第36話「夜明け前の決意――勇者と砂の守り手」
「さて、そろそろ寝ましょうか」
「ああ、そうだな。朝の早いうちからマリナたちを探したいしな」
夕食を食べ、後片付けも終えたエマとファブリス。
2人はテントの中に移動しようとするが……。
焚き火の残り火がパチパチと音を立てる。
その外側で、何かが地面をかく音がする。
複数の影が暗闇の奥で身じろぎし、鈍い黄緑色の光が一瞬だけ閃いた——目だ。
「グギギッ!」
という複数の声が同時に聞こえる。
ファブリスは剣を手にして夜の闇に目を光らせる。
「ゴブリンか、コボルトか……はたまた別の魔物か」
テントを取り囲むような気配、息遣いが聞こえるが夜の闇に紛れてその数を確認することができない。
「グギギギギギ!」
「ギギャギャッ!」
声はジリジリとテントに近づいてくる。
(ざっと15~20匹くらいか……面倒だな)
ファブリスは剣を構えていつでも攻撃できる態勢を取る。
「エマ、ここは俺に任せてくれ!」
そう叫んだファブリスに向けて複数の矢が飛んでくる。
闇の中から放たれた矢にファブリスは一瞬、対処が遅れるもののすぐに剣に光を宿して打ち払う。
「はぁぁっ!」
その光で闇に潜む敵の姿が一瞬だけ露になる。
それはやはり複数のゴブリンだった。
巧みな連携を取りつつ、隙をうかがっているようだ。
恐らくは先ほど食べていた鹿肉の焼けた匂いに釣られてやって来たところ、ヒューマン種がたった2人だったため、残りの食料や武器などを奪おうと企んでいるのだろう。
「ちっ、この暗さと森の地形は奴らの方が有利だ。囲まれる前に急いで抜け出すしかない」
エマにそう言いつつ、ファブリスはじりじりと距離を詰めてくるゴブリンたちの様子をうかがう。
1体のゴブリンが闇からゆっくりと歩み出る。
そのゴブリンは鳴き声を上げながら、食糧の入った袋をしきりに指差す。
"それを寄こせ"、と言いたいのだろう。
ファブリスが首を横に振ると、そのゴブリンは苛立ったように飛び跳ね、懐からダガーのようなものを取り出した。
それと同時に、暗闇から再び矢が放たれる。
「っ!」
ファブリスはその矢を打ち払うが、その間にゴブリンは距離を詰めてくる。
そしてそのゴブリンはファブリスを狙うふりをして、急に方向転換するとエマに向かってダガーを振り下ろそうとする。
「エマッ!」
ファブリスはしまった、とゴブリンに向かって駆け出そうとするが、複数の矢が飛んできて彼の動きを止める。
(このままだとエマが……!)
ゴブリンの凶刃が彼女に迫っていたが……。
ガキィン!
という鈍い音と共に、ゴブリンの刃が弾かれる。
エマが自身の前に固い砂土の壁を作って、ゴブリンの一撃を防いだのだ。
そしてダガーを持っていたゴブリンは痛そうに腕を押さえていた。
その隙を逃がさないとばかりに、砂土の壁からグサリ、とゴブリンを取り出した刃で貫くエマ。
彼女が手にしているのは、釵状の二本の武器だった。
「ギャ……」
ドサリ、とゴブリンが力なく倒れる。
と、闇の中からゴブリンたちの怒ったような鳴き声が響いて来る。どうやら仲間が殺されたことに怒り、ファブリスたちに襲い掛かろうとしているようだ。
「エマ! あとは俺に任せろ!」
ファブリスが叫んだが、ゴブリンたちはすでに一斉に突撃してきていた。
(一斉に襲い掛かろうってんだな。いいぜ、勇者の剣の一撃、たっぷりと味わわせてやるぜ!)
ファブリスは勇者の能力を使おうとしたした、その時。
ゴゴゴゴ、と地面が隆起してファブリスとゴブリンを遮断する。
エマが自身の能力を使用したのだ。
初めて見る彼女の能力に、ファブリスは驚いた。
「す、すげぇ……!」
ゴブリンたちは必死に土壁を破壊しようと攻撃しているようだが、彼らの弓矢やダガーではビクともしない堅牢さに手も足も出ないようだ。
「……ごめんなさい、死んでもらいますね」
エマはそう言うと、2つの武器を地面に突き立てる。
すると地面がまるで生き物のように波打ち始め、ゴブリンたちを飲み込んでいく。
「うげっ! あ、あ……」
「ギャ……ッ!」
ゴブリンたちは悲鳴を上げて土の波に飲み込まれていく。そしてそのまま地中に沈んでいったのだった。
「……ふぅ。これでもう大丈夫でしょう」
「す、すげぇな……! あんな能力があるなんて知らなかったよ」
ファブリスは驚きを通り越して、興奮したようにエマに言う。
「フフ、初めて見せましたからね……でも、これでもう寝られますね」
そう言って微笑むエマを見てファブリスは思った。
(……やっぱり俺より強いんだな、ずっとずっと……。マリナはもちろんエマも、もしかしたらルルちゃんだって……)
早く強くなって、自分も彼女たちを守れるようになりたい。
(必ず、俺も——)
ファブリスは眠りに落ちる前に、剣の柄をそっと握りしめた。
(明日からは、もっと剣の精度を高めてやる。仲間たちの横に立つために)
そう強く願うファブリスなのだった。
「ん……朝、ですね……」
テントの外から聞こえる鳥や小動物の鳴き声でエマが目を覚ます。
(もう日が昇り始めた頃でしょうか)
まだ少し眠い目をこすりながら、彼女は体を起こす。そして少し離れた藁布団で眠るファブリスを見て微笑んだ。
彼は少年のような寝顔でスヤスヤと眠っている。
あの後、獣やモンスターたちによる襲撃はなかった。
2人のテントに侵入できなかったのは、エマが能力で隆起させた地面を防壁としてそのまま残しておいたためだ。
「う~ん、汗も掻きましたし、せめて水浴びくらいはしたいですねぇ」
エマは荷物から着替えを手に取ると、小さな滝の見える場所に向かうのだった。
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