第49話「雷帝の饗宴」
この少し前のこと。
ファブリスとエマはサイラスと戦っていた。
大斧を操るサイラスに対し、ファブリスの勇者の剣と力、エマの土操作を駆使した戦法で。
——遭遇の直前、二人は確認していた。
もしもマリナと合流する前に、サイラスと遭遇した時のことを。
「相手は怪力に加えて、フォスター家共通の基礎スペックと異常な耐久、そして……」
エマはファブリスにサイラスの能力について、伝える。
「わかった。エマのサポートで一気に間合いを詰め、俺の最大火力で落とす」
「はい。足場を崩し、目くらましで視界を奪い、拘束——そこにファブリスさんの……えっと、“ブレイブーブーブー”を!」
作戦はシンプル、だからこそ迷いはない。
「エマ……もしかして技名ちょっといじってる?」
「え? い、いえ! す、素敵な必殺技名ですよ!!」
エマはファブリスの鋭い質問を笑ってごまかす。
(変わった技名っていう自覚はあるんだ……)
彼女はファブリスに聞こえないように、心の中で呟くのだった。
「よし、じゃあ行こう!」
「はい!」
そして2人はサイラスとの遭遇することになるのだが……。
「勇者と……反逆者の召使い、か。物好きめ」
サイラスが嗤う。
エマは彼が笑って瞳を閉じた瞬間、踵で地を叩く。
「——今!」
大地がぐらりと揺れ、サイラスの足元が砂に変わって陥没する。
同時にエマが砂を固め、石弾へ。バチバチッと空気を裂いて散弾のように飛ぶ。
「ちっ……くだらんことを」
サイラスが眉をひそめた刹那、ファブリスが地を蹴った。
「ふん、馬鹿め……んんっ?」
近付いてきたファブリスに大斧を叩きつけたサイラスだが、ファブリスがこれまでとは比較にならないほどの速度で回避したことに気付く。
そして……。
「シャイニング——ソードダンス!」
残像が幾重にも重なり、斬閃が雨のように大斧へ叩き込まれる。
火花、金属音が辺りに響く。
「ブンブンとうるさいやつだ」
サイラスが振り下ろした大斧がファブリスを捉える。
「もらったぞ勇者よ!」
だが、大斧は鈍い音と共に弾かれた。
何が起こった、という表情でサイラス。
ファブリスの全身を岩の鎧が、肩・胸・前腕を分厚い層となって覆っていた。
エマの能力によるものだ。
ほんの一瞬驚いたサイラスの隙を見逃さずファブリスは逆袈裟で大斧を弾き上げ——
「ファブリスさん、お願いしますっ!」
エマが地脈へ魔力を流し込む。地面が隆起し、岩の檻がサイラスの四肢を絡め取った。
「決めるぞッ!」
ファブリスが剣を掲げ、喉の奥で息を噛み殺す。
「——シャイニングブレイブーブーブー!!」
勇者の光が刃に宿り、一直線に迸る。
拘束されたサイラスへ渾身の斬撃。
その瞬間、轟音と共に、光の弧が岩檻ごと叩き割る。
バキィン!
