第31話「森の守護者 グランローズの不穏なる兆し」
ケンタウロスたちが武器を捨てて頭を下げた瞬間、張り詰めていた空気が一気にほどけた。
マリナは胸に溜め込んでいた息をゆっくりと吐き出し、ルルも小さく肩を撫で下ろした。
その時だった。
「お前たち、これは何の騒ぎだ」
駆け付けたのはリーダーよりもさらに年齢が上であろう白髪のケンタウロスだった。
彼の後ろには、先ほど逃げ出した2人のケンタウロスも申し訳なさそうにうなだれている。
「ク、クーロン殿! 実は……」
リーダーは駆け付けてきたケンタウロス……クーロンに事情を説明した。
それを聞いたクーロンは深々とため息をつく。
「お前たち……。いかなる理由があれど、"命あるものをみだりに辱める、搾取するような行為は許さぬ"……それが我らの掟だ。これ以上同じ過ちを繰り返すのであれば……わかっているな?」
白髪をたなびかせたクーロンの声は、森全体を震わせるかのように低く響いた。
若者たちが揃って首をすくめるのも無理はない。その眼差しには、長年この森を生き抜いてきた者だけが持つ威厳が宿っていた。
「わかっております! 久しぶりの森の外からのヒューマン種を前に気が大きくなってました……。もう二度とこんな真似はいたしやせん!」
リーダーがそう言うと、他の4人もそれに続いてうなずく。
「その言葉、忘れるでないぞ」
「「「「「はい!」」」」」
5人が揃って返事をすると、クーロンはひとまずは納得したような表情をして、集落に戻るように伝えるのだった。
マリナとルルに向き直るクーロン。
「旅の女性たちよ……。集落の若い者が迷惑をかけた。本当にすまなかったな」
そう言うと、リーダーと同じようにクーロンも頭を下げた。
「いえ……お気になさらないでくださいませ」
マリナの言葉にルルはうなずく。
「うん! でももうあんなことしちゃダメだよ!」
ニッコリと笑うルルを見て、クーロンは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になると2人に再び頭を下げる。
彼は泉の水を瓶に入れながら、2人に尋ねた。
「それにしてもこんな崖下の森に女性2人、とは珍しい。綺麗な身なりを見るに、森に隠遁生活をしに来たわけでもなさそうだ……」
水を汲み終えた彼に、マリナは空を指差して困ったようにため息をつく。
そして崖の上から仲間が2人滑落したこと、それを探そうと空を飛んでいたら、巨大な植物の蔓に弾き飛ばされてしまったことを伝えた。
「なんと! 先ほどグランローズが暴れて弾き飛ばした人間は、君たちであったか!」
クーロンは驚きの声をあげる。
「グランローズ……? 暴れた? どういうことですの?」
マリナは不思議そうに尋ねる。
「うむ……実はな……」
そう言って、クーロンは事の経緯を話し始めた。
こういった世界各地の巨大な森には、必ず森の守護者と呼ばれる存在がいる。
大神ソドムに使える眷属たちの化身である。
ルルは知らないようだったが、マリナは彼女のその反応が意外だと感じ驚いた。
マリナ自身、その存在を目の当たりにしたのは今日が始めただったものの、この話はあまりに有名であり、この世界で知らない方が珍しい程の「森の守護者」の話だったからだ。
絵本や昔ばなしにも多く登場しているため、幼子ですら知っているこの世界の常識レベルの知識だ。
そしてこの森を守護しているのが「グランローズ」という巨大な蔓性の植物の姿をした眷属とのことだ。
マリナとルルを弾き飛ばした大きな蔓は、グランローズのものだという。
神の眷属であるグランローズは、森への脅威や悪意を察知した場合にのみ、その力を振るうのだそうだ。
そのため、普段は2人を襲ったような狂暴性はなく、大人しく静かにしており、よほどのことがない限りは自然の営みに任せるはずなのだが……。
「私自身、長らく生きて来てグランローズが実際に動いたのを見たのは、たったの3回だった……。つい最近までは……」
クーロンが語ると同時に、森の奥からかすかな唸り声のような音が響いた。
風が止まり、木々の影がざわめき、不気味に蠢いているように見える。
――まるで森そのものが、彼らの存在を拒絶しているかのようだった。
「最近まで……?」
マリナの呟きに、クーロンはうなずく。
「そうだ……。1ヶ月ほど前からグランローズが急に狂暴性を増してな……」
3人は泉のほとりで休憩をすることにしたのだった。
ルルとマリナは、クーロンが用意してくれたカップの水を飲んで喉を潤す。
「ありがとうございます、クーロンさん。……それでグランローズが暴れ出した理由に、何か心当たりはございますの?」
マリナがそう尋ねると、クーロンは目を閉じて何かを考えているようだ。
「……そうだな。旅人である君たちにも伝えておくとしよう」
そんな彼は何かを思いついたようで目を開き、マリナとルルに顔を向けた。
2人は彼の言葉に耳を傾けることにするのだった。
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