第23話「二度目の旅立ち ~勇者と姫が交わした誓い~」
そして、それから数日が経ち……。
「……ん……」
目を覚ましたファブリス。
「ここは……? あ……俺は……そうか……」
彼は自分の両手両足を見て、寄生虫に操られていたことを思い出す。
どこかの宿だとはわかるが、自分以外には誰もいない。
ベッドも1つしかない。
「いったいあの後、誰が俺を、ここへ?」
ファブリスはそう呟きながらベッドから降りようとすると……。
「あ、目が覚めましたのね」
そこへちょうどマリナが入ってきた。
「マ、マリナ!? どうしてお前がここに?」
ファブリスは驚きながら尋ねるが、彼女は淡々と答える。
「ここは宿ですわよ? あの戦いの後、あなたが気を失っていたのでここまで運んできたんですわ」
「そうか……ありがとう……」
彼は素直に感謝の言葉を伝えるが、同時に疑問も感じていた。
(なぜ彼女が俺を助けてくれたのか……?)
「すまない……また……命を救われた……」
「まぁ知らない仲じゃありませんし……」
2人の間に沈黙が流れる。
「……お前の言う通りだったよ、マリナ。俺たちは……お前に言われた通り、旅を止めるべきだった……」
ファブリスは俯きながら、そう呟いた。
マリナは黙って彼の話を聞くことにした。
「あの後、カルロッテは戦闘に対する恐怖を拭えず、海兵隊のビブルスと一緒に帝国に戻ることになった。リズは……切争師とかいう奇跡を起こすって噂のじいさんのところに修行に行った。俺とエレーナは、2人でワカヤを探すことにしたんだが、やっぱりリズのことが心配になってな。切争師の元から連れ戻しに行こうとしたんだが……。そこでベルフェゴールに捕まっちまった……。俺はベルフェゴールに改造され、エレーナはベルフェゴールの研究所への移動中に目を覚まして反抗したけど、ベルフェゴールによって大海原に叩きつけられた」
事の詳細を語ったファブリスは肩を震わせ始める。
マリナの中にも、やはりあの後もう少し一緒に行動しておくべきだったかという後悔の念が浮かんでいた。
「俺は……何もできなかった! カルロッテの恐怖に気付いてやれなかった! リズは切争師に騙されて酷いことをされてるかもしれない! エレーナは生きてるのかすらわからない! 何が……何が勇者だ……。俺は……俺は……!」
「ファブリス……さん……」
マリナはなんと声をかけていいのかわからなかった。
「……お前はいいよな。俺たちなんか蟻んこみたいなモンなんだろ? ……ちくしょう、俺も強くなりてぇよ……もっと……」
ファブリスはそう呟くと、拳をギュッと握りしめる。
「強くなりたい……!」
彼の心からの叫びに、マリナはハッとしたように目を見開く。
(そうですわ。わたくしも……ずっとそう思ってきたのに)
マリナはこれまでの戦いを思い出していた。
「ファブリスさん、わたくしは確かにあなたよりも強いです。……それでも、わたくしもまだまだです」
その言葉にファブリスは苦笑する。
「そんなことないだろ? お前に俺の悔しさがわかるか!? 最強のお前に俺の悔しさが!」
その目には涙が浮かんでいた。
(カルロッテは、酒場で「私は臆病者だから」と震えながら笑っていた。 あの笑顔の裏に、本当はどれだけの恐怖を抱えていたのか……気付けなかった)
(リズは「私に救える命があればできるだけ多く救いたい」と言って怪しげな切争師の元へと向かった。その背中を止めることもできなかった)
(エレーナは、誰よりもワカヤを気に掛けていた……。あの時、海に叩きつけられた彼女の姿が、今も頭から離れない)
思い返すだけでファブリスは自分の無力に苛立ち、悔しさを隠せない。
「……俺は仲間を守れなかった! 誰も救えなかったんだ!」
ファブリスは涙をボロボロと流しながら叫んだ。
「……わたくしは最強なんかじゃない……。たしかにファブリスさんの悔しさとは違うかもしれない。だけど……わたくしだって、悔しい……」
マリナの声が震えている。
それはファブリスが初めて見る悔しそうな彼女の姿だった。
「少しでも判断を間違っていれば、エマやルルの身が危なかったかもしれない……。もしもお兄様がほんの僅かでもわたくしに殺意を向けていたら、今わたくしはここにいなかったかもしれない……」
次第に声の震えが大きくなっていくマリナ。
彼女は言葉に詰まり、2人の間に沈黙が広がる。
沈黙の中、マリナの肩が小さく震えていた。
