第33話「迷いの森と、焚き火に映る勇者の素顔」
一方、ファブリスとエマは歩き続け、森をさまよっていた。
闇に溶け込むような湿った空気。
鼻をつく腐葉土の匂いと、遠くで聞こえる低い呻きのような鳴き声。
まるで森そのものが二人を呑み込もうとしているかのようだった。
「参りましたね……。いったいどこを歩いているのやら……。この景色、先ほど通ったような気がしないでもないですし……。そもそも同じ道をぐるぐると回っているだけなのかも……」
エマが立ち止まって辺りをキョロキョロと見回す。
「こ、怖いこと言うなよ……。そろそろ日が暮れてくるし、ほんとに不安になってくるじゃねぇか……」
ファブリスもエマの言葉に不安を覚え、辺りを見回す。
鳥なのか獣なのか、はたまたモンスターなのか、聞いたことのない鳴き声が深い森に響き渡る。
日は暮れかけていて、空を覆う木々の間から見える空が次第に赤くなっていくのが見える。
「目印に落としてきた木の枝を結わえたものも、振り返れば無くなっていますし……。これはいよいよ……」
エマのいつもとは違う低いトーンにファブリスは首をブンブンと横に振る。
「だだ、だからやめろってぇ! そういう冗談は怖がりの俺にはキツイんだよ!」
ファブリスの反応にエマはクスリと笑う。
「ふふ、ごめんなさい。でも……そろそろ何か対策を練った方がいいかもしれませんね……」
エマはそう言って辺りを見回す。
すると、少し先に大きな岩があるのが見えた。
岩陰の下はちょっとした空洞になっており、もしも雨が降ったとしても多少の雨風はしのげそうだ。
そこから少し離れた場所には、小さいが川が流れている。
最悪の場合でも、飲み水の確保はできそうだった。
「ファブリスさん。ただでさえ日が届きにくい森ですし、そろそろ野営の準備をしませんか? 今日はこの辺りで休んだ方が良さそうです」
ファブリスはエマの言葉にうなずく。
「お、おう……そうだな。不気味なとこだけど、仕方ないな。そうしようぜ……」
相変わらず何かの鳴き声にビクッとしつつも、ファブリスは彼女の提案に従い、キャンプの準備を始めるのだった。
「うん! この枝はよく燃えそうだな」
ファブリスは手頃な木の枝を数本拾い集めて、焚き火用の枝を組んだ。
これまで勇者として旅をして来た彼にとって、野営はとても慣れたものだ。
「流石ですね、ファブリスさん。火もおこせますか?」
エマの言葉に彼は少し頬を膨らませる。
「はは、おいおい、俺がどんだけ野営してきたと思ってんだ?」
そう言って枯れ枝と葉をパンパンと払うと、右手の平から炎を出した。
2人が見つけたその木の枝はパチパチと燃えて辺りを照らしている。
そんな焚き火の近くに腰を下ろしたファブリスとエマは、煙が昇っていくのを見つめる。
空はすっかり薄暗くなり始め、焚火から少し離れると、すっかり闇の中だ。
木々の葉の間から見える夜空には星々が見えていた。
「ふ~、火があると落ち着くなぁ~」
ファブリスは両手を後ろについて空を見上げた。
そんな彼にエマは小さく笑う。
「俺はさ……勇者として魔王討伐の旅に出てたんだ。だから野宿なんてしょっちゅうだったんだが……」
彼はそう言うと、焚火の中に枯れ木を放り込んだ。
パチッと火の粉が舞い上がると、炎は勢いを増す。
「エマもずいぶんと手慣れてるように見えたぜ? もしかしてマリナと一緒に旅してる時に、こうやって野営することもあったのか?」
ファブリスの問いにエマはうなずく。
「ええ、でもマリナ様は虫が苦手なのでこうして外で火に当たるのは苦手だったみたいで、簡易的なテントを魔法で召喚してその中で過ごしていましたけどね」
彼女はそう言うとクスッと笑った。
「へぇ! あのマリナでも虫とか苦手なんだな」
ファブリスは焚き火に追加で木の枝を投げ入れながら、そう言った。
「……ほんと、マリナには感謝してるよ」
先ほどより少し落ち着いたトーンのファブリス。
そんな彼の言葉に、エマは微笑む。
薄暗い森の中、2人の周りだけが明るい。
「それはマリナ様も同じですよ」
「え?そ、そうかな……?」
少し照れ臭そうに笑うファブリス。
「ええ。兄弟姉妹と戦って自信を失いかけていたところ、目的は違えど同じ強くなりたいという願いを持つファブリスさんと再会できたから、前を向くことができたのだと思いますよ」
エマがそう言うと、ファブリスは鼻の下を人差し指でこすった。
「そ、そこまで言われると……なんだか照れるぜ……」
彼はそう言って恥ずかしそうに横を向いた。
以前、共に旅をしていた時よりも心を開いてくれているような感じがして、エマは嬉しくなるのだった。
「さて、ファブリスさん! そろそろご飯にしませんか? 私、お腹が空いてしまいました!」
エマは切り替えるように明るい声で、ポンッと手のひらを打つ。
ファブリスは彼女の方を向き直って笑った。
「ああ! そうしようぜ! 町から買って来た鹿肉があったもんな!」
いそいそとバッグから冷却包装紙に包まれた肉を取り出すファブリス。
肉を取り出してエマに見せると共に、彼のお腹がグゥ~っと鳴る。
「ハーブをちょ~っとまぶしてさぁ、この焚火で焼~いて食ったらうんめぇぞぉ~!」
お腹を鳴らしながら少年のように無邪気に語るファブリスに、エマは思わず噴き出して笑う。
勇者と呼ばれる男は、今はただの青年の顔をしていた。
焚き火を前に無邪気に肉を焼く姿は、魔王を倒す英雄ではなく、仲間と旅する少年そのものだった。
「ふふふっ! ええ……とてもおいしそうですね」
ファブリスは肉の塊にハーブをパラッと振りかけてから火で炙り始めたのだった。
焚き火の火の粉が夜空に舞い上がる。
だがその炎の外側、闇の奥で、何者かの視線がじっと二人を見つめていた。
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