第35話「笑顔の裏に潜む影――ルルの秘密とベラの恐怖」
「今、火を起こすから待っててね!」
ルルは手にした魔具で手早く火を起こそうとする。
マリナが人差し指を、焚火をするために集めた枝に向ける。
「ねぇルル、こうした方が簡単じゃなくて?」
と指先から小さい火を放って着火させようとするが、それをルルが制した。
「ううん。ちゃんと小さい火から大きくしないと。いきなり大きい火を使うと、周りの枝も燃えちゃうからね」
ルルはそう言いながら魔具に魔力を流し込み、小さな火から大きな火へ変化させていく。
火が点いた瞬間、マリナは感心したように小さく拍手するのだった。
火が点いたのを確認したマリナは、冷却包装紙から牛肉、ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどを取り出した。
マリナそれらを適度な大きさに切っていき、ルルは焚火の上に網を敷いて、その上に食材を乗せていく。
ジューッと良い音が鳴り、辺りに美味しそうな香りが漂う。
「あ、マリナちゃん。牛肉はね、こういうふうに切れ目を入れると、固くなりづらいんだよぉ」
ルルが串焼きにした牛肉を返しながらそう言うと、マリナはなるほどとうなずいた。
「へへ、キャンプ飯は作りなれてるから、これからいろいろ作ってあげるね! ……ほら、焼けたよ!」
よほど野営なれしているのか、その手際は慣れたもので、あっという間に美味しそうな串焼きが出来上がる。
ルルは牛肉をナイフで刺すと、そのまま直火で豪快に炙っていく。
「こういうキャンプしてるって感じがいいんだよねぇ~!」
嬉しそうに額の汗を拭う姿は華やかなアイドルという肩書を忘れさせ、むしろ男性的な力強さを感じさせた。
「ルルってずいぶんとたくましいんですのね。……アイドルになる前には、どんなことをしていたの?」
マリナは焚火の上で焼かれている串焼きを1本取ると、ルルに手渡した。
「あ、ありがとう! えっとねぇ~、何してたかなぁ? あはは……旅に出るまでは普通に町で生活してたよ!」
少しだけルルが答えに窮しているように、マリナには思えた。
「ワカヤ・ウシカタに謝らなければ、と言っていましたわね……。彼と会ったのもアイドルになる前?」
優しい口調と表情だが、まるで何かを暴くかのようにマリナはルルに問いかける。
「え? あ、うん……そう、だよ」
「彼と初めて会ったのはいつ頃のこと? そしてなぜ謝罪を?」
ルルは思い出すように首を傾げつつ、う~んと唸る。
……が。
「あ、マリナちゃんほら、タマネギとニンジンが焦げてきちゃってる! ほらほら食べよ!」
と、笑顔で網の上の野菜を取ってマリナの皿に載せる。
笑顔を浮かべながらも、ルルの視線は焚火の奥に落ちた。ほんの一瞬、いつもの明るさに影が差したようにマリナには見えた。
「あ、ありがとう……」
「冷めないうちに食べないとね! 今ごろエマちゃんとファブくんもご飯食べてるかなぁ~」
明らかに話題を逸らしたように思えるルルを見て、彼女は今はそれ以上追求するのをやめることにした。
せっかくの美味しい夕食が台無しになるし、彼女が話したくなさそうにしている以上、この場で問い詰めるべきではない、と。
手をパンッと合わせ、目を輝かせるマリナ。
「ええ、わたくしたちもしっかり栄養を摂らないといけませんわね。ん~、美味しいっ♪」
マリナはモグモグと口を動かしながら、幸せそうな表情を浮かべるのだった。
ジューッと肉の焼ける音に、ふわりと立ちのぼる香ばしい匂い。
森の不気味さを一瞬だけ忘れさせるような、柔らかな光が二人の横顔を照らしていた。
その頃、アルセィーマ大陸近海。グレイトバースの戦艦にて。
「ベラ……貴様マリナと勝手に接触したようだな。……何をしていた?」
