ!」
リョーンが感嘆の声を上げる。
「ようやく見えましたわね、アルセィーマ大陸! ……って、え? あれ?」
マリナも思わず声を上げるが、すぐにその異変に気付く。
「何か様子が変ですわ!」
マリナは急いで船室から甲板に出ると、船の前方を見て叫んだ。
「あれは……!」
そこには、巨大な船が何隻も並んでおり、その中心には一際大きな船があったのだ。
リョーンから双眼鏡を借りて覗いてみると、船には武装した兵士たちが並び、こちらを睨みつけていたのだった。
「あれは……帝国の船ではありませんわね……」
マリナの言葉に、リョーンが頷く。
「は、はい……確かにあれは帝国の旗ではありませんね……。一体、あれは……?」
リョーンたちが戸惑っている間にも、船は迫って来る。
「まったく……。最悪のタイミングですわね……。仕方ありませんわ。エマ、わたくしが連中を惹き付けている内に、アルセィーマ大陸へ!」
何かを決意したように、マリナが叫ぶ。
「……しかし、あれは……。い、いえ! 全速力で移動しましょう」
エマは何かを言おうとしたが、すぐにマリナの指示に従うことにする。
だが、当然のようにあちらの船も追いかけて来ようとする。
「そうはいきませんわよ!」
空中へと飛び上がったマリナは指先から何発も赤い火の玉を放ち、次々と船を撃沈していく。
「す、すごい! さ、さすがマリナさんです。これなら急いで逃げる必要もなかったのでは?」
リョーンが驚きと感動の入り混じった表情で呟く。
「……いいえ。急いで逃げるべきです。あれは……。マリナ様を抹殺するためにアムズマ地方からやって来た、グレイトバースの戦艦です」
エマが説明すると、リョーンは驚愕の表情を浮かべる。
「な、なんだって……!? あ、あれが噂に聞く最強国家グレイトバースの戦艦なのか……!?」
次々と戦艦を破壊するマリナだったが、一隻の戦艦から突如放たれた無数の光弾を浴びる。
そのスピードと威力は凄まじかったが、マリナは何とかそれらを爆破攻撃で相殺する。
「……この光弾のスピードと数……。アンかチェルシーのどちらかですわね……」
マリナが爆風の隙間から、船を睨みつけ呟く。
……と、その瞬間——。
「惜っしい~! 正解は~」
「どっちもだよ! お・ね・え・さ・ま……フフッ」
背後からまだ幼さを残した2人の少女の声がした。
マリナが振り返ると同時に再び激しい光弾の嵐にさらされる。 それらをなんとか振り払ったマリナは距離を取り、フッと笑みを漏らす。
「久しぶりね、アン、チェルシー。あんなにたくさん遊んであげたのに、こんな仕打ちはあんまりじゃなくて?」
「お久しぶり、マリナお姉様。これは私たちからの警告よ? 大人しく国に戻ってきてくれる? そうしたら簡易的な死刑で済ますってお父様が言ってたわ」
アンがため息をつきながらそう言うと、チェルシーが続ける。
「あははは! でも面倒だったら殺してもいいってさ!」
2人の少女の言葉に、マリナは再び笑って見せる。
「へぇ、お父様やお兄様は、わたくしの相手などあなたたちのような子供で十分と判断したということですのね? 随分と舐められたものですわ」
挑発とも取れるマリナの言葉に、アンとチェルシーの顔が怒りに染まっていく。
「お姉様……アンタは《《失敗作》》なの……。お父さまに逆らうことがどういう意味か知らないようね?」
「そうそう、試練に何度も失敗したゴミなんだから死んでなよ!」
2人は同時に凄まじい魔力のこもった光弾を放つ。
マリナは衝撃波で掻き消そうとするも、あまりにも数が多く何発か被弾してしまう。
「くッ!……随分と腕を上げたようですわね、アン、チェルシー……」
マリナが呟くと、アンとチェルシーは嬉しそうに笑う。
「失敗作が何を偉そうに」
「あははは! 次はもっといっぱい撃つから避けてみせてよね?」
2人の少女の容赦のない攻撃に、マリナは防戦一方になる。
「さすがに数が多すぎる……!」
それでも必死に攻撃をかわしながら、なんとか自らも光弾を放つマリナ。
しかし2対1であることに加えて、光弾のスピードも量も、アンとチェルシーの方が彼女よりも上回っている。
マリナは徐々に追い詰められていった。
「さぁ、もういい加減に諦めて捕まる気になった? それともここで死ぬ?」
アンは勝ち誇ったような表情でマリナを見る。
「どっちでも良いんだけどね~……」
