第38話「朝の霧に潜む毒」
森を少し歩いていると……。
「さすがにこれだけ近くまでくれば、誰の気配なのかわかりますわね」
前を歩いていたマリナが立ち止まり、そう呟いた。
なんのことかわからないルルは、ただ首を傾げる。
「ん? エマちゃんとファブくん?」
ルルの言葉を否定するように、マリナは彼女に止まるよう手で制した。
ふしぎに思ってルルが彼女の視線の先に目を向けると、そこには霧の中に佇む人影があった。
「……人、だよね?」
ルルは呟くが、霧のせいでハッキリとは見えない。
マリナは少し様子を見ているようだったが、その人影に向けて声を掛けた。
「こんな朝早くからどうしたのかしら? ベラ」
そう呼ばれた人影は、ゆっくりと霧の中から姿を現す。
ベラ・デルタ・フォスター、これまで何度か姿を見せていたマリナの妹。
時には寄生虫で操られたファブリスを救うなど、マリナたちを助ける動きも見せていた。
「……やっほー、マリナ姉。こんな森の中でなにしてんの~?」
ベラはいつも通りの調子で、2人に近づいてきた。
マリナは目を細めて警戒した様子で聞く。
「それはこっちのセリフですわ。それに、わたくしの質問に答えていませんわよ?」
ベラの目をジッと見つめて、マリナは静かに告げる。
マリナの目を見たベラは困ったように頬を掻く。
「だから怖いってば……マリナ姉。マリナ姉にそんな目で見られるの、きっついなぁ……」
そう言って肩をすくめるベラ。
表情はいつものように屈託のない笑顔で、その真意を測ることは難しい。
ルルの姿に気付いたベラは、話題を変えるように彼女に向かって手を振る。
「あ、ルルちゃんだっけ? やっぱマリナ姉と一緒なんだね! 元気してる~?」
ベラはフォスター家の王女であり、マリナの妹。以前ルルとエマが、アン&チェルシーと戦った際に彼女とは会っている。
明るい調子で手を振られたため、アイドルとしての性か、ルルもまた満面の笑みでそれに答える。
「わぁ、ベラちゃん! また会えたね~!」
キャッキャ、と2人の笑い声が朝のひんやりと澄んだ空気に溶けていく。
しかし、その笑い声は長く続かない……」
「……答えて、ベラ。こんなに朝早く、森の深くまで、何をしに来たのかしら?」
マリナの追及がすぐに、先ほどまでの和やかな雰囲気を打ち消してしまう。
「え~、そんな怖い顔で聞かなくても~。あーしはただ散歩してただけよ。そしたらマリナ姉の気配を感じたから、会いに来たってわけ」
ベラはマリナから視線を外して、そう答えるが……。
「……わたくしを殺すように命令された?」
「……え……?」
マリナが小さく放った一言に目を大きく見開くベラ。
何か言おうとしているのだろう。口元は動くものの、返す言葉が出てこないようだ。
「え、っと……。急にどうし……」
「……命令されたのね?」
ベラが言い終わる前にマリナがそう被せる。
その口調は有無を言わせないものだった。
「マ、マリナ……ちゃん?」
そんなマリナの様子にルルはオロオロとしてしまう。
「ベラ、あなたは昔から嘘や隠し事が下手、ですわね」
マリナは昔を懐かしむような、それでいて寂しそうな声でそう呟く。
「あ……、えと……」
ベラは先ほど同様に何か言いたげに口を動かすが、やはり言葉が出てこないようだ。
「……っ! ごめん……ごめん! マ、マリナ姉!」
彼女は意を決したように叫ぶと、手から黒い光弾を放つ。
マリナはとっさに光弾を放ってそれを相殺する、と同時にルルを抱えて後ろに飛び退いた。
「ルル、ベラのあの光弾には極めて強力な毒が含まれているはずですわ! 決して当たらないように!」
「う、うん。それはわかった、けど……」
マリナの言葉にルルがうなずくと、霧の中からベラが追ってくる。
「ホントごめん、マリナ姉っ……! でもこうするしかないんだって……!」
そう叫びながら、彼女は手から連続して光弾を放ってくる。その狙いの全てをマリナが相殺して消していくが、その場しのぎにしかならないだろう。
闇雲に躱していてもすぐに周りの木々や地面に当たった光弾から、毒が空気中に飛散してしまう。
毒の空気感染対策に、辺り一帯を爆風で吹き飛ばそうとしたマリナだったが、彼女の脳裏にクーロンの姿が思い浮かんでしまう。
「……森をこれ以上傷つけるわけにはいかない」
マリナは息を整え、ちらりとルルを見た。
(だけどさすがのルルも、本気になったベラ相手では……)
迫る毒弾は躊躇するのを許さない。
「やるしかない、ですわね……!」
マリナはそう呟くとルルを下ろし、前に進み出ると戦闘態勢を取った。
それを見たベラは眉を下げる。
その手はすでにマリナに向けて構えられている。
ベラの指先がわずかに震えた。
笑っているのに、その奥に小さな影が揺らぐ。
「……ホント、ゴメンね、マリナ姉」
その囁きは、霧の冷たさよりも寂しげだった。
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