第41話「フォスター家の宿命 ~マリナvsベラ~」
マリナが火球を放つと同時に、ベラは地面を蹴った。
(ベラはパワータイプじゃない。あの巨大な火球を受けようとはしないはず……躱したところを集中砲火する!)
マリナの作戦通りにベラは火球を回避する……かと思いきや、なんとその火球の中に突っ込んで行ったのだ。
「……っ!」
慌てて放ったマリナの追撃はすでに遅く、火球の熱がベラを包み込む。
そして次の瞬間……火球は内側から黒く染まっていき……破裂した。
「なっ……!」
驚愕するマリナの目の前にベラが迫る。
「いただきぃっ! "Poison Fang!"」
ベラの爪が黒く光って伸び、マリナを切り裂こうとする。
間一髪というところでマリナは、体から衝撃波を放って、ベラの体を弾き飛ばす。
「くっ、まさか読まれていたなんてね……」
マリナは距離を取りながら、体勢をすぐに整えたベラを見る。
その言葉には焦りよりも、彼女に感心するような響きがあった。
一方ベラは爪を舐めながら言う。
「当たり前じゃん♪ だってマリナ姉がこんなところであんな規模の攻撃を本気でするわけないし。森を壊したくないんでしょ? 」
ベラはそう言って挑発的に微笑む。
彼女の言うように、マリナは実際には大した威力のない、見せかけだけの火球を作って、ベラの回避を誘ったのだ。
ベラはそれにすぐに気付き、正面突破することでマリナの不意を突いたのだ。
「さすがね、ベラ。あの僅かな時間で見破るなんて」
「アハハ、だってマリナ姉の考えることはお見通しだし? もう何度もやってきた遊びだよね。お互いの弱点とか……」
2人は数年前の訓練での思い出話をしながらも、互いに攻撃のチャンスを伺い合っていた。
「でもマリナ姉、今のあーしはあの時よりずっと強くなったよ! 隙を見せたら即効で毒喰らわせるからね!」
ベラはそう言って黒く染まった自身の爪を見せて笑う。
「そうでしょうね。……けどわたくしも成長している。身体的にも精神的にもね!」
その自信満々の表情からは、絶対的なプライドと誇りを感じさせた。
「はいはい……ならどっちがより成長してるか……確かめよっか!!」
ベラはマリナ目掛け駆け出した。彼女の全身から毒の蒸気が漂う。
「Black Mist!」
その瞬間、ベラの周囲に紫色の霧が発生し、それが急速に広がっていく。触れたものを麻痺させる強力な毒霧だ。
「なるほど、接近戦では不利と判断した訳ね。でも甘いわ!」
マリナは両手を前方に掲げると、炎の壁を作り出して毒霧を防ごうとする。
だが……背後から迫る黒い水流のようなものに気付き、その場から飛び退くマリナ。
「お見通しって言ったじゃん! マリナ姉!」
ベラは嬉々とした表情を浮かべて、何かを操るように指先を動かす。
周囲にできた毒沼の毒を水流のように操って、マリナを遠隔攻撃してきているのだ。
飛び退いたマリナを追いつめるように、毒の水流が襲いかかる。
「くっ!」
マリナは足から衝撃波を放ち、着地と同時に爆発的なスピードで躱す。
先ほどまでマリナがいた場所に、新たな毒沼が形成される。
(このままではどんどんベラに有利な状況になる……。それに……)
マリナ脳裏にエマとファブリスがよぎる。
今空に広がっている黒雲を発生させたのがマリナの予想する人物であった場合、2人の身は大きな危険にさらされる。
「ベラ、悪いけど少し手荒にやらせてもらうわ!」
マリナはそう叫ぶと、両手から炎を勢いよく放射する! その炎は巨大な龍のように唸りながら、しかし暴れず、まるで意志を持つ生き物のように毒沼の表面だけを舐めて蒸発させる。
一筋の熱が森の空気を揺らし、火ではなく“精密な光”のように輝く。
焼けた毒の匂いが鼻を刺し、紫の煙が陽光を濁らせた。
炎と毒がせめぎ合う音が、森の静寂を食い破っていく。
だが森は悲鳴を上げず、ただ静かに姉妹の戦いを見守っていた。
森を焼かないように毒沼にだけピンポイントで炎を放つその繊細なコントロールと技量は、ベラを一瞬驚愕させた。
だがそれでも彼女の余裕の表情は崩れない。
何度もこうやって戦って来た彼女は、マリナならそれくらいのことはできて当然だとわかっていた。
何度も訓練で打ち合った日々。
その頃は、痛みよりも笑い声の方が多かった――。
