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第39話「森を覆う影、黒雲の下で」

 2人はしばらくの間無言で見つめ合っていたが……。

 まだ朝だというのに、辺り一帯が暗くなり始めていく。

 小鳥のさえずりが聞こえ、風邪に揺れる木々を照らしていた朝日が黒い雲に鎖され、森は静寂に包まれていく。

 マリナやルルもだが、ベラもその異様な天気の変化に気付き、空を見上げる。

「な、なんだろ……空が……」

 ルルは空を見上げながら不安そうに呟く。


(まさか、この黒雲……)

 空に広がる雲に視線を奪われ、ルルの呟きに返す余裕もないマリナ。

「そう……。本気でわたくしを殺すつもりなのね、お父様」

 なにかに気付いたように、マリナは小さな声で零した。

 その声は冷静でありつつ、どこか自嘲しているようにも聞こえた。


 破裂音や爆発音が聞こえる。

 それに合わせて、鳥たちが飛び立ち、動物たちが警戒するように鳴き声を上げている。

「マリナちゃん、止めないと……!」

 ルルの言葉に無言でうなずくマリナ。

 グレイトバースの兵士たちが、森の生物やモンスターたちと戦っているか、あるいはどこかの集落を襲撃でもしているのだろう。

「ベラ、悪いけどすぐに片を付けさせてもらいますわ」

 そう告げると同時に鋭い視線を向け、手をかざすマリナ。

 ベラの瞳がわずかに揺れる。

(サイラス兄が見てる……。ここで迷えば、あたしまで"失敗作"にされる……。でも、マリナ姉を……本当に殺せるの?)

「マリナ姉……。あーしは、マリナ姉を……!」

 マリナとベラは睨み合いを続ける。

 その間にも、遠くの方で森を破壊する音は大きくなっていくのだった。



 その頃、ファブリスとエマも森の異変に気付いていた。

「な、なんだ……さっきまでめちゃくちゃ晴れてたのに、急に暗くなって……」

 ファブリスは木々の隙間から見える空に広がる、黒雲を見てつぶやく。

「……まさかこの黒雲は……。マリナ様……」

 同じように黒雲を見上げ、胸の前で手をギュッと握るエマ。

 普段の落ち着きぶりや、昨夜ゴブリンを圧倒した時の冷静な強かさを見せた彼女とは別人のような様子だ。


「エマ? どうしたんだ?」

 ファブリスが心配そうに声を掛けると、エマは空を見上げたまま言う。

「マリナ様たちが……危ない……」

 彼女の言葉とその微かに揺れる瞳を見て、ファブリスもただ事ではないことを瞬時に悟った。

 マリナの強さを誰よりも知っているエマが、これだけ焦っている。

 つまり、マリナが乗り越えるべき相手であるフォスター家が、あの黒雲の発生に関係しているのだろう、と。


「エマ! 黒雲の発生源へ行こう! 早くしないと!」

 ファブリスの言葉に、エマは勢いよく彼の方を向いた。

「はい、ファブリスさん!」

 力強くうなずくと2人は駆け出した。

 だが、少し走ったのち、前を走るファブリスの足が止まる。

 道の先に屈強な大男が立ちふさがったからだ。

 金色の長髪を後ろで一本に結わえ、身に着けている衣服は青の生地に金色のラインが入っている騎士団の団長が着るような豪華なものだった。

 一目見ただけでも、森に迷い込んで困っているような人物ではないことはすぐにわかった。


 ファブリスは、その男が放つ威圧感に気圧されながらも、エマを庇うようにして前に立つ。

「そこのアンタ、すまねぇが俺たちは先を急ぐんだ。そこを通してもらえねぇか?」

 相手を必要以上に刺激しないようにしつつ、毅然とした態度でファブリスは言った。

 男は少しの間ファブリスと睨み合うと、フンと鼻を鳴らす。

「やはり正解はあっちの方だったか。思惑通りだな」

 男はファブリスとエマを無視するように、1人ぶつぶつと呟く。


 ファブリスが剣に手を掛けると、クククと笑い、口を開いた。

「無駄なことをする必要はない。マリナは死に、ルルという少女はサンプルとして回収される。このことを誰にも口外しないというのであれば、お前のことだけは見逃してやってもいいんだぞ?」

 男の口元に歪な笑みが浮かぶ。

「てめぇっ……!」

 言葉は短いが、ファブリスは強い憤りを感じていた。

 もちろん自分のことを軽んじられたからではない。

 仲間として信頼を築き始めていたマリナを殺し、彼が魅了されて止まない推しのルルをサンプルとして回収する、と男が発言したことは、ファブリスを激昂させるのに十分だった。


「ファブリスさん、ちょっと待ってください! ……あの男性は……」

 エマはファブリスの服の裾を掴んで何かを伝えようとするが、彼は遮って続ける。

「エマ、こいつは……フォスター家の一員、そうだろ? だからマリナの命を狙ってる。なら、やることは一つだ!」

 ファブリスの言葉を聞き、男は再び歪な笑みを浮かべた。


「久しぶりだな、マリナの召使いよ」

 男はファブリスではなく、エマに視線を移してそう言う。

「……お久しぶりでございます、サイラス様……」

 エマは言葉を詰まらせながら、サイラスと呼んだ男を睨みつける。

 敬愛する主君であるマリナと一緒に国を出たエマにとっては、彼女の命を狙うフォスター家の一員は宿敵とも呼べるのだろう。

 これまでにファブリスが見たことがないほど、エマは鋭い目で男を睨んでいる。


「そう睨むな。せっかくの再会ではないか……。ククク、相変わらず美しいな」

 サイラスはそんなエマの眼光を意に介さず、逆に舐め回すように彼女を見ていた。

 エマはその視線を振り払うように、武器を取り出した。

「……ほう、俺の強さを知っていながら、戦うことを選ぶのか?」

 サイラスは腕を組み、嘲るような視線をエマに向ける。

 覚悟を決めたエマは、その視線に臆することなく言い放った。

「もう私はフォスター家の召使いではございません。いいえ、元より私はマリナ様にのみ仕える者……。マリナ様の命を狙うのなら、誰であろうと排除します」

 そう言って、エマは二本の武器を構える。


 ファブリスは剣を抜き放つと、サイラスの瞳をまっすぐに射抜いた。

「悪いが、俺の仲間に手を出させるわけにはいかねぇ。たとえ相手がフォスター家だろうと――俺は勇者だ」

 静かにそう言うファブリスに対し、男は大きく溜息を吐いた。

「くだらん。……が、朝食後の運動にはちょうどいいか」

 黒雲は森を覆い、木々はざわめきを止めていた。

 まるでこの一帯そのものが、サイラスの裁きを執行する祭壇に変わったかのようだ。


 サイラスは、彼の大柄な体よりもさらに大きな斧を空間から取り出す。

 それを軽々と振り回して見せると、2人を見てニヤリと笑った。

「さて、少しは楽しませてくれよ?」

 サイラスが一歩、土を踏みしめるたびに、森の空気がわずかに震えた。

 その背後の黒雲が呼応するように渦を巻き、微かな雷鳴が雲の奥で響く。

 ただそこに立っているだけで、景色の支配者のようだった。


ここまでお読みいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!

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