第28話「深い森の泉、静寂を裂く矢」
一方、その頃ファブリスとエマは……。
「さっきのって、マリナとルルちゃんだよな……?」
「ええ、間違いなく……。巨大な植物か何かに攻撃されていた……」
2人が落ちた地点は近く、名前を呼び合うことですでに合流を果たしていた。
幸いなことに2人とも大きな怪我はなく、落ちた高さにしては軽傷で済んでいた。
それに加えて、エマが回復術を施したことで2人はすっかり元通りになっており、上へと戻る道を探していた。
マリナとルルの呼び声が聞こえた時には、これでマリナに上へと引き上げてもらえると思った2人だったが、すぐにマリナたちは巨大な蔓によってどこか遠くまで弾き飛ばされてしまっていた。
「完全に迷子だな……」
空高くそびえる鬱蒼とした木々をファブリスが見上げながら、つぶやく。
「ええ……。でも、2人ならきっと大丈夫でしょう。少し危険な気もしますが、合流を目指して進むしかなさそうですね」
2人はうなずき合うと、マリナたちを探すために歩き出したのだった。
マリナとエマは、意識を集中させることでお互いの存在や位置をある程度把握できるはずなのだが、この森ではどういったわけかそれができない。
森の持つ神秘的なエネルギーなのか、森に住まう神によるものなのか、多くの命の反応や森の息遣いのようなものを感知してしまい、それによって2人の位置が混乱してしまうのだ。
「うーん、やっぱりダメです……。この森には何か不思議な力が働いているようです」
エマは今いる場所の特定を諦めると、再びマリナたちを探すために歩き出す。
森のざわめきに、誰かに見張られているような感覚を覚えつつ、ファブリスは彼女のあとに続くのだった。
一方その頃、空から叩き落とされたマリナたちは……。
(うぅっ……!)
マリナは背中の衝撃に耐えながらも、ルルを庇うように上にして地面に倒れていた。
そしてすぐに立ち上がり、辺りを見渡すが誰もいないようだ。
「マ、マリナちゃんっ! ルルを庇ってくれたんだよね……ごめんなさい……」
攻撃も落下の際も自分を庇ってくれたことに気付いたルルは、申し訳なさそうにそう言った。
「気にしないで、ルル。あの程度の一撃ならほとんどダメージはありませんわ」
心配するルルの頭を撫でると、マリナは体を起こし服の土汚れを払い、髪を整える。
あれほどの勢いで弾かれて地面に叩きつけられたにも関わらず、マリナは何事もなくピンピンしていた。
(やっぱりマリナちゃんはあの双子の子のお姉さんなんだ……)
ルルはそんなマリナを見ながら、アンとチェルシーとの戦闘を思い出す。
それでもあの2人とは違って、マリナには先ほどのように自分を庇ってくれる優しさがあることを実感し、ルルは胸を熱くするのだった。
「ルル、怪我はない?」
マリナが優しく問いかけると、ルルは笑顔でうなずいた。
「う、うん! 大丈夫! それよりも、ここはどこかな? 森の奥に飛ばされちゃったのは間違いないだろうけど……」
辺りを注意深く観察したルルがそう言う。
2人がいる場所は巨大な木々が生い茂り、遠くの方は全く見えない。
崖の上から見た景色とは一変してしまっていた。
「う~ん……下手に1人で飛んでしまうと、ルルのことも見失ってしまいそうですわね……。かといって森を爆破するわけにもいきませんし……」
マリナはそう言って考え込むが、立ち止まっていても仕方ないと判断し、ルルと共にファブリス、エマを探し始めるのだった。
少し歩くと、森の泉のような場所に出たマリナとルル。
「わぁ~、綺麗な泉!」
ルルは泉に向かって駆け出すと、水面を覗き込んだ。
「あっ、ルル! 気を付けて? この泉が安全とは限りませんわ」
そう言いながらマリナもまた、泉の美しさに目を奪われていた。
崖下にあり、鬱蒼とした木々に覆われて日光が届きにくいこの森。
しかしちょうど今は木々の間から日光が差し込み、水面をキラキラと輝かせていた。
水面に映るマリナとルルの笑顔もまた、陽ざしを受けて輝いている。
「この水、すっごく綺麗だね!」
手で水をすくって、その透明感と輝きにルルは目を輝かせる。
「ええ、本当に綺麗ですわ……。……あら? ルル、ほらあそこ!」
マリナが指差した先には、少し大きなアヒルのような生物が泉の水を飲んでいた。
「わっ! アヒルさんだ!」
ルルは嬉しそうにそう言うと、アヒルの方へと駆けていく。
「お~い! 君も1人? 1羽?」
独特な言い回しのルルに苦笑いを浮かべながらも、マリナは彼女のあとに続く。
アヒルのような生物は突然現れた2人に驚きもせず、それどころか寄ってくると優しく鳴いた。
普通のアヒルにしては大きいのと人が近寄ってもすぐに逃げないあたり、ある程度の知性を感じる。
「これは……たしか普通のアヒルでは無くて、特殊生物だったはずですわね。名前は何と言ったかしら……」
マリナは首を傾げながら考える。
「え? そうなの?」
ルルはその生物を撫でている。
アヒルのような生物も、嫌がることなく気持ちよさそうに鳴く。
「ええ。わたくしがいたアムズマ地方では見られない生物ですわ。ファブリスさんに聞けばわかるかも知れま……」
マリナの言葉は途中で遮られた。
1本の矢が飛んで来たことに気付いたマリナが、言葉を止めてその矢を掴んだからだ。
矢はあと少しのところでそのアヒルのような生物に突き刺さるところだった。
アヒルのような生物はグワッ! グワッ! と慌てて飛び立って行ってしまう。
「あ、アヒルさんっ!」
2人が飛び去ったアヒルを目で追った次の瞬間、今度は2人に向かって矢が放たれた。
しかしそれもマリナが掴んで防ぐ。
「くっ……。誰だか知りませんけど……いきなりご挨拶ですわね」
2人の視線の先には弓を構えた複数の半人半馬の男たち……ケンタウロス族が5人立っていた。
「……ケンタウロス?」
マリナは視界に入った彼らに、少しの驚きを含んだ視線を向ける。
こちらもまたアムズマ地方ではお目にかかることのない種族だからだ。
地面を踏み鳴らす蹄の音と、獣のような荒い鼻息が、彼らがただの人間ではないことを強く感じさせるのだった。
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