だが今は、笑うたびに胸が痛む。
「甘いよ、マリナ姉!」
ベラは両手を毒沼に向けて伸ばし、呟くように言う。
「Toxic Acceleration」
次の瞬間、毒沼の水流が再びマリナに襲い掛かるが、その速度は先ほどの比ではなくなっていた。
マリナの操る炎が龍だとすれば、ベラの操る毒はまるで巨大な蛇のようにうねり、マリナへと迫る。
「!?」
マリナは間一髪、炎の一撃で相殺するが……。
あちこちに形成された毒の沼から次々と水流が発射され、マリナは防戦一方となってしまう。
彼女が力を出し切れない理由として、森を傷つけたくないという思い以外にもう1つ、より現実的な問題があった。
それはマリナが、常に周囲に微弱な衝撃波を展開し続けているというものだ。
Black Mistも、Toxic Accelerationも……それ以外も、ベラの全ての技には毒が伴っている。
頬を掠めた一撃や、毒の飛沫を浴びるだけでも彼女の猛毒に冒されてしまうだろう。
特にBlack Mistが展開されている以上、呼吸による体内への毒素の吸入リスクは高い。
そのためマリナは、常に周囲に衝撃波を張り巡らせ、自身と周囲とを遮断しているのだ。
もちろんその衝撃波を黙視することは不可能だ。
しかし、ベラは当然そのことに気付いていた。
昔からベラと戦う時、マリナはそうして毒をもらわないようにしていたからだ。
だからこそベラは素早い連撃によるマリナの防戦へと持ち込み、持久戦を取る作戦に出たのだ。
一方のマリナは長期戦を続けるには圧倒的に不利な立場にあるため、そしてエマたちの元へと向かうためにも早急に決着をつける必要がある。
(くっ……前からも後ろからも!)
毒の水流を炎で相殺するマリナの背後にも、ベラの操る毒が次々とうねりながら襲い来る。
止むを得ず、張り巡らせる衝撃波を強力にして水流を弾き飛ばすマリナ。
衝撃波に守られ、ベラの攻撃はマリナに通らない。
だが衝撃波を強めたということは、マリナの消耗も必然的に大きくなっている。
つまりマリナが全ての攻撃に対処していて優勢なように見えつつ、実際には彼女に消耗を強いているベラの作戦通りということだ。
「やっぱマリナ姉って、派手に暴れられないと実力発揮できないんだね」
ベラは少しがっかりしたような、同時に寂しそうな視線で猛攻に耐えるマリナを見ていた。
本来のマリナの力であれば、辺り一帯を消し飛ばすほどの衝撃波と炎、そして得意な爆破を操る。
しかし、彼女は森を守りながら戦っている。
クーロンたちケンタウロス族、その他にもこの森にはたくさんの種族や生き物が息づいている。
上空での戦闘を試みたいところだが、空に出ればグランローズの蔓による攻撃を受けてしまう。
全てが爆ぜるほどの爆破を引き起こすことは可能……。
だが、たった数ヶ月前にこの森は2人の人間によって蹂躙され、森の番人であるグランローズはその者たちによって目に付く存在全てに攻撃を仕掛ける存在へと変えられてしまった。
これ以上、この森に住む者たちから何かを奪うことなど……マリナにはできなかった。
そのため、今は必死に全てを守りながら戦っているのだが、その戦いはまさに全身を拘束具で縛られた状態で戦うことを強いられているような窮屈さだ。
「全て吹き飛ばしちゃえば楽なのに……。あ~あ、手抜いて戦われてるみたいでショックだなぁ~」
久しぶりに姉と遊べる(戦える)ベラからすれば歯痒いことだが……。
「……ま、それがマリナ姉らしいんだけどね♪」
自分が失ってしまったもの……マリナにその優しさがあるからこそ、ベラは未だに姉として彼女のことを愛しているのだ。
「だからせめて……あたしが……」
ベラは毒の水流を意志で操りながら、左腕に黒い光を纏わせていく。
左腕の形状が黒い光の槍へと変化していき、その先端は……マリナを捉えていた。
一瞬、風が止んだ。
ベラの視界の中の、炎の揺らぎも、毒の波も、全てが凍り付いたように静止する。
その沈黙の中で、ベラの唇が震えた。
「ごめんね……マリナ姉……」
そのつぶやきと共に黒い一筋の閃光がマリナに向けて一直線に放たれるのだった。
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