第48話「絶対支配者サイラス」
マリナはベラを抱きかかえ、エマとファブリスの元へと向かおうと考える。
あの黒雲は間違いなく、家族の中で最も暴力的な兄、サイラスが発生させたものだからだ。
(エマもファブリスさんも危ない……。まだ消耗してるけど、急いだほうがいいわね……)
パチ……パチ……。
森の静寂を破ったのは、乾いた音だった。
炎の名残で温められた空気が、一変する。
その音の主が現れるだけで、空を覆う黒雲がさらに厚くなる。
「ふん、失敗作とはいえフォスター家の生まれ……というわけだ」
グレイとはまた違った冷たさを含んだ声、見るものを威圧する巨躯の男――サイラスが姿を現す。
幼い頃から怖い、と感じていた相手を観察する蛇のような瞳。
「サイラス……お兄様……」
マリナは喉が渇いていくのを感じながら、ベラを近くの木にもたれかけさせるように降ろした。
そんなベラを冷たい目で見るサイラス。
「これでマイナス1点だな、愚かなる妹ベラよ。だから真正面からの戦闘を避け、森や人間を人質に取れと言ったのだ」
ベラはその言葉に何も返せずに、視線だけ向けて肩で息をしている。
マリナは彼女を庇うように前に立つ。
マリナとサイラス、2人の視線がぶつかり……空気が変わる。
先ほど静寂を取り戻したばかりの森が、またもざわつく。
口を開いたのは、サイラスの方だった。
「マリナよ……かつて我が妹であった女よ……今からお前を処刑する」
「……」
サイラスから放たれる凶悪な殺気と威圧感がマリナを襲う。
(うっ……!)
先ほどの戦闘の消耗もあり、思わずよろけて膝を着くマリナ。
「……と、思っていたのだがな。もっといいことを思い付いたのだ」
ニヤリと笑みを浮かべたサイラスは、そのまま続けた。
「マシューはお前を妻にしたがっていたそうだなぁ。お前はたしかに追放された身だが、その血はフォスター家の直系だ。有効活用しない手はあるまい?」
その言葉を聞いた瞬間、マリナの全身に震えが走る。
マシューとの戦闘と、彼の自分に対する執着を思い出したからだ。
あの時は退けることができたが、彼の願いをサイラスが容認し、むしろ後押ししようとすれば、自分は……。
ベラは痛みに耐えながら起き上がり、顔を引きつらせる。
「サ、サイラス兄……! そんなことを!」
だがサイラスはその言葉と視線を軽々と無視して続ける。
「そうだ! お前の弟であり夫となるマシューの子を産み、その血を我らの未来に捧げるのだ。女としての役目を果たせ、マリナ。お前の体は家の資源にすぎん」
「……っ!!」
「な、なんて……ことを……!」
マリナとベラが同時に言葉を失う。
サイラスはそんな2人を気にも留めずに続けた。
「父上には既に話をつけてある。お前はただその体をマシューに差し出せばよいのだ! そして生まれた子はグレイトバースの発展のために、我等王家の者どもで管理する! どうだ? いい案だろう?」
愉快そうに笑うサイラスをマリナは睨みつけ、ベラとの戦いで消耗した状態を悟られないように背筋を伸ばし、毅然とした態度で言い返した。
「サイラスお兄様……。わたくしはマシューの妻になどなるつもりはありません。わたくしが王家に戻るとき……それはわたくしが誰にも負けない強さを手にしてあなた方を見返すときですわ……!」
だがそんなマリナの言葉を、サイラスは一笑する。
「愚かな妹よ。兵士ども、あの従者と勇者を引きずってこい」
サイラスは意地の悪い笑みを浮かべて、控えていた兵士に指示を出す。
嫌な予感が強くなるマリナ。
やがて兵士が連れてきたのは……。
「エマ! ファブリスさん!」
傷を負い、縄で縛り上げられているエマとファブリスの姿だった。
なぜそうなってしまったのかは、彼らの傷跡と堪えきれないといったように笑っているサイラスを見ればすぐに分かった。
「サイラス……お兄様……! あなたという人は……!」
怒りに震えるマリナを尻目に、サイラスは気を失っている2人を見て鼻で笑う。
「俺に歯向かって来たのでな、返り討ちにしてやったわ」
その言葉にさらに怒りを感じるマリナだが、2人が相手の手にある以上、うかつに動くことはできない。
そんな彼女の心情を見透かすかのように、サイラスは言葉を続けた。
「……さて、マリナよ。この2人に危害を加えて欲しくないのならば、大人しくグレイトバースまで来てもらおう。懐かしいお前の故郷に、な」
マリナは唇を噛まずにはいられない。
決断を迫るように、サイラスは彼女に視線を向けるのだった。
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