大斧の刃が根本から折れた。金属片が飛び、土に突き刺さる。
だが……。
「……ほう。軽くはない」
サイラスは折れた柄を投げ捨て、指を鳴らした。
遊戯の続きでも選ぶかのような、退屈そうな目。
次の瞬間、距離が消えた。
風圧、鈍い打撃音。
サイラスの踏み込みは音より速く、肘、肩、膝、拳——体術の連打が重機のように襲い掛かる。
「ぐっ……!?」
岩の鎧が一撃ごとにひび割れていく。
エマが土壁を急造して割り込むが——
ドゴッ。
拳の一発で粉砕。砂塵が舞い、視界が白む。
「なはははは! 調子に乗るなよ、下民どもが」
サイラスの膝がファブリスの腹にめり込む。
「ぐふぅっ!」
呼吸が止まり、膝から崩れそうになるのを歯を食いしばって耐える。
「……させませんサイラス様!」
エマが息を整え、両掌を地に。地面が波打ち、鎖のような石柱がサイラスの脚に絡む。
「ファブリスさん、下がって——ッ!」
だがファブリスはまだ相手が油断しているうちに、仕留めなければと再び踏み込む。
「シャイニング——」と叫ぶ口を、サイラスの掌底が遮った。
正面からの一撃。
岩の胸甲が砕け、身体が宙に浮く。
その浮いた体を地面に叩きつけられ、ファブリスは口から血を吐き、苦し気な声を上げる。
「ファブリスさんっ!」
「……ずいぶんと必死だな。安心しろ。お前たちもマリナもグレイトバースへと連れて行く。……マリナは失敗作だ。あれは道具で十分。弟マシューの妻として、新たな血を産ませる」
余裕の声。吐き捨てられた言葉が、血より熱く怒りを煮え立たせる。
「だ、黙れ、この——!」
息を整えながらファブリスが吠える。エマの眼差しも燃える。
「マリナ様を辱めることは、この私が許しません!」
喉奥まで出かかった“切り札”の詠唱——
(……っ、でも! マリナ様が言った——「わたくしの許可がなければ絶対に使ってはダメ」)
歯を噛む。指が震える。
だがこの切り札を使ったとしても、この状況を打開できるかどうかは賭けだ。
「エマ!! 避けろっ!!」
ファブリスの叫びでハッと我に帰るエマ。
状況の打開と切り札の使用について考えすぎていたのだろう。
動けなくなったファブリスの方ばかり見ており、自分の心配が疎かになっていた。
サイラスの放った光弾がエマに直撃し、彼女を地面に伏せさせる。
「くっ……うぅ……」
サイラスはゆっくりと倒れたエマへと歩み寄り、頬へ指先を伸ばした。
「マリナではなく、俺の従者になれ。お前ほど器量のいい女はあいつにはもったいない」
王子としてか戦士としてか、どちらの言葉であったにしろ、その言葉を発する彼の表情からは彼女を屈服させたいという嗜虐的な欲がにじみ出ていた。
パン!
乾いた音。エマの掌がサイラスの頬を打つ。
「くどいです。私は——マリナ様にしか仕えません」
笑みが消えた。雷鳴の予兆のように、空気が低く唸る。
「クク、いい目だ。だから壊し、奪いたくなるのだ」」
サイラスの掌がエマの胸元に触れる。
次の瞬間——
バチィィィィッ!
白光。
雷撃まるで針のように体内を駆け、足元の砂が一瞬で融けて固まる。
「ぅあっ! ああああっ!!」
エマの身体がびくりと跳ね、崩れ落ちた。
「エマァァァッ!」
ファブリスが咆哮し、全身に走る激痛を堪えて立ち上げり、剣を振り上げる。
「このクズ野郎がぁぁぁ!」
サイラスは掌をゆるりと向けるだけだった。
雷撃が空を裂き、ファブリスの全身を貫く。
さすがのファブリスも、その痛みと痺れから絶叫を抑えられない。
(これが……エマの言っていたサイラスの雷撃……)
膝が沈みかけた。
それでも、勇者は前に進む。
「——いい根性だ」
サイラスの拳が一度、二度、三度……ファブリスを弄ぶ。
殴打のたびに大気が震え、光の残滓が散る。
「く……そ……」
ついに彼の剣が手から零れ落ちる。
最後にサイラスは、エマのときと同じようにファブリスの胸へ掌を当てた。
「眠れ」
ドン、と内側から爆ぜるような痛み。
視界の端が黒く染まる。耳鳴りに、遠く雷が重なる。
地面が近い。空が回る。
砂塵が晴れるころ、二人は兵士たちに縄で縛られ、うつ伏せに転がされていた。
サイラスは壊れた大斧の柄を蹴り、つまらなそうに肩を回す。
「さて……久しぶりに会いに行ってやろうではないか、我が愚妹マリナよ……」
彼の言葉に、周囲の黒雲が低く鳴いた。
やがてサイラスは踵を返し、捕らえられた二人を後方に控えていた兵士に連行させ、森の奥へ消えていく。
残響だけが、いつまでも、木々を震わせていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回もよろしくお願いします!