チェルシーが笑いながら言うと、2人の少女たちの周りから無数の光弾が現れ、マリナに向けられる。
「くっ……!!」
「お姉様は知ってるよね、私たちの光弾は他の兄弟と違う……」
「そうそう、発射後にも大きさや速度、形を自在に変えることができるって」
アンとチェルシーはクスクス笑いながら言う。
「つまり、お姉様がいくら頑張っても……」
「私たちを攻略するのは不可能なの」
その言葉と同時に無数の光弾が一斉に発射される。
マリナはその全てを爆破攻撃で相殺しようとするが、光弾は途中でスピードが遅くなったり、急に加速したりすることで爆破攻撃の範囲を突破してしまう。
そして急に矢のような形になった光弾や、3倍以上の大きさになった光弾など様々な形の光弾がマリナに襲い掛かる。
普通の光弾と違い、鋭さの増した矢のような光弾はマリナの体を貫き、大きさを増した光弾は彼女の肉体に凄まじい衝撃を与える。
「くッ……!! うぐぅッ!?」
思わず苦痛の声を上げるマリナ。
その一瞬の隙にアンとチェルシーはさらに多くの光弾を放ち、マリナの体を貫く。
2人の少女はニヤリと笑い、勝利を確信する。
凄まじい攻撃に吹き飛ばされたマリナは、海に叩きつけられそうになるが、なんとか体制を立て直すと近くに浮かぶ小島の森の中へと逃げ込む。
「ハァ……、ハァ……。2人とも、ちょっとは手加減しなさいよね……。ハァ……まったく、ずいぶんと強くなったものですわ……」
2人の少女の強さに思わず冷や汗を浮かべるマリナだったが、すぐに彼女たちの気配を感じて息を潜める。
「お姉様~、かくれんぼですか~? 私たち、もうそんな歳じゃないんだけど~?」
「そうそう、早く出てこないと島ごと消し飛ばしちゃおうかな?」
2人の少女の言葉に、マリナはため息をつく。
「本当に容赦ありませんわね……。だけど……。アン! チェルシー! 一か所に固まるだなんて油断しましたわね!」
2人の少女の反応を待たずして、マリナは森から飛び出すと力を溜めて威力を上げた光弾を発射する。
その攻撃は見事にアンとチェルシーに命中した……かのように見えたが、彼女たちは無傷で笑う。
「あはは! 本当に油断すると思ったの?」
チェルシーは笑いながら言う。
マリナの攻撃は確かにアンとチェルシーに直撃したはずだったが、彼女たちには傷1つない。
「残念でした~、お姉様~!」
「私たちは光弾のスペシャリスト。お姉様の光弾が私たちに届くはずないじゃない?」
2人の少女の言葉にマリナはハッとする。
彼女たちの周りには光の壁のような物が張られているらしい。その壁はどうやら光弾を無効化してしまうようだ。
(確か、グレイお兄様もあんな技を使っていましたわね……)
それならば、と別の攻撃を行おうとしたマリナだったが
「攻撃の準備をしていたのは、お姉様だけじゃないんだよね」
と、アンが嘲るように言った瞬間、マリナの周りには無数の光弾が現れて一斉に発射される。
「くッ……! こんなもの……!!」
必死に回避しながら反撃を試みるマリナだったが、やはりその圧倒的な量の前に劣勢に立たされる。
そして遂には被弾し、吹き飛ばされてしまう。
「うぐッ!! あぅ……っ」
なんとか立ち上がろうとするマリナだったが、次の瞬間には形を変えた光弾の矢がマリナの手足を射抜き、そのまま地面に突き刺さる。
光は消えることなく、マリナに対する拘束としての役割も果たしている。
完全に動けなくなったマリナを見て、アンとチェルシーは嬉しそうに笑いだす。
「あははは! お姉様、無様ね!」
「弱い弱~い! やっぱり失敗作だぁ!」
2人は見下しながら、マリナを挑発する。
マリナは虚勢を張るかのように、フッと笑みを零す。
「2人ともあんなに可愛いかったのに……」
しかしその言葉とは裏腹に、マリナの表情は苦痛に歪んでいる。
「お姉様は私たちとよく遊んでくれたものね」
「ねぇ、せっかくだし私たちもお姉様と遊んであげようよ!」
アンとチェルシーはそう言ってマリナの元に歩み寄る。
「くっ……!」
必死に逃れようともがくが、両手両足を封じられたマリナは逃げられない。
そんなマリナに、アンとチェルシーは笑いながら囁く。
「ねぇお姉様、今どんな気持ち? 悔しい? 恐い?」
「それとも絶望してるのかな? 教えてよ、お姉様」
ここまでお読みいただきありがとうございました。