グレイトバース王室フォスター家の次男、グレイは四女のベラに冷たい視線を向け、問う。
(まぁ、そりゃあバレるよね~……ヤバいなぁ、アレ結構怒ってる時の目だ)
ベラはマリナの仲間である勇者を、自らの毒の能力を使って助けたことを思い出していたが、それを伝えるのはマズいだろう、と感じた。
「う~ん、まぁ。言ってもマリナ姉は家族だし~? ちょ~っと顔見たかった、的な?」
内心グレイに対する恐怖を感じつつも、いつもの笑顔と軽い調子でごまかすベラ。
彼女の説明に対して、グレイは表情をまったく変えない。
「家族ではない。元・家族だ。訂正しろ、ベラ。マリナは失敗作だ」
冷徹な瞳で見つめられたベラは、一切笑っていないグレイの顔を見ていられずに下を向いた。
「……ごめん……なさい。マリナ姉……いえ、マリナは国を追われた失敗作、です……」
消え入りそうな声で謝罪するベラだったが、彼女の頭の中にあるのはどうすればこの場を収められるか、ということだった。
(どうやったら上手く逃げられるかなぁ? 下手なこと言うと半殺しにされるかもだし……)
……するとそこへ。
「ではその失敗作に会いに行こうではないか、ベラよ」
低い男の声がして、ベラの肩に手が置かれる。
振り返るまでもなくそれが誰なのか、彼女にはよくわかっていた。
「サイラス兄、なんでここに……?」
振り返ることなく尋ねるベラ。
ククク、と低い笑い声がした後、サイラスと呼ばれた男が続けた。
「父上殿からの依頼でなぁ。マリナと共にいる、ルルという少女を誘拐して来いと命令を受けたのだ。"失敗作の娘"は処分するとして、そのルルという少女の戦闘力に興味を持たれたようなのだ」
サイラスはベラの肩から手を離すと、グレイに書状を手渡す。
書状を受け取ったグレイは目を通すと、それをサイラスに返した。
「たしかに内容を確認した。サイラス、ベラもその任務に連れて行くのか?」
グレイの問いに、サイラスはうなずく。
「ああ兄上。俺1人で十分だが、戦力は多い方がよかろう? それに……」
サイラスはベラの顎を掴んで顔を上げさせると、耳元で囁く。
「いつまでも姉離れできない可愛い妹が成長できる良い機会だ……ククク」
ベラの瞳に、サイラスの愉悦に満ちた表情が映る。
筋骨隆々で大柄な体、グレイとはまた異なる性質の冷たさを孕んだ視線はそれだけで周囲に対する威圧感を与える。
「お前の手でマリナを始末するのだ、ベラ」
冷たく言い放ったサイラス。
表情に出ないようにしながらも、ベラの心臓は激しく鼓動する。
「え、ちょっ……! ちょっと、待ってよ……ま、まだあーしの番じゃないっしょ?」
笑顔を作る頬が引きつっているのを、本人だけが気づいていない。心臓は早鐘を打ち、視線を上げればそのまま凍りつきそうだった。
刺激しないようにしつつも、さりげなくマリナの戦闘を回避しようとするベラだったが、サイラスの鋭い視線がそれを許さない。
「……まさかできないということはなかろう? それではお前まで、"失敗作"になってしまうからなぁ」
そう言うと顎から手を離したサイラスは口角を上げて笑みを浮かべる。
「ククク、すぐにでも出るぞ。早く準備をするのだな」
そのまま踵を返して部屋を出て行くのだった。
そんなサイラスの後姿を見ていたグレイだったが、すぐにベラに視線を向ける。
「あ、あのさ……グレイ兄……」
「早く行け。サイラスの指示に従え。私からの言葉はそれだけだ」
なにかを言いかけたベラを冷たく制するグレイ。
これ以上の会話は認めない、というような目にベラは従わざるを得ず、その場をあとにする。
鉄の床に響く靴音。
戦艦の冷たい空気が肌を刺し、焚火の温もりとは正反対の寒々しさが漂っていた。
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