それを打ち消すかのように、波の音だけが窓の外から聞こえてくる。
ファブリスは声をかけようとしたが、喉が詰まり、言葉が出てこなかった。
「わたくしは生きてるんじゃない……ただ、見逃されてるだけ……くっ……」
マリナは手で顔を覆う。
小さく漏れる嗚咽が、彼女の悔しさを物語っていた。
初めて触れるマリナの弱さ、人間らしさにファブリスは驚きを隠せなかった。
それと同時に、彼女もまた自分と同じように悔しがったり、涙を流したりする1人の人間なのだと感じる。
「マリナ……」
その背中が、小さく見えた。
あの誇り高く、いつも凛としていたマリナが、今はただの人間のように震えている。
ファブリスは拳を握りしめた。
――こんな姿を見せるほどに、彼女もまた悔しさに苛まれていたのか。
しばらくそうしていたが、彼女はハッとしたように顔を上げる。
「も……申し訳ありませんでしたわ」
そう言って慌てて涙を拭うと、ニッコリと笑った。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわね!」
あまりにも下手くそな笑顔だった。
その震える声に、ファブリスは彼女の本音を感じたような気がした。
「マリナ……お前はその……悔しい思いをしたみたいだな……? それでもまだ、強くなりたいと思うか?」
ファブリスは彼女の涙に触れ、それでも笑って見せる彼女を見据える。
マリナはその問いに、胸をポンッと叩き、それから口元に手を添える。
「お~ほっほっほっほっ~!! 当然! このわたくしこそが最強と証明するためにもっともっと強くなりますわ! たとえ何度挫折しようとね!」
普段のマリナらしい様子に、ファブリスは思わず吹き出す。
「は、ははっ! やっぱりマリナはそうでなくちゃな!」
彼の笑いにつられてマリナも笑い出す。
2人でひとしきり笑い終えたところで、今度はマリナが尋ねた。
「ファブリスさんは? これから先、どんなことがあっても強くなりたいと思えまして?」
「俺は……」
ファブリスは今までのことを思い返す。
魔王ムレクとの戦い、若矢に助けられたこと、その若矢が自分たちを庇って行方不明になったこと、ベルフェゴールの改造した増殖するネズミに敗れたこと、カルロッテの本心に気付いてやれなかったこと、リズを引き留められなかったこと、エレーナを守れなかったこと、ベルフェゴールの操り人形としてマリナと戦わされたこと。
情けなさ、悔しさ、申し訳なさ、不甲斐なさ……様々な感情がファブリスの中に渦巻いていた。
それでも……。
「俺は強くなる。絶対に強くなって、仲間たちを助け出す。勇者として町を世界を、人々を守ってみせる」
その瞳からはこれまでにないほど、強い意志が感じられた。
「うん、いい目ですわ」
マリナはニッコリと笑う。
「マリナ……頼みがある……」
そんな彼女にファブリスは真剣な表情で切り出した。
「はい、なんですの?」
マリナが聞き返すと、ファブリスは頭を下げながら言った。
「マリナ、俺をお前たちの旅に同行させてくれ! 一度旅をした仲だからわかると思うが、ハッキリ言って俺はまだまだ弱い。足手まといなのは百も承知だ。それでも、お前たちと旅をさせて欲しい! もっともっと強くなるために!」
「ファブリスさん……」
マリナはファブリスの目をジッと見つめる。
彼の目は本気だった。
(……わたくし、この目を知っている)
それはかつて自分がグレイトバースの城を抜け出す決心をした時のこと。
自室の鏡に映っていた自分の目。
ファブリスはそれと同じ目をしていた。
その目に宿った決意は、もう誰にも止められないことを彼女は知っていた。
「わかりましたわ」
「……! いいのか?」
ファブリスが驚きの声を上げると、マリナはニッコリと笑う。
「ええ! わたくしに差し向けられる追手は今のわたくしより強いですわよ? お覚悟はできていまして?」
「ああ、もちろんだ! そいつらとも渡り合えるくらい、俺は強くなるんだ!」
ファブリスはニッと歯を見せて笑った。
「それじゃあ、あらためてよろしくね、ファブリスさん。一緒に強くなっていきましょう」
マリナはファブリスの手をギュッと握り、彼に笑いかける。
「ああ! よろしく頼む!」
こうしてマリナたちの旅に、勇者ファブリスが加わるのだった。
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